第8話 続・ゾンビとは
「でも、生き残った人間も噛まれたら感染しますよね。 だから、持病みたいに人類はずっとゾンビと付き合う羽目になるんじゃないですか?」
一ノ瀬アンズが難しそうな顔で口を開いた。
持病か、確かにゾンビが完全に根絶できる気はしないな。
今いるゾンビが全部死んでも、人間の数だけゾンビの脅威は残る。
「いや、多少はゾンビも残るかも知らんけど脅威にはならん。 実際に」
言葉を切ったルパンさんがプロテクターを外してシャツを脱いだ。
肩をこちらに向けてくる、そこにはデカい噛み跡があった。
「コレは2ヶ月前の傷や、俺はゾンビに噛まれてもゾンビ化せんかった。 俺以外にも校舎の中にあと2人、噛まれてゾンビ化せんかった人間がおる。 コレはまた多分やけど、生き残ってる人間はほとんどが噛まれてもゾンビ化せんだけの抗体を持ってる、それに、噛まれて感染しても大体の場合はそのまんま喰い殺されるから関係あらへん」
そうか、ゾンビが仲間を増やすために噛み付いて感染させた時点で噛むのを止めれば増えるけど、ゾンビは噛み付いた人間が骨になるまで食い尽くすもんな。
ましてや、ゾンビはどいつもこいつもなぜか首筋を狙って噛み付いてくる。
んなとこ噛まれりゃほぼ出血死だ。
関係ないって言うのは、噛まれた人間がゾンビにならないから関係ないって事か。
ルパンさんがシャツを着てプロテクターをつけ直す。
「計算上、まぁ、俺の適当などんぶり勘定やけど。 今世界中にいるゾンビの数は70億人の内の60億ってところやろ。 ほぼいっせいにゾンビになって、そうやなぁ、戦国時代の寿命の40歳くらいで死ぬ計算やったら20〜30年もしたらほぼいなくなると俺は思うんやけどなぁ」
「なんで寿命が40歳なんですか?」
最近の年寄りは70歳でもかなり元気だ。
「医療も受けれん上にろくな食生活も送らん人間の寿命なんかそんなもんやろ?」
そんなもんか?
「ゾンビの数が減ったら被害も減る、健常者の人口はゾンビの減少と半比例して増えていくやろ。 っていうのが希望的観測やな」
希望か。
「じゃあ、悪い予想はどうなんですか?」
「悪い予想は3つやな。 1つ目、それまでに人類が最小存続個体数を下回ってまう場合やな」
「さいしょう? なんですかそれ?」
「最小存続個体数。 子供作って種を残していける数の限界値の事や、人類やったら確か2〜3万人やったかな。 それより少なくなったら遺伝子が濃くなりすぎてアカンらしい」
・・・
分かんねぇ。
けど、これ以上聞くのも面倒だから分かった顔しとこう。
「まぁ、世界規模で見たら人間の種は大丈夫やろう。 まだ10億近い人間が残ってるわけやから。 でも、日本人だけで見たらどうやろうな。 日本人口が約1億2500万人、生き残ったんが10人に1人として1250万人。 それが果たしてどれだけ生き残れるか、日本は人間の最大の武器である"銃"が中々手に入らんからなぁ」
「どうですかね、銃はあったら凄い武器にはなりますけど、音がでかいから殺す以上のゾンビが集まって来るんじゃないですか?」
ゾンビが世界に溢れてこの方、生き残るコツの1番大事なポイントはとにかく静かに、だ。
銃なんかバンバン撃ってたらここにいますと宣伝してるようなもんだ。
「一理あるかな」
「後の2つはなんですか?」
「2つ目、子供を育てれる環境を作れんかったら無理ゲーや。 だから俺は人間が安心して子育て出来る環境を作りたいと思ってる」
「そっか、赤ちゃんってうるさいですもんね」
「おぉ、アンズちゃん身も蓋もないような言い方やけど。 まぁ、そういうこっちゃ。 赤ん坊が大声で泣くたんびにゾンビが集まっとったら親はノイローゼ通り越して発狂するわ」
確かに。
「それで、ルパンさんはラジオで人を集めてるんですね」
「そういう事」
「最後の悪い予想はなんですか?」
「ゾンビが、病気にならん場合やな」
「・・・ どういう事ですか?」
もう既に病気じゃないのか?
