第8話 暮内朱華の場合 中編

 今日はワタシの誕生祝いの宴の日だ。

 ワタシの家族、お祖父様やお祖母様方、家族ぐるみの付き合いのある吉岡家の面々がワタシを祝ってくれる。


 大変嬉しい日だ。

 

 父上の乾杯の音頭の後、グラスを合わせて皆で食事に舌鼓を打つ。

 

 わざわざ来てくれた吉岡家の方々を含め、とても楽しい時間を過ごす。

 和気あいあいといった雰囲気と昨夜の母上の話もあり、心のモヤが少し晴れた気がした。


 相変わらず柚葉母上の料理は絶品だ。

 これで昔は料理が苦手だったと昔聞いたのだが、本当に恐れ入る。

 

 これは、柚葉母上の努力の賜物だろう。

 

 そして驚いたのは、父上の料理の技量だ。


 父上は仕事が忙しい事もあり、あまり厨房には立たせて貰えないらしく、初めて手料理を頂いた。

 父上が作ったのは全部で三品。


 どれもとても美味しかった。

  

 あまりの美味しさに目を丸くしてしまった。


 瑞希叔母様と双葉お祖母様が自慢するのもよく分かる。


 ちなみに、瑞希叔母様の料理は本人曰くそこそこで、双葉お祖母様も同じくそこそこらしい。

 もっとも、瑞希叔母様はワタシ達父上の子供にとてもよくしてくれるし、双葉お祖母様はお綺麗でお若く、いつもニコニコとされていて更には優しくお茶目で、それでいて仕事ではとても優秀だと琴音お祖母様が仰っていた。

 ワタシはそんな双葉お祖母様が大好きだ。


 双葉お祖母様は早くに夫であるお祖父様を亡くし、そんなお祖母様を助ける為に父上は家事を覚えたらしい。


 やはり父上は至高だ!

 男の中の男だ!

 ますます惚れ直す事になった。


 何故か、そんな話をしてくれた双葉お祖母様と瑞希叔母様に父上は苦笑いをされておられたが、何故だろう?

 何か事情があるのだろか?



 そう言えば、莉弦達からもプレゼントを貰った。

 扇子だ。

 黒を基調としたもので、華美過ぎず、しかし華やかさはそこなっていないもので、大変気に入った。

 大事に使わせて貰おう。

 

 そうそう、少し早めに来られていた双牙お祖父様にも昨晩の黒絵母上の話の裏付けをさせて頂いた。


「黒絵から聞いたのか。その話に嘘は無いな。儂の時は母上が来られたよ。儂の母上は若くして亡くなった。そのせいか儂は少し粗野に育ってな?その事をたしなめられたよ、将来妻となる者を守れるくらいにしっかりとしなさいとな。それと、もし献身的になってくれる女性が現れたら大事にし、その子をしっかりと見るのだぞとおせっかいまでされたよ。その時はあまりよく考えなかったのだが、北神流を父から継いだ時、朱華の祖母、つまり門下生だった葵に支えられてな?その時の事を思い出したのだ。そして、葵に感謝し、しっかりと女性として見るようになった。」


 そう言って、お祖父様は少し苦笑なされた。


「まぁ、それまで武に一辺倒だったので女心に疎くて、気がつくまで時間がかかったがな。よく愚痴られていたよ。朴念仁、私の気持ちに気がつくのが遅いです、とな。ははは!」


 ・・・なるほど。

 武にまつわることとは限らないわけか。


 となると、ますますワタシのときには誰なのかわからんな。





 そして、なんと言っても、将来に向けての目標もできた。

 莉弦が法律を変えようと言ってきたのだ。

 それは考えた事があるものの、中々にハードルが高く現実的では無いと切り捨てたものだった。


 しかし、ワタシは莉弦の中に覚悟を見た。

 妹がこれだけの覚悟を見せたのであれば、姉のワタシが日和っていてどうするというのか。

 日に日に高まる父上を愛する気持ちに嘘など一片もないのだから。


 そんなワタシ達は心強い協力者を得る事ができた。


 瑞希叔母様だ。

 瑞希叔母様は女性だてらに大黒柱となり家計を支え、いつまで若々しいまま美しく、それでいて切れ者で、ワタシも尊敬している方だ。

 まさかそんな瑞希叔母様が、実の兄である父上を愛していたとは知らなかったが。

 かなりの衝撃だった。


 しかし、父上・・・やはりある意味では女性の敵かもしれぬな。

 母上達を含め、これほど才色兼備な女性たちを軒並み惚れさせて青春していたとは・・・少し嫉妬してしまう。

 

 ・・・ワタシだって、父上と青春したかったのに。

 

 だが、これで一歩前進だ。

 瑞希叔母様はやるといったらやる方だし、ワタシや莉弦だって今後も努力を続けてその力になるつもりだ。

 

 きっと、父上から寵愛を受けてみせる!

