第7話 暮内朱華の場合 前編

【五里霧中】という言葉がある。

 

 ”この先が見えない” ”手がかりがつかめない””見通しがたたない”などという意味だ。

 今、ワタシこと暮内朱華はまさにその中にいる。


 きっかけはそう、昨年のあの出来事だ。


 ワタシは昨年、手ひどい失敗をした。

 姉妹、弟を危険に晒し、ワタシ自身もこの先の人生を暗い世界の中を歩く事になるところまで追い詰められた。

 

 ワタシは、それまで自分の能力を過信し、周りを見下すとまではいかないものの、一段下に見ていたのだと思う。

 特に、男に対してはそうだった。

 

 今でこそ愛すべき父上ではあるものの、あの頃は他の男共同様にどうしようも無い生き物だと思っていた。

 しかし、そんなワタシは忌み嫌っていた男に負け、それを父上に助けられた。


 そこで人生初となる恋を知ったのだが・・・それ以上に、自分の未熟さを思い知らされた。


 あれ以来、父上や母上に武の面で指導して頂いているのだが、どう努力してもあれほどの領域にたどり着けるとは思えない。

 なまじ自分が優れているだけに、それが理解できてしまった。


 だが、ワタシは連綿と続く北神流を継ぐつもりでいる。

 そんなワタシがこんな体たらくでは情けないにも程がある。

 事実、”男だから強い”というわけでは無く、父上曰く、卑怯な手を使ったとはいえあの時ワタシに勝った男など、あの時のワタシと同じ頃の母上ならばこともなく勝利していただろうと言っておられた。

 

 いったい、何があってそこまでの高みに昇ることができたのか。


 高校に入学し、更に世間は広がり、多くの人を知る機会を得たが、それでもほとんどがワタシが期待できるような何かを学べる者は無く、ワタシの容姿に惹かれてよってくる男共や利用しようとする女、努力を怠っているにも関わらず僻む者達ばかりで、自分を成長させるキッカケにはならない。


 勿論、このような内心などおくびにも出した事は無いがな。


 世間的には、文武に優れた社交性のある女生徒、と見えているであろう。


 しかし、困った。

 いったい、どうすれば良いのか。


 まもなくワタシは16歳となる。

 下手をすると、15歳の時の母上にも追いついていないかもしれないという事に焦りを感じる。


 つい先日も、ワタシの様子に気がついたらしい莉弦や杏輔にも、心配され声をかけれたばかりだ。

 まったく、情けない長女だ。


 これのどこが【完璧】なのか。

 世間の目はどこまで節穴なのだろう。








 


 そんな中、ワタシの誕生日会の前日となった。

 ワタシを含め姉妹達の誕生日を祝うのは毎年恒例ではあるのだが、幸い、今年のワタシの誕生日は土曜日であった為、当日に行う事になっていた。


 皆に祝われるのは嬉しくあるのだが、それでもここの所、悩みで頭がいっぱいな事もあり、気もそぞろだった。


 そんなワタシを見かねたのだろう。

 就寝前に黒絵母上が部屋を訪れた。


 とても珍しい。


「母上、どうされたのですか?」

「ああ、少し話があってな。部屋に入っても良いだろうか?」

「勿論です。」


 部屋に招き入れると、母上に座るように促され、お互いに向かい合って正座する。

 何か怒られるのだろうか。


「まぁ、楽にしなさい。別にとって食おうと言うわけでは無いさ。」


 少し緊張していると、微笑む母上がそう切り出す。

 

「悩んでいるな。」

「・・・っ!流石ですね母上。」


 やはりバレていたか。

 

「勿論だとも。最近の修練は鬼気迫る勢いではあるが、心の内に迷いがある。そのせいか技量そのものは停滞している。あれでは朱華の悩みは解消しないだろう。」


 完全にお見通しという訳か。


「・・・分かっては、いるのです。ですが、どうすればこの先を見ることが出来るのか・・・ワタシにはその答えが見えないのです。」


 ポツリ、と弱音を吐く。


 姉妹や弟、学校の者達や門下生の前では決して言えない弱音。

 なんとなく、目頭が熱い。

 ・・・情けない。


 そんなワタシの頭に、ポンと手が乗せられた。

 伺うように顔を見ると、母上は柔らかく微笑んでいた。


「思い詰めるな。それは人の助言でどうこうできるものでもないしな。だが、一つだけ、朱華には朗報となるかもしれない事がある。」


 朗報?


