第2話 百鬼夜行

 昭和40年代のベビーブーム、その年代の人達がマイホームを持ち始める平成の初め頃に既に過密気味だった市内から離れて家を建てる人が多かった。


 その為に日本のあちこちで市内からほど近い山を削って作られた住宅街。


 俗に言うベッドタウン。


 4両編成のローカルワンマン電車で市内と結ばれた住宅街は人気を博し、出来上がった当初は結構人気があったんだとか。


 それから30年経った今じゃ人はまた市内の方へと流れていって、どこも例外なく過疎化している。


 ま、今じゃ日本中がゴーストタウンだから過疎化もクソも無いが・・・


 そんなゴーストタウンと化した住宅街を、今、俺は見知らぬ坊主男と歩いている。


「兄ちゃん名前は?」


 暗闇の中、少し前を歩く坊主頭の男は警戒を緩めず、視線を油断なくあちらこちらにはわせながら気さくな口調で喋る。


「増田タケシです」


 小声で答える、外で話すのは妙に緊張するな。


 どうしても注意力が散漫になるし、何より声を聞きつけてゾンビが来そうで落ち着かない。


 いつも食料を探しに行く時は1人で行動していた。


 母親と一緒に行ったこともあるが、2人で行動していた方が危険な事も多かった上にゾンビと遭遇すれば母親は足手まといになる。


 だから外で誰かと行動するのはかなり久しぶりだ。


「ガキ大将みたいな名前やな」


 散々言われてきた返しにピクリとも笑えない。


 いや、こんな状況じゃなきゃ愛想笑いの一つも返していただろう。


 俺は、つい先程に母親をゾンビになったまま家に放置してきて1時間も経っていない。


 いや、この1年は笑った記憶がないな。


「・・・」


「・・・」


 沈黙。


 喋る話題が無いわけじゃない、ずっと喋っていればゾンビの気配を感じ逃すかもしれない。


 だから黙る。


 前を歩く坊主男もそれは分かっているのだろう、無理に喋るようなことはしない。


 喋っていても、口調とは裏腹に常に警戒している。


「あの、安全な場所って何処なんですか?」


 ずっと歩いて行くんだろうか?


「学校、こっからやったらちょい距離はあるけど。 上手いことバリケード作れた学校に今何人やったかな、20人くらいかな。 で、仲良く暮らしてる」


 20人、凄いな。


 避難所は軒並み壊滅したと思ってたけど。


 案外あちこちに残ってるのか。


「それは政府の避難所とかではないんですか?」


 政府の作った避難所は集団で集まった避難民の音と匂いで際限なくゾンビを集め、身動きが取れなくなっている内にどこも壊滅したと聞いた。


 ゾンビという性質は、兵糧攻めとの相性が抜群にいいらしい。


 眠らず、疲れも知らずに呻き声をあげ続けて籠城した人間を昼夜を問わずに攻め続ければ避難民はあっという間に発狂しただろうな。


 想像しただけで背筋の寒くなる話だ。


 実際、前に避難所から逃げてきたという人と話をした事がある。


 詳しく聞いた訳じゃないが、その人のいた避難所内は最後は避難民同士の争いで瓦解したんだとか。


「ちゃう、俺がバリケード作って政府の避難所に逃げ遅れた人らを集めただけ」


 自分が生きるのにも大変なのに他人を助けて回ってんのか、奇特な人だ。


「凄いですね、あ、名前はなんて言うんですか?」


「あぁ、ルパンって呼んでくれ」


 ルパン?


 ふざけてんのかな?