 女としてな!


 それまでは女を磨いていこう。

 母上達にも負けぬくらいに。





 父上に惚れている者の中には美羽もいるが・・・美羽はまぁ、光希がいるからな。

 光希というのは光彦おじ様達の息子で、いつも美羽を気にかけてくれる優しい良い子だ。

 見た目もよく、ワタシは光希であれば美羽を託しても良いと思っている。


 それに、あの子は確かに父上に懸想しているが、心の奥底に光希がいるのも否定できないからな。

 おそらく、もう少し成長したら、あの子は自分が光希に気持ちがあるのに気がつくだろう。

 ・・・まぁ、父上離れはしないだろうがな。











 楽しい祝いの席も終わり、入浴を済ませて就寝準備をする。

 今日は、吉岡家の方々も我が家に宿泊するらしい。


 だが、ワタシは黒絵母上と共に母上の実家に来ていた。


 例の夢の為だ。

 父上達には、あらかじめ北上家のしきたりについて話が通してあるそうで、快く送り出された。


 まぁ、少し残念ではある。


 光彦おじ様と莉愛おば様の娘である莉里を交え、女子会をするのも楽しそうだったからだ。

 向こうもそう思っていたようで、夏休みになったら数日間莉里と光希が我が家に泊まりに来る事になっている。

 もっとも、莉里は受験生だ。


 その時はみっちり勉強をみてやろうと思っている。

 本人からも頼まれているしな。

 どうしても杏輔と同じ学校に行きたいらしい。

 可愛いヤツだ。


 杏輔ももっとはっきりとすればいいのに。

 あいつが莉里を好きなのはどうみても分かる。

 

 あいつもあの事件以来男らしくなったしな。

 身体も鍛えているし。


 ・・・父上から直接技を教わるというのもちょっと羨ましいが。







 そんな事を考えながらとこにつく。

 場所は道場だ。

 ワタシの希望でそうしてもらった。


 布団を持ち込み、戸を開け放っていて、なんとなく道場から見える桜の木を見る。

 蚊帳を使い、更には虫よけを炊いているおかげか、虫にも悩まされることもない。

 よく眠れそうだ。


 今は夏手前。

 普通に考えれば、桜など咲くわけがないが・・・















 ふと、目が覚める。

 庭を見ると・・・大きな満月と、月明かりの中で満開の桜の木が見える。


 ああ・・・これが黒絵母上が仰っていた夢か・・・?






 あまりの美しさに目を奪われていると、だんだんと桜の花は散り始めて行く。


 その時だった。

 

 いつ現れたのか、桜の木の下に人影見えた。


 誘われるように立ち上がり、庭に出て、人影に近づいていく。


 




「・・・不思議な物だな。知ってはいても、まさか自分が当事者になるとは・・・・」

「・・・黒絵、母上・・・?」


 そこにいたのは、長い黒髪で年の頃は自分と同じくらい・・・?


 黒い帽子に黒い服、そして黒い細身のズボン。

 いつも見ている表情よりも、少し怜悧な表情


 あの時、助けに来てくれた時と同じ格好と雰囲気。

 その雰囲気に飲まれそうになる。


 何故か周囲に霧が立ち込めて周囲の風景が見えなくなる。

 今見えるのは、目の前に立つ若い母上だけだ。


「ふむ、朱華か。ワタシは・・・どうやら16歳を迎えた頃のようだな・・・そして、それはあなたもですよね?」


 そう言ってワタシの後ろに問いかける。

 

 あなたも!?

 もう一人いたのか!?

 気がついていなかったワタシは、弾かれたように後ろを振り向く。

 

「ああ、そうみてーだな。にしてもなんだこりゃ?記憶は・・・ある。子供も居て、孫もいる。でも若返ってっし、身体のキレも・・・あの頃と同じみてーだ。どれどれ?・・・あたしも16くれーだなこりゃ。」


 そこにいたのは長い金髪。

 着崩した今の学校の制服。

 明らかに不良といえる容貌。

 そして・・・溢れ出る強者の気配。


 ごくりと喉がなる。


 今は池に映る自分の姿を見ながら、小刻みに身体の様子を確かめている。。

 

 見たことが無い・・・いや、何故か見覚えがある?

 自信に溢れた眼差しと整った顔立ちに何かが記憶にひっかかる。


 その人があらためて母上に向き直ると、母上が口を開いた。


「まさか、こんな風に向かい合えるとは思いもしませんでしたよ・・・双葉お義母様。」


 ・・・え?

 い、今母上はなんと・・・?


 双葉・・・双葉お祖母様?

 

 え"!?双葉お祖母様!?

 嘘でしょ!?

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