第9話 銃口

 身じろぎ1つしないで少しだけ目を開けた、世界がうっすらと輪郭を浮き彫りにしている。


 夜明けか。


 目をこすって起き上がり伸びをする、硬いコンクリの上に寝たせいでそこら中が痛い。


 ルパンさんはまだ寝息をたてて寝ている。


 まだ朝日は見えない、時刻は日の出の10〜20分前ってところか、枕にしていたリュックから水を出して口に含む。


 ビルの縁に移動してゆっくりと下を覗き見る、ゾンビは未だに昨晩の落下死体の肉を貪っていた。


 死体を引きずって移動させたのか、ビルの出入り口付近で喰っている奴もいる。


 数はざっと見積もって200以上。


 すごい数だな。


 こりゃビルから出たらいきなり追いかけっこだ・・・


 ルパンさんの足を叩いて起こす。


「うおっ」


 ルパンさんがビクッとなって上半身を起こした。


「・・・ もう朝か、早起きやなタケシ」


 ルパンさんが周りを見てから眠たそうな声で答えた。


「さっき起きたとこです、腹も減ったし早く行きましょう」


「おぉ、そやな」


 周りを見ると塔屋の物陰に一ノ瀬アンズの足が見えた。


 同じように足を叩いて起こす。


「っ!!」


 一ノ瀬アンズは起き上がった瞬間にパーカーのポケットから拳銃を出して俺に向けた。


 固まった後、ゆっくりと両手を上げる。


 一ノ瀬アンズがかまえているのは手に収まらない程度の小さな拳銃、警察官が右腰に携行している物だろう。


 鈍く、黒い。


 頭の中で戯れにコレを向けられたら俺ならこう躱す、男の子ならそんなしょうもない妄想を誰でも1度は考えるんじゃなかろうか。


 俺も考えた事はある。


 実際問題、1歩も動けねぇ。


 暗がりに見える一ノ瀬アンズの目は、本当に撃つ目をしている。


 中学時代、反抗期真っ只中のヤンチャしてた頃。


 地元の先輩にこんな目をした人がいた、喧嘩で相手をナイフで刺してパクられたイカれた先輩。


 種類は違うが、それと似た物を感じる。


 一ノ瀬アンズの目も間違いなく撃つ。


 そう思わせるものがある。


 どれくらい経っただろうか、嫌な汗が背中に滲む程度の時間はあったはずだ。


 一ノ瀬アンズは「はぁ」とため息をついて銃を下ろした。


「ごめんなさい、寝ぼけてたわ」


 ・・・ 寝ぼけて銃を向けられる方はたまったもんじゃない。


「・・・ いや」


 大丈夫ですよ、とは言葉が続かなかった。


「許したり、タケシ。 女の1人旅や、察したって」


 ふざけんなよ、と、言葉を口にする前にルパンさんの言葉がかかった。


 ・・・


 ・・・・・・


 まぁ、そうなんだろう。


「大丈夫です」


 口から出かかっていた文句を呑み込んでそう応えた、一ノ瀬アンズは多少申し訳なさそうな顔でもう一度頭を下げた。


「それじゃあ、そろそろ行きませんか?」


 頭を切り替えよう、女の一人旅だ、嫌な目にもあったんだろう。


 警戒するのは当然だ。


 寝起きに人がいたら銃くらい向ける、終末世界の常識だ。


 今度から一ノ瀬さんを起こすのはルパンさんにしてもらおう。


「下にまだ結構ゾンビが溜まっとんなぁ」


 ビルの下を覗きながらルパンさんがぼやいた。


「僕が囮になりますよ、2人はゾンビがいなくなってから出てきて下さい」


「サラッとカッコええこと言うな、アンズちゃんにええとこ見せよう的な?」


「ははは」


 笑えない寝起きドッキリをされた後にカッコつけるほど俺は童貞じゃない。


「笑い声が乾いとるっ! 可愛げのないやっちゃで。 囮は年長者のやるもんや、任せとけ」


「カッコイイっすね、ええとこ見せよう的な?」


「やかましいわ!」


「でも、この辺は俺の地元ですし、巻くためのルートも結構あるんで俺の方が適任だと思いますよ? 向かいのビルの出入り口にもゾンビがいるから昨日の方法は使えないですし」


