第17話 死地との境

「じゃあ、あの作業してる所を見に行ってもいいですか?」


 グラウンドの端で作業している場所を指さす。


「兄ちゃん、あんなん見てもなんにも面白くないで」


 ここにいてお前と喋ってたってなんにも面白くねーよ。


「せっかくなんで、中を全部見てみようかと」


「そう、それじゃ行こっか。 桂さんまたね」


 笑顔で池田アカネが手を振る。


「アカネちゃんやったらいつでも大歓迎」


 本当に鼻の下が伸びた人間は初めて見た、こんなにだらしない顔になるのか・・・


「またまたー、上手なんですから桂さん」


 こんなオッサン相手にも素晴らしい対応だ。


 池田アカネはここじゃ意外に重要なポジションかもしれない、閉鎖空間でこそ、笑顔は大事だ。


 多少ぶりっ子くらいがちょうどいいのかも、しれない。


 知らんけど。


 ニヤけて池田アカネに手を振る桂のオッサンを屋上に置いて階段を下りる。


「あれ? アカネちゃん、後ろの人だれ?」


 階段を2階まで降りたところでまたオッサンにあった。


 作業着のような格好で身体中が砂まみれだ。


「四嶋さん、こちらは今日ここへ来た増田タケシ君と一ノ瀬アンズちゃんです」


 池田アカネの紹介に軽く頭を下げて応える。


「どうも」


「よろしくお願いします」


 適当な捨て挨拶。


「へー、2人もなんて珍しな」


「四嶋さんはもう作業終わったんですか?」


「ああ、腰が痛くなったから今日はもうギブアップ。 くそ暑いし、無理無理」


 腰を叩いて疲れたアピール。


「ご苦労さまです。 ゆっくり休んで下さいね」


「そうさしてもらうわ、アカネちゃんは? どっか行くの?」


「お二人が外の作業がどんな物か見たいと言うので見に行くんです」


 四嶋と呼ばれるオッサンがジロジロとこっちを見てくる。


「そか、壁に穴空けて板かましてるだけやで?」


「はい、せっかくなんで見るだけ見てきます」


 なんで会う人間全員が柵を高くする事に否定的な雰囲気なんだろうか?


 ルパンさんの発案らしいけど、嫌われてんのかな?


「出来るだけ静かにな、最近はゾンビも増えてきてるから」


 そう言って四嶋のオッサンは疲れたアピール満載の重い足取りで階段を上がって行った。


 なんとなくそれを見送り、階段を降りて1階に着いた。


 高く並んだ下足箱の間で池田ミカンが振り返る。


「出来るだけ、柵の近くでは声を出さないようにお願いしますね」


 唇に人差し指をあてる。


 ガラス扉をベニヤ板で覆っているせいで薄暗い、シルエットだけが浮いた池田ミカンは少し不気味に感じた。


「分かりました」


 俺と一ノ瀬さんの返事を聞いた池田ミカンが扉を開いた。


 グラウンドはまだまだ夏の太陽がギラギラと熱を送っている。


 それでも、アスファルトほど熱くはないのか陽炎はない。


 池田ミカンは玄関を出てそのまままっすぐ歩いていく。


 ザリっザリっと歩く音だけが小さく聞こえる、それ以外はセミが狂ったように鳴くばかり。


 塀の周りは桜や松の木が植えられている。


 誰も手入れしなくなったそこは雑草が生い茂っていた。


 池田ミカンが振り向いて俺の足を指さして唇に人差し指を当てた。


 土を蹴る音がうるさかったらしい。


 無言で平謝りするとニコッと笑ってまた進み始めた。


 作業中の人間に近ずいて行く、汗だくで先がネジ切りになっているハンドルを回してブロック塀に穴を開けている。


 こちらに振り返った顔は湯気が出そうなくらい赤い。


 ここで見た男の中で1番若い、多分20代前半くらい。


 手の甲にのった蚊を忌々しそうにパチンと叩いた。


 こんな藪の中じゃ暑い上に蚊にたかられる、さっきの作業帰りのオッサンがイライラしていたのも納得だ。


 男は俺と一ノ瀬さんを見て少し険しい顔で口パクで「誰?」と聞いている。


 池田ミカンは相手の耳元に手をあてて答える。


 男の険しかった顔が少し和らいだ、こちらを見て少し笑って手を差し出してきた。


 握り返す。


「あ"あ"ぁぁぁぁっ!」


 壁の向こうから唐突に聞こえた喚き声に4人揃ってビクッと震えた。


「くっそ、また来やがった」


 150cm程の高さの塀に手をかけてゾンビが登ろうともがいている。


 作業をしていた男は腰からデカいスパナを抜いてゾンビの頭を砕こうと構える。


 ゾンビが男を見て手を伸ばす、相変わらず口が臭い。


 男はゾンビの手に制されて中々頭を叩かない。


 1歩踏み込もうとしてはゾンビの手に1歩下がる。


 踏み込む。


 下がる。


 踏み込む。


 下がる。


 ・・・


 ・・・・・・


 いや、早くれよ。


「僕がりましょうか?」


 見かねてスパナを受け取ろうと手を差し出した。


「え、大丈夫か」


 そう言いながら、控えめな感じですぐにスパナを差し出した。


 素直でよろしい。


 受け取ったスパナを右手で持って軽く振る、結構重い。


 1歩ゾンビに近づく、俺を見てゾンビがこちらに手を伸ばしてくる。


 コイツらの握力は異常に強い、脳ミソのリミッターが外れてんのか知らねーけど掴まれただけで骨が軋みそうなくらい痛い。


 ゾンビの正面に立ち、左に動くようなフェイントを見せるとゾンビは嘘みたいに引っかかる。


 すかさずゾンビの左手首の外側を左手で掴み左に引っ張る、無防備になった頭をスパナでぶっ叩いた。


 頭蓋骨の砕けるなんとも言えない感触が右手に伝わる。


 頭蓋を砕かれたゾンビは"どさり"と塀の向こうに崩れ落ちて見えなくなった。


 血のついたスパナを男に返す。


「上手いね兄さん」


 褒めてもらった。


 塀の向こう側を見るとゾンビが頭から血を流してくずおれている。


 塀の高さ、簡単には乗り越えれない程度の高さはあるんだな。


 ベニヤ板を噛ましていない状態だと塀の高さは140cmくらいか、ギリギリ学校の中を覗ける高さ。


 かたや、ベニヤ板を噛ましている場所は2m程度。


 あの高さを覗ける巨人ゾンビはまあいないだろう。


 確かに、塀は高い方がいいだろうな。


 塀の1歩外は死地だ、死地との境は高い方がいい。

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