第11話 蝉の鳴き声

 途中、自転車の鍵を壊して拝借した。


 電動自転車がよかったが、どれも電源が落ちていた。


 そりゃそうか、電気が止まってから半年以上経つもんな。


 西高は山の近くの高校なので行くまではとにかく登坂が多い、なんならずっと登り坂だ。


 急な勾配で自転車では登れないレベルの坂道もある。


 今はその急勾配の坂道に入ったので拝借した自転車を置いて歩いて向かっている。


 途中にあったコンビニで缶詰めとビーフジャーキーを頂いた。


 塩っけばっかりで余計に喉が渇く、失敗したな・・・


 太陽がいつの間にか真上にきている。


 今は昼か?


 いや、時期を考えたら2時を過ぎてるかもしれない。


 腕時計が欲しい。


 ルパンさん達と別れた時は夜明け前だった、相当時間がかかってる。


 喰われたと思われてるかもしんねーな。


 普通にあのビルから西高へ向かえば多分もうついてる頃だろうか。


 こっからなら後1時間くらいで着けばいいけど、2人が無事に着いてることを祈ろう。


 山に近付くと蝉の鳴き声がクマゼミばっかりだったのがツクツクボウシの鳴き声が混ざりだした。


 西西高に行くのも久しぶりだな。


 もうすぐ卒業っていう2月に世界中でゾンビウイルスのパンデミックが起こった。


 あのまま卒業してたら、今頃は日本タイトルくらいは狙えてたかな?


 せっかくプロライセンスを取ったのに、試合は出来ずじまいだった。


 暑いな。


 蝉の声が五月蝿い。


 アスファルトの道路を太陽が熱し、景色を陽炎が歪ませる。


 父さんが死んでもう3年になるのか。


 クソ暑い、こんな日に父さんは死んだ。


 通勤途中のバイク事故。


 居眠り運転の車が対向車線にいきなり突っ込んできて、即死だった。


 母さんが取り乱して泣いているから、自分は妙に冷静になったのを覚えている。


「俺は無神論者や、葬儀屋の坊主のお経なんかあげられても鬱陶しい。 アイツらに葬儀代やるくらいやったら2人で寿司でも食え」


 生前、何かの話の流れで父さんが言っていた通りに葬式はしなかった、焼くだけ焼いて骨になった父さんを母さんと2人で家に持って帰った。


「でも、母さんと墓には入りたいから墓は作ろう。 タケシ、墓参りはしてもせんでもええからな。 そん代わり、俺らが死んだらきっちり同じ墓に骨だけ入れてくれ」


 この言葉が、まさかあんなに早く現実になるとは母さんも俺も思っていなかった。


 本人だってそうだろう。


 そういえば母さんは、まるで何処に出かけるかと旅雑誌を捲るような顔で墓地を選んでいたのがおかしかった。


「なんか楽しそうだね」


 そう聞くと。


「父さんと会える場所だからさ、何処にしようか迷っちゃって」


 そう言って笑っていた。


 母親の顔が頭に浮かんだ。


 それは朗らかに笑う顔じゃなく、俺を喰おうと襲いかかってきた時の顔だった。


 母さん、あんな風になって生き続けるくらいなら、母さんは父さんと同じ墓に入った方が幸せだろうか?


 唐突に吐き気が込み上げてきた。


 側溝まで行って先程腹に入れた食い物を全部出した。


「げっほ、あ"ぁ"ー」


 口に残った吐瀉物をペっと吐き出す。


 最低の気分だ。


 何が最低なのかも分からない最低な感じだ。


 靴と服と一緒に頂戴したリュックを開いてコンビニで盗って来た水を出して口をすすいだ。


 しょうもない感傷に浸るだけの繊細さはまだ残ってるんだな。


 そんな事を考えて「ふふっ」と笑って歩き出した。


 遠目に西高を囲むフェンスが見える、あのフェンスが見えてからが異様に遠いんだよな。


 もうすぐ、ルパンさんのあの軽口が聞けると思うと少し足取りが軽くなった。


 ヤンチャしてた頃は一匹狼を気取っていたのに、世界がこんなふうになってから妙に人寂しく感じる時がある。


 五月蝿い蝉の鳴き声。


 その中にうっすらと混じる、よく聞く"あの"唸り声が聞こえる。


 坂を登るほどに、蝉の鳴き声を押しのけるように大きくなる唸り声。


 坂を越えて景色がフラットになると声の主が見えた。


 その頃には蝉の鳴き声が薄れる程にソイツらの呻き声が響いた。


 ゾンビが一軒家に群がっている。


 その数は、100どころじゃない。


 300か、もっとかも、ちょっとよくわからないくらいの数だ・・・


 その手前にもゾンビが地面に倒れた死体に群がっている。


 そっちには約20体。


 ソレも合わせるとまた確実に300体以上のゾンビか。


 もういいって、昨日から多くないか・・・


 物陰に隠れてゾンビを見ながらうんざりした。


 一軒家の方に群がっているゾンビはかなり興奮している、アレは中に人がいるな。


 助けるべきかほっとくべきか・・・


 流石にこの辺まで来るとゾンビをまくためのルートは近くにない。


 それに朝っぱらから走って泳いでしたせいで体力的にもキツい。


 自転車にも乗ったからトライアスロン状態だ。


 にしても見捨てるのは後味が悪いしな。


 そんな事をぐるぐると考えながら一軒家を見ていると2階の窓から外を覗く人影が見えた。


 見覚えがあった。


 てゆーか、ルパンさんだ。


 マジか。


 大きなため息が出た。

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