「信じるか信じないかは朱華次第ではあるが・・・この北上の家には代々伝わっている伝承がある。それは、人生に一度切り、16歳を迎える正統継承者にしか訪れない幸運だ。ワタシも、父上も、今はいない祖父もその恩恵を賜った。」

「そのようなものがあるのですか?それは一体・・・」


 ワタシがすがるようにそう言うと、母上は少しだけ表情を引き締めそう仰った。


「それは、正統継承者以外には口外してはならない。口外した者には幸運は訪れる事は無くなってしまうそうだ。守れるか?」

「・・・はい。」


 当然だろう。

 ワタシは藁にもすがる気持ちでそう宣言すると、母上は表情を戻した。

 そして、そこで語られたのは驚くべき事柄であり、信じ難い事でもあった。


「ワタシの実家の敷地にある桜はわかるな?あの桜は北神流の開祖が植えたものだそうだ。代々北神流の正統継承者は、家の者ではない場合でも、16歳になった晚はあの屋敷で一夜を明かす。何故か?それは、その者にとって今一番必要な事を夢で教えてくれるからだ。」


 ・・・夢で?


「まぁ、中々に信じがたい事だろうな。だが、事実だ。ワタシの時も、父上の時もそれはあった。今でも思い出せる。深夜ふと目が覚めると、あの桜が咲いているのだ。季節を問わずな。桜は、満開になると、みるみる内に散っていく。そして、散り際に。」


 必要な者・・・


「母上の時はどなたが?」

「ワタシの時は・・・まぁ、内緒だ。だが、当時疎遠になっていた者で、そいつと共にあれなかったせいで私の心が折れそうになっていたのを、強烈に叩き直されたよ。まぁ、そのおかげで腐らずにいられて、翌年に期せずしてに再会した時には失望されずにいられたのだがな。」


 そんな方が母上に・・・


「その方はその時の事を知っておられなかったのですか?」

「うむ。実は後々にその事を思い出して尋ねた事がある。しかし、あれはやはり一夜限りの奇跡のようで、本人はまったく知らなかった。あくまでも幻覚・・・というにはリアルであったし、痛みもあったが、現実に近い夢、なのだろうな。」

「痛み?」

「ああ、その者は家族以外で唯一ワタシに土をつけられる男だったからな。その時に久しぶりに立ち会って鈍っていたワタシに、『つまんねぇ顔してるんじゃねぇよ。お前らしくもねぇ。歯を食いしばれ!じゃねぇとすぐに終わるぞ?』と開幕早々強烈な一撃を食らわせてきたよ。あれは痛かった。」


 しみじみと、それでいて嬉しそうな母上。

 というか、母上に勝てるだなんて、それって・・・もしや・・・


「・・・父上だったのですか?」

「・・・内緒だ。」


 若干、照れくさそうに言う母上に少し笑みを浮かべてしまう。


 黒絵母上もそうだが、詩音母上も、柚葉母上も、翔子母上も、琴音お祖母様も翼お祖母様も父上の話が出ると、少女のような反応をする事がある。


 心底惚れておられるのだろうな。


 今なら、ワタシにも分かる。


「さて、長話になったが、いよいよ明日が朱華の誕生日だ。明日の晚を楽しみにしているが良い。いったい誰が朱華の迷いを振り払ってくれるのかな?楽しみにしているよ。おやすみ。」


 母上はそう仰って部屋を出ていかれた。


 母上が仰られた事は荒唐無稽な事だ。

 だが、何故か信じられる。

 一応、明日来られる双牙お祖父様にも聞いてみるとしよう。


 ワタシの迷いを振り払う相手・・・いったい、誰だろうか?

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