「んー」


 ルパンさんが唸る。


「それに」


 ルパンさんの脇腹をこずいた。


「痛った!」


 軽く小突いただけでルパンさんは脇腹をおさえてうずくまった。


「それ多分、折れてないですか?」


 昨日、感触的にヤバいかもと思いつつ知らん顔をしていたが。


 今の痛がりようは多分折れてるだろう・・・


「マジか」


「折れてなくてもヒビは入ってるかもしんないですね、やったの俺ですし。 ここは俺が走っときますよ」


 流石にそれでルパンさんが喰われたんじゃ目覚めが悪すぎる。


「・・・ ふぅ、そんじゃ頼むわ。 無茶すなよ」


 ため息1つ、ルパンさんが折れた。


「余裕ですよ」


 下を見る、この数と追いかけっこするのは久しぶりだな。


 不思議と夜に見るより不気味だ。


「あの、本当に大丈夫なんですか? 私、陸上部だったんで走るのは得意ですよ」


 一ノ瀬アンズが心配そうな顔をしている。


 俺はルパンさんと顔を見合わせた、なかなか根性の座った人だな。


 あのゾンビの群れを見て囮を買って出るとは、とはいえ、だ。


「大丈夫ですよ、この近くの川でまける場所があるんで」


 流石に女性にアレを任せるのは気が引ける。


「今度は川飛び越えるんかいな」


「みたいなもんです、それで、どこで落ち合いますか?」


「巣は川西西山高校やけど分かるか?」


 まじかよ。


「はははっ、それ去年まで通ってましたね」


「おお、凄い偶然やな」


「それじゃあ、そこで落ち合いましょう」


「そうしよか」


「えっ? 増田君はそこから来たんじゃないんですか?」


 一ノ瀬アンズが驚いた顔をしている。


「いや、タケシとは昨日の夜に初めて会ったで」


「うそぉ、その割には息が合いすぎじゃないですか?」


 傍から見ても俺とルパンさんは昨日会ったばかりには見えなかったようだ。


「はははっ、確かに、気が合いますよね俺達」


 ルパンさんとは一緒にいて気が楽だ。


「そうやな、俺も10年来の相棒に再会したような気分やわ」


 中々嬉しい感想が帰ってきた。


 リュックを背負い、階段に続く鉄扉を軽く叩いて耳をすます。


 どうやら、階段フロアにゾンビはいないらしい。


「それじゃあ、西西高で落ち合いましょう」


 そう言って俺は鉄扉を開いた。


「おぉ、あっさりやな。 ホンマに気をつけろよ」


 閉まる鉄扉の向こうからルパンさんの声が聞こえた。


 足取り軽く階段を降りる、1階について廊下へ出るための鉄扉を音を立てないようにゆっくり開いた。


 まだ、廊下に朝日は届いていない。


 奥のガラス扉までは何もいない、さらに扉を少し開いて隙間から体を滑り出した。


 中腰でゆっくりと前進、表に続くガラス扉から外を覗いた。


 視界に映る前に咀嚼音が耳に届く。


 グッチャグッチャ


 ブチッブチッ


 どれも嫌な音だ。


 心臓の鼓動が早くなる。


 大きく深呼吸して、ガラス扉を遠慮せずに押し開ける。


 扉は音もなく開いた。


 小走りに通りへ出るとゾンビ共は喰うのに夢中で俺に気づかない。


「おいっ、コッチに新鮮なのがいるぞ!」


 200体近いゾンビがいっせいにコッチを見た、かなりゾッとする光景だ。


 どいつもこいつも口の回りどころか鼻から首までを血糊でべっとりと汚れている、汚いしエグい。


 ゾンビも生きてる人間に声をかけられた経験はあまりないらしい、こっちを見たままフリーズしている。


 余計にゾッとする光景になった。


「ついてこい!」


 叫んで小走りにコッチが走り出すとゾンビ達はようやく俺につられて走り出した。

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