02 川遊び


 岩倉具視いわくらともみが謡曲を吟じている最中、岩倉の妻・槇子まきこは、息子の具定ともさだ八千麿やちまろに川へ行くと告げられた。


「おたあさま、僕と八千麿は、川へ釣りへ行ってくるわ」


「行ってくるわ」


「おもうさまが心配するから、あまり遅くには駄目どすよ」


「そのおもうさまに、魚、取って来るんや」


 それを聞いて槇子は、やれやれと苦笑いしながら、息子たちを送り出した。

 岩倉は日本酒に野菜と魚を愛する男で、鳥などは食べないので、妻としては助かっているが、さすがに洛外追放の身ではおあしが無く、その野菜と魚すら手に入らないことがある。


仰山ぎょうさん取って来るで。ほな」


「ほな」


「無理せえへんようになぁ、ほれ、これ瓜。おやつに召しませぇ」


「おおきにな、おたあさま」


「おおきに」


 息子たちはまだ十歳かそこら。

 しかし、洛中にいた頃よりは、まだ伸び伸びと、生き生きとしている気がする。

 それこそ、洛中で岩倉が活躍している頃は、いつ浪士が襲ってこないとも限らないからビクビクとしており、ろくに町にも出られなかったから、尚更であろう。


「おもうさまには悪いけど、この暮らしも悪うないでおすなぁ」


 ……そして槇子は、一向に止まない岩倉の謡曲に苦笑しつつ、少し首を振ってから、では自分は野菜をと、近所の農家に向かった。



 岩倉川。

 岩倉村を流れるこの川に、具定と八千麿の兄弟は釣り糸を垂らしていた。


「兄ちゃん、兄ちゃん」


「何な、八千麿」


「あんま取れんなぁ、魚」


「そら、単簡に取れたぁら、魚屋ととやはあがったりや」


「それもそうや」


 具定と八千麿は笑い合って、それでもう少し粘って駄目だったら、槇子の持たせてくれた瓜でも食べるかと相談した。

 瓜は川に入れて冷やしてある。

 季節は初夏。

 しかし、洛外のここでも、充分に暑さを感じる季節ではあった。


「よし、兄ちゃん、僕、瓜取って来る。釣り竿見といてぇな」


「よっしゃ」


 具定は「二刀流や」と称して、八千麿の竿も手に取った。

 それを見た八千麿はくすくす笑いつつ、川の中に石で小さいせきを作っておいたへと降りて行った。

 の中の瓜は、水流でころころと転がっているように見える。

 八千麿は少し面白そうにそれを眺めていたが、やがて「二刀流」で気張っている兄のことを思い出し、瓜に手を伸ばした。

 すると、ころころと瓜に、なかなか捕まえられない。

 次第に業を煮やした八千麿は、ええいままよと、ちょうど川の中にあるに向かって跳んだ。

 そのからの方が、瓜に近いと思ったからだ。


「兄ちゃんが二刀流なら、僕は八艘飛びや!」


 八千麿はに着地できた。

 着地はできた。

 しかし。

 そのが、と動き、少し転がった。

 は、八千麿を川の中に落とすには充分のだった。

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