第13話 人間らしく

「さぁ、ひと心地ついたし。 巣に案内しましょうか、ここにおったら表の餌ですぐにゾンビが集まってきて動けんくなりそうやし」


 ソファに座ってお茶を飲んでいたルパンさんが立ち上がる。


 声を聞きつけたのか、一ノ瀬アンズも奥からやって来た。


 なんとも微妙な空気が流れる。


 やはり、こんな世界になっても人は簡単には殺せない。


 少なくとも、俺は殺したことが無い。


 殺された相手のした事を、いや、しようとした事を思えばソイツに関して可哀想なんて気持ちはダニの糞ほども湧かない。


 むしろ"ざまぁ"とも思う。


 そんなクズは死んで当然だ。


 こんな世界になったからといって簡単にモラルを捨てる奴は糞な上に信用も出来ない。


 いない方がいい人間だ。


 だが、ソイツを自分が殺せるかと言われれば話は変わってくる。


 俺に引き金を引けるだろうか?


 ・・・


 ・・・・・・


 分かんねぇな。


 その場にならないと分からない。


 頭に怒りも絶望も無い状態じゃ分からない。


 人間、その時の感情で動くもんだ。


 ま、コレは父さんの受け売りだけど。


 こんな世界でも、人間らしく生きたいもんだ。


 欲に任せて生きるんじゃ獣と一緒だ。


 嫌な感情や考えを頭を振って払い落とす、こんな事ばっか考えてたら気分が落ちる一方だ。


 外に出る、太陽がこれでもかってくらいに熱を発している。


 今が1番暑い時間じゃなかろうか。


 ジリジリとアスファルトを焼いている。


 スニーカーのゴム底が溶けそうだ。


 そしてひどい匂いだ。


 もう既に腐ってんじゃないかってレベルの腐臭が立ち込めている。


 ゾンビは元々が糞も小便も垂れ流しだから体臭っていうか、匂いがエグい。


 口も臭い。


 とにかく臭い。


 それが道と家の敷地を埋め尽くすくらいあるもんだからとんでもない匂いだ。


「くっさいなー、はよカラスかネズミかゾンビに掃除してもらわんと辛いな」


 この世界、道を歩いていてあまり死体を見ないのはソイツらが掃除をしてくれるからだ。


 もしかしたら、唯一の救いかもしれない。


 アレがそのままだったらゾンビと疫病のダブルパンチで外の危険度が跳ね上がる。


 てゆーか、匂いで外に出たくないレベルか。


 夥しい死体の山を避けて歩くことも出来ない。


 3人で死体を踏み越えて進む。


 いつから、この死体の山を見てもなんにも思わなくなったのか。


 死体の背中を、足を、腕を、どこを踏んでも。


 それを踏み越えても感情は動かない。


 臭いにたいして鼻にシワがよる程度だ。


 死体の山を踏み越えて少し進むと、また妙な光景が見えてきた。


 高校前の大きな交差点の先、高校の正門前の道路にはデカいトラックが2台。


 じょうごの様に道が塞がれていた。


 2台のトラックの間は人が1人通れるだけの道しかない。


「アレはルパンさんがやったんですか」


「そーや、他の道は通れん様にしてある」


「なんでココはこんな感じで通れるようにしたんですか?」


 扉でも付けてる方がいいんじゃないか?


「通れる場所があったらそこに殺到するやろ、上から越えられたり下から潜られるより対応しやすいからな。 こっちの方がええねん」


 なるほどね。


「この高校に巣を決めたんは後ろが山やからやな。 市街地の方だけ気をつけとったら大丈夫やろ?」


 なるほどなるほど。


 隙間を通り抜けると見覚えのある正門がものものしく改造されていた。


 横に引く大きな門には竹槍が括りつけられ、その後ろにはベニヤ板で壁がつけられている。


 ベニヤ板には覗き窓、覗き窓の下にも穴が空いている。


 さっき、一ノ瀬アンズが窓から槍でゾンビを殺していたのを見たから容易に想像出来た。


 下の穴は槍用か、スリングショットで狙うための穴だろう。


 いや、スリングショットで狙うなら高い位置の方がいいな。


 そう思ったらすぐにスリングショットで狙うための場所が分かった。


 門の後ろにテニスの審判用の高い椅子が見える、スリングショットはあそこから撃つんだろう。


 その椅子にも矢立が取り付けてある。


 校門でコレだ、いったい校舎の中はどうなってるんだろうか・・・


「まるで要塞ですね」


「雰囲気はあるやろ? 歩くんはその板の上通ってな」


 正門横の勝手口まで板で道が作られている。


 地面には白いナニかがびっしりとあった。


「なんですか? あれ」


「とりもち、チョコザイやろ?」


 とりもち?


 なんだそれ?


「知らんか? とりもち。 ちょっとつついてみ」


 言われてかがみこんで人差し指でつついてみた、指先に白いとりもちが引っ付いて中々離れない。


 てかめっちゃネバネバ!


「うわ、ちょ、ルパンさん取れないっす!」


 地面からは離れたが糸を引いて手にめっちゃ付いた。


「はははっ、ホンマに触った」


 えっ!?


 触っちゃだめなもんなのか?


「えー、引っ掛けたんすか?」


「まぁまぁ、グラウンドで砂である程度取ってから中で手ぇ洗ったら大丈夫や」


 ニヤニヤと笑いながら言う。


 俺は人差し指のとりもちを親指でムニムニと弄りながらルパンさんを見た。


「以外にいじられキャラなのね、タケシ君」


 後ろを振り向くとニヤッと笑った一ノ瀬アンズがいた。


「・・・ やられたらやり返しますけどね」


「・・・ 程々にしてね、タケシちゃん」


 3人でへへへっと笑いながらルパンさんが鍵を取り出して勝手口に付いた南京錠を外して通る。


 ルパンさんのお陰で変な空気が少し薄れた。


 勝手口を入った所でルパンさんが上を向いて大きく手を振った。


 校舎の屋上に人影が見える。


 中に入り、学校のガラス扉を開こうと取手を掴んだルパンさんが止まった。


「あー、ちょっと言い忘れてたんやけど。 ここの連中はずっとこん中に籠っててちょっとピリピリしてんのもおるから、まぁアレや、あんま気ぃ悪くせんといてな」


「・・・ はぁ」


 なんだか、やたら歯切れの悪い表情だ。


 俺も、歯切れの悪い返事を返す。


 いきなり微妙な気分のまま、ルパンさんが押し開いたガラス戸を通って懐かしい校舎に入った。

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