第4話 続・ハイジャンプ

 痛みにうずくまるルパンさんを置いてゾンビの落ちる地面を覗きに行った。


 下を見ると地面にはゾンビが折り重なるように積み上がっている。


 6階の高さからコンクリートに叩きつけられたらゾンビと言えどピクリとも動かない。


 いや、ピクピクは動いてるかな?


 見ている間にも落ちたゾンビの上にゾンビが落ちてくる、落ちるたびにドッパンと派手な音が鳴る。


 音と死体でかなりのゾンビが集まってきそうだ。


 映画なんかで見たゾンビとは違って奴らは仲間の死体でも平気で貪る。


 あの量の死体なら相当な数のゾンビが群がってくるだろう。


 奴らはまるでハエのように死臭に吸い寄せられてくる。


 早めにここから離れた方が良さそうだ。


 戻ると未だにルパンさんは脇腹を抱えている。


「さーせん、大丈夫ですか?」


 とりあえず平謝り。


「ムリ、こんな痛いの久しぶりや。 20代前半のちょいちょい無茶して遊んでた頃以来です」


 のたうつように痛がっている割にまだ余裕はありそうだ。


「ははは」


「笑い事ちゃうやん・・・」


 若干恨めしそうな顔。


 まぁ、俺の膝にもかなりしっかり入った感触があったもんな。


 とは言え、だ。


「立てます? 下にゾンビが集まる前に脱出しましょう」


「うーんん、今日はここで1泊せーへん? 痛いし、走り疲れたし、痛いし。 あかん、ほんまめっちゃ痛い」


 ダメだ、完全に心が折れている目をしている。


「分かりました」


 ルパンさんの隣に腰を下ろしてリュックを開いて水を取り出す。


 水を1口含んでペットボトルをルパンさんに手渡す。


 ルパンさんは呻き声で返事をして受け取って水を口に含んだ。


 2人でこちらに向かって飛んでは落ちていくゾンビを見ながら座り込んだ。


「なんでしたっけ、集団自殺するネズミ」


「レミングや、俺も今それを頭に思い浮かべてたわ」


 それだ、こういうのを見ると安直だけどすぐに集団で崖から落ちていく"あの"ネズミを思い浮かべる。


 元は人間とはいえ、ゾンビになったら知能はネズミと変わんないのか・・・


「自分、階段で噛まれんかった??」


 ルパンさんがちらりと俺の方を見る。


「ギリギリセーフでしたよ、てゆーかルパンさん。 なんであそこであのゾンビ撃ったんですか? しかもあのノーコンぶりで」


「撃ったって、なにを?」


「最初にゾンビの群れに会った時ですよパチンコで撃ったじゃないですか」


 ぶっちゃけ、あんな事しなけりゃこんなにギリギリの逃走劇はしなくて済んだんじゃないか?


「あぁ、え、ノーコンは酷ない? これでも打率7割くらいで当たんねんで。 あ、あとパチンコじゃなくてスリングショットね」


 しっかり外しといてよく言えたな・・・


「いや、ゆっくり離れたらよかったんじゃないかと思って」


「でもあの鼻の効くタイプのゾンビ減らしときたいやん?」


「鼻の効くゾンビ? なんですかそれ?」


「あら? 知らないのタケシちゃん、教えたげよっか?」


 イヤらしいドヤ顔でルパンさんがもったいぶる。


「えぇ、是非」


「なんや、それやったらいいとか言うんかと思ったら素直やな」


「あれ? 逆に話したくなくなりました?」


 逆にイヤらしい顔で返す。


「自分アレやな、俺も結構、人を食ったような奴って言われるけど。 俺より酷いな」


 俺を見て、より一層疲れた顔になる。


「はは、よく言われますよ」


「タケシとは上手いことやっていけそうで安心やわ、んで、話し戻すけど。 鼻の効くゾンビね、まぁ単純な話やねんけど。 人も鼻の良いやつと悪いやつおるやん?」


「はい」


「ゾンビの中にもそんなんがおってな、俺らが隠れてる時に1匹こっちに近ずいてきた奴いたやろ? あれがそうやな、ああいうヤツは見つけたら出来るだけ殺しときたいねん。 後々で厄介なったら嫌やからな」


 鼻の効くゾンビか、そんなのがいるのか。


 あんまり意識した事なかったな。


「へぇ、詳しいんですか? ゾンビ」


 アイツらの中にそんな個体がいるなんて気付かなかった。


「どうやろ、見てみ」


 ダアァァンッッ!!


 ダアァァンッッ!!


 後ろから押されて落ちていく流れは収まっていた。


 今は助走もつけずに縁に立ったゾンビがこちらに向かって跳躍しては距離が足りずに落ちていく。


 走り幅跳びならこちらへ届くだろうが、ただの跳躍では届かないだろう。


「あんなふうになるとは思わんかったな、ビルの上に立ってこっちを見てくるようなんを想像してた」


 向かいのビルに残ったゾンビ達は順番に縁に立ち、こちらに向かって幅跳びの要領で飛び移ろうとしている。


 ダアァァンッッ!!


 ダアァァンッッ!!


 ゾンビ達が臆することも無く、跳躍しては落ちていく。


 奴らには、落ちて死ぬという恐怖心はないんだろうか・・・


「はぁ」


 言われればそうかもしれない。


 残りのゾンビはフェンス越しに睨む者が6体、飛ぼうと身構えているのが4〜5体。


 百鬼夜行の群れはその数のほとんどが消えた。


 鬼や妖怪のように霞となって消えるんじゃなく、派手な音と血を撒き散らしてアスファルトに叩きつけられていく。


 あの時、コイツらの群れを見つけた時は一瞬だが。


 幻想的と言うか、どこか夢幻のようなものを感じたが。


 コイツらは自分たちが現実の物だというのをその身を持って示すかのように満月を背に落ちていく。


「このシチュエーションは初めてやな。 ゾンビはビルとビルの間を飛び越えれるのか? 正解は出来ませんでした。 生き残るためにゾンビをよう観察してるけど、分からんことって言うか、思いもよらんかったことばっかりやな、映画とかとは違うもんやなぁ」


 落ちていくゾンビを見ながらルパンさんが1人ごちる。


「ふーん、ルパンさんってゾンビ系の映画とか好きでした?」


「おぉ、大好きでよう見てたわ。 タケシも好きやったん?」


 途端に嬉しそうな表情になった、オタクの顔だ。


「何本か話題になったタイトルを見たくらいですね」


 ドーン・オブ・ザ・デッド。


 バイオハザード。


 それくらいかな?


「そうか、俺はビデオ屋のホラーコーナーのゾンビ物はほぼ全部見てたくらいには好きやってな」


 見てたくらいって、ソレは中々のマニアでは?


「ゾンビにも色々と種類があるけど、大きなポイントは2つやな」


 ルパンさんが2本指を立てる。


「1つは心臓が動いてるかどうか、もう1つが走るかどうか」


 言われて視線をルパンさんから対岸のゾンビに向ける。


 その時だった。


「お」


「あ」


 1体のゾンビがこちら側のビルの縁にぶち当たって落ちていった。


 向こうのビルのゾンビは残り3体。


 その内の1体がフェンスの穴からゆっくりと距離をとった。


「・・・ あかん」


 そうルパンさんが呟いた瞬間、ゾンビがフェンスの穴に向かって走り出し。


 こちらに向かって大きく飛んだ。

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