第16話 トンビ

 うだるような暑さの屋上。


 在校中は屋上なんて来る機会は無かった。


 漫画なんかじゃ嫌なことがあった時にたそがれに来るようなイメージ。


 俺はそんなオセンチなタイプじゃない、まぁ、普通に鍵が掛かっていたし、立ち入り禁止だった。


 初めて入った屋上には1面にバケツが置いてあった。


 何故か、安全の為にあったはずの柵もフェンスも無い。


「おっ、ミカンちゃんにアカネちゃん。 後ろの2人は?」


 イヤらしい目のオッサンがパラソルの下に椅子を置いて座っていた。


「ルパンさんがさっき連れてきた子達、女の子が一ノ瀬アンズさんでこっちの男の子が増田タケシ君」


「ふーん、俺は桂。 よろしく」


 そう言いながら、一ノ瀬アンズを舐めるように見る。


 一ノ瀬アンズの右手がパーカーのポケットに入った。


 気をつけろよおっさん、穴あくみたいに見てっと額に穴を開けられるかもしんねーぞ。


「久しぶりやな、新しい人が来るんわ。 しかも2人か」


 座っていた椅子から立ち上がり「うーん」と言って体を伸ばす。


「退屈でしゃーない所やけど、ゆっくりしてって。 あーあ、歓迎会くらい酒でも出たらいいんやけどなー」


 あくびをしてまた椅子に座った。


「見張りご苦労さまです」


 池田ミカンがにっこりと笑う。


 なんとなく、屋上の端まで歩く。


 階段からまっすぐ進んで下を見下ろした、下は別館に繋がる渡り廊下。


 渡り廊下は3階部分から伸びている。


 あの先は職員室とかのある校舎。


「屋上は見ての通りなんだけど、雨水を集める為の場所なんだよね。 後は、見張りの人が常に1人いるだけ」


 池田ミカンが隣に来た。


「柵ってなんで取ったんですか?」


「あぁ、柵はね。 ほらあそこ」


 指さされた先には校庭の端にバスが止まっていた。


 その横に柵がある。


「あの柵でバスの周りを溶接して、窓を開けてもゾンビが入ってこれないようにしてゾンビを倒しながら進めるようにするんだって。 フェンスは校舎の3階と4階の間の階段でバリケードに使ってる」


 なんか映画で見たような気がするな、なんだっけか?


 にしても、逞しいって言うか、なんでそんな発想が次から次へと出てくるんだ?


 思いついてもやるだろうか?


 見ろよ、池田ミカンも顔がひいてるじゃないか。


 ルパンさんはこの世界で何を目指しているのやら・・・


「そうなんですね、あー、20人くらいいるって聞いてたんですけど、他の人達は?」


「他の人は家庭科室で保存食を作ってたりとか、他には、ここから見えるんじゃないかな、ほら」


 池田ミカンが指さした方向を見るとグラウンドの端、学校を囲む塀のそばに人が見えた。


 なにか作業しているように見えるが、ここからじゃ遠すぎてよくわからない。


「あれね、ブロック塀に穴をあけてて。 ベニヤ板をかまして少しでも塀を高くするために」


 見れば1番端の塀はベニヤ板で他の2倍ほどの高さになっている。


「電動の工具が使えないから大変らしいよ」


 すごいな、本当にここを要塞にするつもりらしい。


「外から中が見えない様にしたらグラウンド全部畑にするんだって、いつかは工事現場みたいな足場を組んで防音の幕を張りたいとか」


 想像なのか妄想なのか目標なのか・・・


 ルパンさんの頭の中じゃ西西高の最終設計図はどんな事になってるんだろうか?


「あの男は何考えてんだろうな? 付き合わされるこっちの身にもなってほしいよ」


 椅子に座ってる桂がぼやく。


「めんどくせぇ、校舎の中をこんだけ固めてりゃあもういいだろうによ」


 めんどくせぇか、かかってるのは自分の命の割に緊張感のないおっさんだな。


「お前らもそう思うだろ?」


「・・・ 政府の避難所とかってどうなんですかね?」


 誰も答えなかったから俺が答えた、ま、俺も答えたくなかったからはぐらかすけど。


「さあな、あっても、どこも定員がいっぱいで入れねぇんだろ? 国は政治家やお偉いさんを助けるのに夢中だろうからな」


「・・・ そうですね」


 実際、政府の避難所はどうなってるんだろうか?


 ラジオももう通信を拾えなくなって半年以上経つもんな。


 全部壊滅って事はないだろう。


 こんな校舎を改造しただけの場所に人間が20人もいるんだ、他にデカい避難所があってもおかしくないはずだ。


 通信手段の無くなった現状じゃ歩いて探すしかない。


「確か、学校とかドーム施設なんかが避難所になりましたよね」


「あぁ、俺は行こうにもマンションの中に閉じ込められちまってな。 ベランダでタバコ吸ってたらルパンに来ないかって誘われてな」


 頭をガリガリとかいた。


「あ"ー、タバコの話なんかしたからすいたなってもーた! 何が匂いでゾンビが寄ってくるからアカンやねんっ! ちっ、クソっ」


 死んでからじゃないと気付かないタイプかな?


 死んだらいいのに。


「そんなに美味しいんですか? タバコって」


 池田ミカンが小首を傾げた、コレはアレかな? 彼女の必殺の角度なのかな?


 先程見た時と全く同じ角度な気がする。


「そうやなぁ、他に何を口に入れてもアレの変わりにならんって感じかなぁ。 唯一無二の味やな、美味いでもちろん」


 ただのニコチン中毒だろ、良いように言ってんじゃねーよ。


「いつまでここにおったらええんやろうな、いくらなんでも政府が完全に潰れるって事はないやろ。 さっさとデカい塀でも囲って生き残ってる人間救出せえよな、ホンマに日本の上はボンクラばっかりや」


 お前よりマシだろ。


「そうですね、早く平和が戻ってくれたら良いのに」


 平和ねぇ。


 ピーヒョロロー


 その声に上を見るとデカいトンビがいつものように羽ばたかないスタイルで空の上を泳いでいた。


 トンビ。


 鳴き声といい、飛び方といい。


 妙に個性があって好きな鳥だ。


 地上の人間が酷い目にあってんのに、空の上から羽ばたきもしないでその光景を眺めている。


 空だけ見てれば変わらない平和な風景だ。


 ん?


 違うな、鳥は鳥で生きるのに大変なのは変わらない。


 鳥から見たら地上もいつもと変わらない風景なのかもな。


 生きるのに大変な人間なんか見てないだろう。


 見てるのは自分の食い物だけだ。


 生きる為に住処と食い物を探す。


 変わらないか。


 変わらないな。

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