今日も今日とて凶を引く。

かなたろー

今日も凶を引く少年。

 わたしの家は神社だ。瀬戸内にある、それなりに有名な観光地のそれなりに有名な神社だ。

 そして神社の庭は庭園が綺麗で、春は桜、夏はあじさい、そして秋真っ盛りの今の季節は紅葉が美しい。だからその美しい庭に足を踏み入れるのには、参拝料を拝領する。

 

 ちなみに年間パスポートもあって、それをつかえばなんと! 五回分の参拝料で、年がら年中入りたい放題になる。(すごい!)

 とはいえ、そうそうめったに足しげく通ってくる人もそんなにいなくて、初詣と春のお花見、そして夏のあじさいを見ながらのピクニックに、秋の紅葉狩り。大変な物好きの人が、この中からお好きな季節にもう一回足を運ぶぐらいで、まあ、回数以上年パスを使う人って、実はあんまりいない。(徒歩圏内に、さんぽがてら毎日参拝してくれるご老人は結構いるけど)


 サブスクってのとおんなじ。安いからなんとなーく入るけど、値段分使うのって意識しないと結構難しい。(ウチは年パスだからさらにお財布にやさしい)


 で、まあ、お財布に優しい優良神社のわがやしろなんだけれども、実は、サブスクもある。毎月五百円で、一回百円のおみくじが引きたい放題になるシステムだ。


 ちょっと、何言ってるか、わかんない。


 何をとち狂っているのかわかんないけど、先月からお父さんが思いつきで始めたサービスだ。神社の社務所に可愛いポップが置かれている。(お父さんこーゆーとこマメなんだよな……)


 本当にちょっと、何考えてるか、わかんない。


 年パスでも、年に数回しか訪れてくれない人がほとんどなのに、月に数回訪れる人なんているんだろうか。


 いるわけない! ぜーーーーったい、いない!!


 でもね、そんな訳わかんないサブスクサービスに、ひとり加入した人がいた。


 クラスメイトの村上むらかみくんだ。


 村上むらかみ巡流めぐるくん。わたしとおんなじだから高一。でもって陸上部、長距離の選手。


 長距離の選手の村上くんは、毎朝、向かいにある島から、本州にあるこの神社まで走ってくる。

 向かいにある島から本州までは、数百メートルぽっちで、定期便もひっきりなしに往復しているんだけれども、村上くんはわざわざ橋を渡ってくる。

 橋ってのは、それなりに高いところにかける。この街は港町で、船も結構行き交うから当然だ。そんなそれなりに高いところにかかっている橋を、わざわざぐるっと遠回りして、うちの神社まで走ってくる。

 年パスと、おみくじサブスクを首から下げて走ってくる。


 なんのため? それはもちろんトレーニングのため。


 向かいの島の裏っかわにある家から、橋を渡ってこの神社までがちょうど十キロ。そのタイムを測りながら、この神社にきて、休憩がてら手水舎ちょうずしゃで手と顔を洗って、ついでにお水を飲んで、タイム短縮の願かけをして、最後におみくじをひいて家に帰って行く。


 すごいなー。


 わたしなんて、六十段ある神社の階段を登るのにも息をきらしているのに。(なんでこんなところに建てたんだ!)


 朝六時。巫女の朝は早い。わたしはまだ辺りがうす暗い中、巫女装束を着て、参拝客が楽しみにやってくる、紅にそまった境内をおそうじをする。地面に落ちて汚れてしまった紅葉を綺麗に取りのぞく。

 これが結構大変なのだ。こんなに大変なのだから、参拝料を推しいただくのはやむを得ない。必要経費なのだ!


