第6話 再・こんばんは

「こんばんわー」


 "あの"と声をかけてから黙ってしまった人影にルパンさんが声をかけた。


 本日、2度目の挨拶。


 妙に呑気に聞こえるこれに、不思議と今度は違和感がなかった。


「・・・ こんばんは」


 挨拶が返ってきた、女の声だ。


「こっちに飛んでこれるー?」


「・・・はい」


 返事をして、人影は破けたフェンスから距離をとって走り出した。


 ダンッ


 着地して2〜3歩で勢いを殺す。


「お嬢ちゃん1人?」


 10代後半、お嬢ちゃんと呼ばれた女の子は困ったような戸惑いのような表情を返した。


 どう返していいか分からないといった顔だ。


 右手をパーカーのポケットに入れて固まっている。


 ボサボサの肩くらいの髪、下はポケットのいっぱい付いたカーゴパンツ。


 あのカーゴパンツ便利そうだな。


 もう一度顔を見る、疲れた顔だ。


 今はその疲れた顔に警戒心をめいっぱい貼り付けてる感じ、よく男二人組みに声をかけたな。


 俺も最初に声をかけられた時はこんな表情をしてたんだろうか?


「俺もさっきはこんな顔してました?」


「うーん、どうやろ。 いや、タケシはふてぶてしかったかな」


 ルパンさんが少し考える素振りの後ニヤッとした。


「それ、補正入ってないですか?」


「どうやろな、大抵の人間は俺が声掛けたら物盗りを警戒して返事せえへんかな。 そやけど、窓から顔出した時のタケシは「なんやねん?」って感じの顔しとったで」


 ホントかよ?


「あの」


「あ、ごめんごめん」


 ほっとかれた女の子が声を出す。


「この辺りに、人が集まってる場所があるらしいんですけど。 知りませんか?」


「あー、それ、もしかしたら俺らの事かな。 ラジオで聴いた?」


 ラジオ?


「はい、ラジオで聞きました」


「そうか、すぐに案内してあげたいんやけど、こっちのにーちゃんにさっき脇腹にライダーキック食らって動かれへんねん。 明日の朝に案内するから待っててくれる」


 ルパンさんが苦い顔で脇腹をさする。


「はははっ」


「タケシ君笑うとこちゃうやん」


 女の子は軽口を叩く僕達をなんとなく落ち着かない様子で見ている。


「あー、こっちの兄ちゃんが、なんやっけ、何タケシやった?」


「増田です」


「せや、増田タケシ。 ほんで俺が正義の怪盗、ルパンです。 よろしく」


 高い所が苦手な癖によく言うよ・・・


「あ、私は一ノ瀬アンズです。 増田さんと、えっと、ルパンさん。 よろしくお願いします」


 ルパンと名乗ったのにはスルーか、ツッコミを入れる元気もないのかな。


「よろしく、放送の通り、高校の校舎をバリケードで補強して20人くらいで暮らしてる。 まぁ、安全は保証するよ。 そういえばアンズちゃんはいつの間にあのビルの上におったん?」


 確かに、どうやってあそこにいたんだ?


「さっきです、ゾンビに追いかけられて屋上まで逃げて。 ドアの前に座ってたんですけど、通りでゾンビの騒ぐ声が聴こえてきて。どうしようかと思ってる内に、建物の中から叫び声が入ってきて、階段を駆け上がってくる音とゾンビの絶叫が上がってきて。 怖かったのでドアの反対側に移動して身を隠してました」


 どうやってあそこにいたのかと思ったけど、最初っからいたのか、なんか手品のタネ明かしみたいだな。


 あぁ、それで階段にゾンビがいたのか。


 俺がつい1週間前にここに来た時は階段にゾンビはいなかった。


 ゾンビも用事がない限り、建物には入らない。


「おぉ、それはお騒がせして申し訳ない」


 ルパンさんが平謝り。


 1歩間違えてたら彼女はあのゾンビの群れに喰われてた、ま、喰われなかったんだから謝って許してもらおう。


「いえ」


「ずっと一人旅してたん?」


 ルパンさんはよく喋るな、コミュ力が高い。


 俺は手持ちぶたさに2人の話を横で聞きながら、なんとなくルパンさんの横に座って下を向いた。


「いえ、家族と一緒だったんですけど・・・」


 家族と一緒"だった"、か。


 抗体を持ってる人は大抵が親や兄弟も抗体を持ってることが多い。


 それでも、噛まれたら感染する人がほとんどだ。


 空気感染は防げても、直接噛んでウイルスが傷口からぶち込まれたら症状が出てしまうらしい。


 俺の母親みたい・・・


「あー、そうか。 まぁ、校舎にいる連中も似たようなもんやわ」


 世界がゾンビウイルスに満たされて1年、免疫のおかげで空気感染を免れて生き残ってもそれが果たして良かったのか悪かったのか・・・


 なんなら、ウイルスに感染して自我を失っていた方がよっぽど幸せだったかもしれない。


 それほど、今は生きるのが過酷だ。


「散々キツい目にあったやろ、俺もまぁ、似たようなもんや。 だからっちゅうか、とりあえず生き残った人間が安心して寝れる場所を作りたいなと思って俺頑張ってんねん」


 顔をあげてルパンさんを見る、若干、その表情は恥ずかしそうに見えた。


「まぁ、なんか目的でもないと生きとっても張り合いないっちゅうんもあるけどな」


 目的か、確かに、この世界を"なんとなく"生きるのはしんどい。


 極論を言えば、"死に"たくないから"生きる"のかもしれないが。


 それ以上にこのゾンビに支配された世界は生きる人間に"死にたい"と思わせてくれる。


 あ"あ"ぁぁぁぁっっ!!


 叫び声が下から響いた。


 3人でビクッと体を震わせてゆっくりと屋上の縁から下を覗き見る。


 先程のゾンビの落下音に吊られたのか、100近いゾンビが集まってゾンビの死肉を漁っていた。


 叫んだのは女のゾンビ、死肉を漁ろうとした所を大柄な男のゾンビに威嚇されたようだ。


「胸糞悪いなぁ」


 ルパンさんが小声で呟く。


 ゾンビ共は基本は生きている人間を襲うが、腹が減れば共喰いもする。


 そういう時に標的になるのが女・子供・老人だ。


 こんなふうに餌を漁る時でも最初は強い個体が喰う、弱い個体はその後だ。


「そういや、タケシにゾンビ学の講義の途中やったな」


 ゾンビ学か、なんか呑気だな。


「そうでしたね」


 ゾンビの走り幅跳びのせいで止まっていた。


「えーっと、映画のゾンビの種類の話やったっけ?」


 映画のゾンビの話がこの世界のリアルなゾンビに役立つんだろうか?


 暇つぶしにはなるか。


「確かそんな感じです」


「アンズちゃんはゾンビ映画とか見てた?」


「いえ、見たことないです」


「そっか、まぁ、暇やし世間話くらいのノリで聞いといて」


 そんな事を言ってルパンさんは長い夜、下にゾンビが蠢く中でゾンビ映画の与太話を始めた。


 雰囲気がいいんだか悪いんだか・・・

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