第10話 挟み撃ち

 ゾンビを引き連れて走りに走る、後ろを振り返れば道を埋め尽くすようなゾンビの群れが俺を喰い殺そうと腕を振り乱して追ってくる。


 止まれば骨だけになるまで綺麗に喰い散らかされるだろう。


 そうならないために走る。


 目指すは川。


 ゾンビに追われた時用の、巻くためのルートはあっちこっちに用意している。


 この辺はあんまり来ないが、念のために用意しといてよかった。


 一軒家ばかりの街並みを走り抜ける、この辺りは大阪市内からも兵庫県の市内からも少し離れたベッドタウン。


 マンションはほとんどない。


 10世帯にみたないアパートがたまにある以外はほとんどが一軒家。


 そのおかげでそこまでゾンビも数はいない。


 後ろを振り返るとさらに追ってくるゾンビが増えている気がする。


 どいつもこいつもイカれた雄叫びをあげながら追ってくる。


「マジかよ」


 前方の曲がり角からゾンビが顔を出した、俺を視認するとお決まりの「あ"あ"ぁぁぁぁっ」という雄叫びをあげる。


 クソッタレめ、川まであと少しなのに。


 道を曲がるか、突っ切るか。


 前方に現れたゾンビは2体。


「やってやんよ!」


 シャツを脱いで左手に巻く、1体目のゾンビをフェイントで躱して2体目のゾンビをアッパーカットで顎を砕いた。


 ゾンビがくずおれる前に脇を走り抜ける。


 ゾンビを殴ったのは久しぶりだ、シャツを巻いてても拳が若干痛い。


 蹴るのもいいがやっぱり殴った方がスッキリすんな、グローブが欲しい。


 10分は走っただろうか。


 目的地が見えてきた。


 フェンスを越えて川へ降りる坂道をかけ下りる、ゾンビ達はお互いを足場に踏み越え踏み越えフェンスを越えて、転がり落ちるようにこちら側に来て俺を追う。


 この辺りは中流域だが、岩盤層でかなり流れが早くて水深も2m近くある。


 石の上を飛び移りながら川を渡る、ゾンビには難しい作業だ。


 川幅は約5mくらい。


 上手く石の上を渡らずに川に片足でも入ればそのまま下流まで流される。


 見ている間にも何体ものゾンビが川に落ちて流されていく。


 川の反対側に置いておいた物干し竿を拾い上げる。


 渡って来れそうなゾンビはコレでつついて川に落とす。


 簡単なお仕事。


 もしもゾンビが一気に渡ってきても後ろはかなりの傾斜の崖になっている。


 そこに梯子が打たれているからそれを登ればいいし、多少騒いでも川の音がかき消してくれるから新たなゾンビがくる心配も無い。


 最悪、もしも両側からゾンビに挟まれても川に飛び込んでしまえば逃げられる。


 その時用のビート板も用意している。


 ゾンビを落として川を汚しているような気分になるのが唯一の難点だ。


「あ"あ"ぁぁぁぁっ!」


 マジかよ、後ろから聞こえた雄叫びに視線を向けると崖の上からゾンビが見下ろしていた。


 ・・・ 今日はついてねーな。


 上からゾンビが落ちてくる。


 傾斜の高さは3〜4m、落ちても死にはしない。


 落ちてきたゾンビが起き上がって向かってくる、上を見ると10以上のゾンビが見えた。


 次から次へと落ちてくる。


「やっべぇ」


 最悪の場合がすぐに来た。


 後ろを見ている間に前からもゾンビがすぐそこまで迫っている。


 しかも、最悪の場合用に置いていたビート板の上にゾンビが落ちてきた。


 なんて日だっ!


 誰だ!あんな所にビート板を置いたのは!!


 物干し竿を捨てリュックを捨て、靴とジーンズを脱ぎながら逃げる!


 すぐ後ろにゾンビが迫る!


「くっそ!」


 激流の川に飛び込んだ。


 体が横に引っ張られるように流される、流され始めてすぐに川底からせり上がる岩に嫌という程体をぶつけた!