 そんなわけで、わたしが、必要経費の庭掃除をはじめて、あらかた終わる頃に村上くんがやってくる。今日で三日目だ。


「はぁはぁはぁ……だめだ! どうしても四十分が切れない!」

「おつかれさまー。毎日頑張るねー」

「当然だろ、初志貫徹だよ! 男ってもんは、一度決めたことは、何がなんでも貫き通すんだ!!」


 なんだか、カッコいいこと言っている。

 でも、わたしは知っている。

 なんで村上くんが、志を貫こうとしているのか、わたしは知っている。


 村上くんは、息をきらしながら、わたしに年パスを見せて(実は開園前だから特別待遇)フラフラと手水舎ちょうずしゃに近寄って手と顔をあらって水を飲み、お賽銭に五円玉を入れて、わたしに、おみくじサブスクチケットを見せて、六角形のおみくじ筒をジャラジャラいわせておみくじをひく。


「五!」


 わたしは、五番の箱からおみくじの紙をとって、村上くんに渡す。


「くそ! どうなってんだ、また凶だよ! もう三日連続だ」


 ぶつくさ言いながら、おみくじを結んでいる村上くんに、わたしは肩をぽんぽんとたたいて、


「はい、また明日の参拝をお待ちしております」


と返事をする。


「これ、本当に大吉入ってるのか?」


 村上くんが疑いの目でわたしを見る。


「失礼な! 入っているよ!」


 そう言ってわたしは、おみくじ代を入れる箱に百円玉をチャリンと入れて、六角形のおみくじ筒をジャラジャラいわせておみくじをひく。


「三十四番!」


 わたしは村上くんに、出てきた棒をしっかりと見せてから、三十四番の箱から紙を取り出して村上くんに見せつける。


「ね! ちゃんとあるでしょ大吉!」

「本当だ……なんで俺が引くと凶ばっかなんだ?」

「ぼんのうがあるから!!」


 わたしは、おみくじを結びながらピシャリと言い放つ。

 そう、村上くんには煩悩があるんだ。すっごくエッチな煩悩。


 だってわたしと村上くんは付き合っていて、おみくじで大吉が出るとキスをする約束をしているから。

 そもそも村上くんは煩悩によっておみくじを引き、おみくじサブスクに加入しているのだ。いやそれ以前にこの神社の年パスを購入しているのだ。


「はーい! また明日。そろそろ戻んないと学校に遅れるでしょ? 家に戻ったら、こんどは自転車で島を横断しないといけないんだから」


「へーい。帰りは渡船使うから問題ないって! じゃあな、未神楽みかぐら! また学校で!!」


 そういうと、村上くんは石段を降りていった。


「がんばれー」


 私は、トントンとリズミカルに階段を降りていって、そのまま弾けるように走っていく後ろ姿が完全に見えなくなるまで見送ると、


「はぁ」


 と、大きなため気をついた。


 なんで、村上くんは凶しか引けないんだろう。


 うーん、本当に不思議だ。なんで村上くんには大吉がでないんだろう? 正直なところ、煩悩では説明がつかない。


 え? どうしてって?


 そりゃ……わ、わたしだって、煩悩のカタマリだからだよ!

 紅葉に染まる庭でふたりっきりでキスだよ! すっごく可愛い巫女装束を着てファーストキスだよ!! ぜったいロマンチックだよ!


 そんなのキスしたいにきまってるじゃない! 一日も早くしたいにきまってるじゃない!!


 だいいち掃除するためだけに、わざわざ巫女装束なんて着ない。巫女装束って、着るの結構面倒なんだよ。

 わたしは、村上くんだけに見せるためだけに、まだ外が真っ暗な五時前に起きて、起きて、シャワーをあびて、腰まである自慢の黒髪をバッチリブローして、バッチリ可愛く完璧な巫女になっているんだもの。


 お掃除バッチリの、一面紅葉に染まった庭園で、最高にロマンチックなシチュエーションで、ふたりっきりでキスをするなんて最高じゃない!!


 ファーストキスの後の大吉イベントもしっかり考えてるんだよ!!

 しっかり、一歩ずつ、大人の階段を登って行く計画も、バッチリしているんだよ! うちの神社の階段とおんなじ六十の段階を、一歩ずつ進んでいく計画を考えているんだよ!

(本当は七段跳びくらいでも構わないけど……ちょっとじらした方がいいってサイトに書いてあった……)


 なのに……なんで大吉をだしてくれないのさ! 

 このままじゃ、絶好の紅葉シーズンが終わっちゃうじゃない!!


 ……村上くんのバカ!!

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