「んー、人間の死因ってなんやろか?」
「死因ですか? 老衰に怪我に病気に、ですかね?」
「そう、そうやな。 ゾンビ共は今、病気に罹ってるわけや。 病気っちゅうたら大抵の場合が安静にしとかなアカン、風邪ひいてる時だってベッドで大人しいしとかな治らんやん?」
「はぁ、つまりどういう事ですか?」
「アイツらゾンビの体温が妙に高いねん、とっ捕まえて測ったら39度とか40度とかあんねん。 どない思う?」
確かにゾンビの体温は異常に高い。
・・・
・・・・・・
だからなんなんだろうか?
「考えてみてくれ、熱がそんだけ上がったら布団から起き上がって便所行くんもしんどいやろ?」
そういえばそうだな。
インフルエンザで40℃の熱が出た時は飯も食えなくて1日で2kgくらい体重が落ちたっけ。
「あいつらはそんな状態で1年以上も元気いっぱいに人間探して走り回ってる。 異常にも程があるやろ? そもそも病気になった時に熱が出るのはなんでや?」
「ウイルスや菌を殺すために体が熱を上げるんですよね?」
「そうや、それやのにゾンビ共はマトモになりそうな気配が全くない。 ゾンビ状態から治った人間なんか1人もおらへん。 ましてや、そんだけ体が弱ってんねやったら合併症やら他の病気やらなんやら罹ってくたばる気がすんねんけどなぁ。 まぁ、専門知識のない俺みたいなんが考えても分からんなぁ」
「つまり、最後の悪い予想って何なんですか?」
「もしもや、ゾンビ共が病気に罹らんとしたら? ゾンビウイルスっちゅう強力なウイルスのおかげで。 そしたらゾンビの数が減る速さが全く変わってくる。 人間の死因はほとんど病気やからな。 だからそれこそ、30年経ってもほとんどゾンビが減らんかもしれへん。 そうなったら人類が生き残れる確率は多分、絶望的ちゃうかなぁ」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
重い沈黙、聴こえるのは風の音、木が揺れる音。
1番、耳に届いたのは地面を徘徊するゾンビ達の息遣い。
死肉に喰い付き、肉を骨から引き剥がす音。
この音が止むことはなく、世界はやがてこの音に支配されるのかもしれない。
ルパンさんは「あー、痛た」と言いながらゴロンと大の字になった。
「ま、全部俺の勝手な想像やから何がどうなるかはさっぱり分からんよ。 さぁ、そろそろ寝よか。 明日は早起きして巣に戻ろう、おぉ、もうこんな時間か」
腕時計を見て声を上げた。
「何時ですか?」
「12時や」
そんなもんか、もっと長い夜に感じた。
「悲観ばっかりしててもしゃあない、明日は俺が作ったバリケード見てちょっとは希望を持ってもらおうか。 結構な自信作やで」
そう言ってルパンさんは手を頭の後ろに置いて小声で「おやすみ」と言って目を瞑った。
俺も、その横で体を寝かした。
一ノ瀬アンズは少し離れた所で横になった気配がした。
目を閉じると、変わり果てた母親の顔が浮かんだ。
この世界に希望があろうがなかろうが、何を聞いても心が絶望も失望もしなかったのはどうでもいいからなんだろう。
グレてしこたま迷惑をかけている間に父さんが死んで。
罪滅ぼしに孝行しようと思っていたら世界が滅んで母さんも死んだ。
もしも世界にゾンビがいなくなったところで、だからどうだっていうんだ。
俺にはしたい事が何も思い浮かばない・・・
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