 岩の横を通った次の瞬間には流れが変わって急に体がグルンと回転した!


 上も下も分からなくなって水を飲んだ。


 唐突に頭が水面から出た。


「ぶはっ!」


 不細工な立ち泳ぎで必死に肺に空気を送る、すぐに流れに負けて沈む。


「ぶはっ!」


 やばい、死ぬかも。


 切り立った岩盤に何度も体をぶつける。


 目を開けてどうにか水面から頭を出す、背浮きの姿勢になって足を下流に向ける。


 足が切り立った岩に当たった、姿勢を変えて岩に登る。


「ゲホッ、ゲホッ、はぁはぁ」


 きっつい、泳ぐのは苦手だ。


 落ちた地点がかなり小さく見える、結構流されたな。


「うおぉっ!!」


 水面から手が伸びて足首を掴まれた!


 そのまま川に引きずり込まれる!


 マジかっ!!


 水中で足を噛もうとするゾンビの顔面を蹴り飛ばす。


 なんとか引き離して背浮きの姿勢をとろうとするが、岩に当たってまた沈む!


「ぶはっ!」


 水面から頭が出た、ようやっと流れの緩いトロ場が見えてきた。


 背浮きの姿勢でゆっくり流れながら端の砂地によって行く。


 溺れた時の対処法を頭に入れておいて助かった。


 なんでも備えとくもんだな。


 陸までをクロールで泳ぐと少ししたらやっと足が地面についた。


「はぁ、疲れた」


 砂地に上がるとその場に座り込んだ、しまったな、靴を脱いだのは失敗だったか。


 これじゃ、ゾンビに会っても走るのがキツイ。


 ぼんやりと川を見つめる、ゾンビは川に落ちたら普通の人間のようにもがいたりせず、すうっと水底へと沈んでいく。


 アイツらも生命維持には酸素が必要なハズだから水のそこじゃあ3分も生きてられないだろう。


 ドザエモンになったら魚が綺麗に掃除してくれるはずだ。


「はぁ、靴を探さないとな」


 立ち上がるとやたらに体が重い、水に入った後はなんでこんなに体が重くなるんだ?


 コンクリートで補強された土手に取り付いて登る。


 傾斜もあるし、掴むところもあるから大変な作業って訳でもないが、泳いだ後だと中々キツい。


 登りきってゾンビがいないことを確認してからフェンスを超えた。


 だいぶ流されたな、西高までは電車で駅5つ分ってところか。


 川沿いの住宅街、こういう街はなんだか治安が悪く見えるが、今は住んでる人間がいないから関係ないな。


 とりあえず、服と靴だな。


 パンツ1枚でうろつくのは嫌だ。


 手近な民家のドアノブをゆっくりと回した、1軒目から鍵のかかっていない家に当たった。


 ゆっくりとドアを開ける。


 家の中に頭だけを入れて気配を探る、玄関には散乱した靴、廊下が伸びて左側に扉が2つ。


 正面奥は階段がある、途中で曲がった階段だ。


 壁に鉄製の靴べらがぶら下がっている、武器になりそうな物が他に見当たらない、靴べらを手に取る、かなり重い、十分に武器になりそうだ。


 鉄ベラで壁をコツコツと叩いた。


 奥の階段からダダダダっと足音が走ってきた。


 ── 子供か。


 小学一年生にも満たなそうな男の子が俺を見て牙を剥いて飛びかかってきた。


 コンパクトなスイングで頭を殴る、倒れ込んだところを足で押さえて2度3度と頭を殴る。


 頭がオカシクなりそうな作業を終えて、服と靴を物色して早々に表へ出た。


 最低な気分だ。


 とぼとぼと川沿いを歩く、なぜか持ってきてしまった靴べらを見ると血がついていた。


 ため息をついて靴べらを川に放り投げた。


 クソッタレめ。


 天国とか地獄をぼんやりと考えていた頃を思い出した。


 天国はどうだか知らないが、地獄がここより酷い所ならいい。


 じゃないと、自分が地獄に行った時に張り合いがない。


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