「ルパンって、なんでルパンなんですか?」


 坊主男は振り向いてなぜかニヤリと笑った。


「あっちこっちで人助けしながら物盗んで回ってるからな、洒落てるやろ?」


 そう言いながら背負っているリュックを指さした、リュックには街中でよく見たUberEATSのロゴが入っている。


 腰には50cmくらいの鉄の棒を下げて、格好はジーンズにTシャツの上にプロテクターを着ている。


「盗んでって?」


「言うても金目の物盗んでるわけちゃうで、食い物やら生活必需品やな」


「はぁ」


 脳天気っていうのか、終末世界でもこんなに明るい人がいるもんなのか・・・


「この辺で食料が残ってそうな場所は? どっか心当たりない?」


「どうですかね、ずっと人のいない民家なんかから少しずつ集めて過ごしていたんで。 20人分の食料っていうと、やっぱりスーパーとかじゃないですか?」


 食料自体は結構どこにでも残ってると思うんだけどな。


 ゾンビウイルスが蔓延しだして人類はあっという間に滅んだ。


 生鮮食品は無理でも乾き物の食べ物ならまだ賞味期限も切れてないのがスーパーの棚に並んでるはずだ。


 ゾンビはインスタントラーメンは喰わない。


「そうか」


「・・・」


「・・・」


 無言で進む、1時間近くは歩いただろうか。


 一軒家ばかりの住宅街を抜けて、大きな国道まで来た。


 見上げると満月が煌々と輝いている。


 街灯は世界がゾンビで溢れて半年程経った頃につかなくなった、街灯が無ければ夜とはこんなに暗かったのかと驚いた。


 真っ暗どころか真っ黒だ。


 父親が若い頃に御来光を見に山に登った時の話を聞いた事がある。


 その時の比喩表現に、暗闇を真っ暗ではなく真っ黒だったと言っていたが。


 まさにその通りだった。


 今じゃ山も街も月の光が無ければ歩くことは出来ない。


 もちろん、懐中電灯なんか使って歩いていたらゾンビ達が列をなして集まるから使えない。


 国道に出てから30分は歩いた頃、前方を国道を横切るようにゾンビの群れが歩いているのが見えた。


 数は100体くらいだろうか、俺が気づいてから3秒後にルパンさんが気付いて止まった。


 ルパンさんが俺に向かって手で姿勢を下げるように合図する。


「見えるか? この先にゾンビが結構おる、通り過ぎるん待ってから行こか」


 小声に頷いて応える。


 距離にして約200〜300m。


 ぞろぞろと、ナニを当てにして、何処にむかっているのか、ゾンビ達が緩慢な速さで進行している。


 このゾンビの行進を見かけるたびに、俺は子供の頃にテレビアニメで見た百鬼夜行を思い出す。


 暗闇の中、なぜかゾンビ達の行進はそこだけ浮かび上がったかのようにはっきりと見える。


 妖怪やら鬼やらとゾンビではモノが違うが、おどろおどろしさは変わらない。


 息の詰まる時間が流れる。


 夜に外でじっとしていても汗ばむような季節、聴こえるのは前にいるルパンさんの音を殺した息遣い。


 それと死体を探している、ネズミの足音。


 そこら中に死体が溢れて、それを喰い漁るネズミがとんでもなく増えた。


 今も、ネズミがそこら辺を這い回る音が聴こえる。


 カラスも随分と増えた気がするが、増える速さが鳥とネズミでは随分と差があるんだろう。


 カラスは産卵時期があるが、ドブネズミは1年中子供を作るせいだろうと勝手に思っている。


 夏の生暖かい風が後ろから吹き抜けていく。


 カサカサと枯葉が地面を擦れる音がする。


「まずいな」


 ルパンさんがUberEATSのリュックをゆっくりと地面に置いた。


 前方をよく見ると1体のゾンビがこちらをじっと見ている。


「まずいまずい」


 ゾンビがゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。


 ルパンさんが中腰のまま後ろに下がる。


 手で俺にも下がるように指示する。


 腰のポーチを開き、中からY字の物を取り出して矢をつがえて引き絞った。


 パチンコか?


 こちらへゆっくり歩いてくるゾンビに狙いを定める。


 その様は、何百回も繰り返したんだろう、滑らかささえ感じられる。


 限界まで引き絞った分厚いゴムがビンっと小さな音をたてて矢を飛ばした。


 矢は狙ったゾンビを通り過ぎて後ろにいたゾンビの肩に刺さった。


 外すんかい。


「ぎゃあぁぁぁっ!!」


 ゾンビの嫌な悲鳴が響いた!


「ごめんっ外したっ! 逃げんでっ!」


 脱兎のごとく駆け出しながらルパンさんが謝り叫ぶ!


 僕は思わず笑った。


「ぎゃはははははっ! 何してんですかルパンさんっ! あそこは外したらアカンでしょっ!!」


「決まらんもんやなっ」


 ルパンさんも笑いながら必死に走る。


 俺も必死に走る。


 百鬼夜行は見つかれば殺される。


 それは相手が鬼でもゾンビでも同じことだ。


 満月の照らす薄闇の中、僕は久しぶりに笑った。


 なんでだろう、状況としては全く笑える物じゃない。


 思えば、もうマトモではなかったんだろう。


 俺は大声で笑いながら、ゾンビの百鬼夜行から必死に走って逃げた。

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