第9話 暮内朱華の場合 後編
「へぇ・・・それが黒絵ちゃんの戦闘服ってわけだ。雰囲気出てんなぁ。で、これはなんなんだ?」
・・・お祖母様、不良だったのか?
そんな風に驚愕しているワタシをよそに二人は会話を続けていた。
「実は、我が家伝承の夢でしてね。人生に一度だけ、16歳を迎えた夜に正統継承者へ道を示す手助けをしてくれるんです。」
「ほ〜そんなおもしれー事があるんだなぁ。・・・ん?てことは、朱華ちゃんは今なにかに迷ってるってわけか。」
「はい、ワタシが思うに、朱華はワタシやソウと自分を比べてしまって、迷っているのですよ。」
「二人とって・・・あ〜、そういうことか。そりゃ、真面目な朱華ちゃんじゃ、そうはならねぇわな〜。」
「そういう事です。」
二人の会話を呆然と聞いていたが、ワタシの事を言っている事に気がつき気を持ち直す。
それにしても、なんの事だろうか?
よくわからない。
だが、お互いに苦笑して分かり合っているようにも見える。
しかし、そんな中、母上がワタシを見た。
「さて、朱華。今からお前に、お前が進む先の世界を見せる。よく見ておくのだ。今お前に必要なのは、”焦り”では無く”喜び”であり、”
見せる?喜び?それに・・・畏れ?
「そうだ。強くならなきゃいけない、では無いのだ。強くなりたい、という気持ちが大事なのだよ。強くなる事や強くなれたという喜びが、お前の気持ちの糧になり、その技術を押し上げるだろう。それにお前は、あの時見せたワタシやソウのようになれないかもしれない事を
そんな言葉に息をのむ。
自覚は充分にあるからだ。
しかし、続く言葉に驚きを隠せなかった。
「そうではないんだ。ならなきゃいけない、ではなく、あんな風になりたい、なのだ。だから・・・お義母様、お付き合い頂けますか?」
"お付き合い"、それが何を意味するのか分かったからだ。
母上が双葉お祖母様らしき人を見る。
その眼差しは実子であり、いつも稽古をつけてもらっているワタシですら、思わず固まるほどの力のこもったものだった。
双葉お祖母様は、そんな眼差しを平然と受け止めている、どころか・・・
「当たり前だろ?可愛い孫のためじゃねぇか・・・それに、黒絵ちゃん・・・いや、あえて黒絵と呼ばせてもらう。あたしはあんたにも興味がある。あたしも最強の不良と呼ばれた女だ。正直、総司にもそういった意味では興味があるが、とにかく先に最強の女を決めようじゃねぇか。」
ニヤリと笑うお祖母様。
その身に纏うのは凄まじい殺気。
身体の奥底から震えがくる。
・・・やはり、どれだけ目を凝らしても、双葉お祖母様と思えない。
だが、確かに顔立ちなどはよく見ると双葉お祖母様だ。
こ、この人が双葉お祖母様・・・?
いつもニコニコと優しく、お茶目な一面があるあの?
信じられない・・・
しかし、そんなワタシとは裏腹に、母上は不敵に笑っていた。
「願ってもない。ならばワタシも今だけは敬語をやめさせて頂く。ワタシもあなたが気になっていた。最強のヤンキー狩りの片割れとしてね。果たして、どちらが強いのか・・・どちらが最強の女なのか。」
ヤンキー狩り!?
母上そんな事をしていたのか!?
だからあれほどの強さを!?
というか、今、片割れって言った・・・まさかもう一人とは・・・父上・・・?
「それでは胸をお借りする。最強の不良とまで謳われたあなたが相手だ。血が沸き立つというもの。・・・朱華、よく見ておけ。」
「おう。かかってこい。こっちこそ最強のヤンキー狩りの一角ってのを味あわせてもらうぜ。・・・朱華ぁ、見てろよ?女ってのが、どこまで強くなれるのかをよ?」
母上とお祖母様との間に凄まじい緊張感が満ちる。
ワタシは、少し離れてそれを凝視する。
片時も見落とさぬ為に。
「ヤンキー狩り【黒蜂】 北上黒絵。」
「【夜叉姫】 姫野双葉。」
二人が名乗り、
「参る!!」
「来いやぁぁぁぁ!!!!」
お互いに距離を詰め緊張感が満ちる・・・動いた!!
速い!!
母上が高速の飛び込みから突きを放った!
ゴキィッ!!
も、もろに顔面に!?
母上の剛腕の突きが・・・これは終わっ・・・な!?
ギロリ
ニヤッ
嘘だ・・・
お祖母様、あれを貰って一歩も下がってないどころか笑って・・・
「いってぇなぁ、オイッ!!」
「っ!?」
はやっ!?
母上に勝る勢いで飛び込んでっ、て!?そんな大降りなパンチ、いくら速くても当たる筈な、え!?
ゴキィィ!!!!
「がっ!?」
母上の顔が衝撃でブレる。
そして一度下がり間合いをあけた。
「ぐっ・・・まさかガードしてなおこれ程の一撃とは・・・あんな大降りの攻撃など、はじめてまともに食らったよ。意識が飛ぶかと思った。」
母上は確かにガード・・・掌を顔の前に滑り込ませ、お祖母様の拳に合わせて防ごうとした。
だが、お祖母様は母上を越える剛腕で、それを突き破り先程の母上の突きに負けず劣らずの鈍い音の一撃を当てた。
「こっちだっておんなじだそりゃ。あの一撃で平和ボケしてた感覚が一発であの頃に戻ったっつーの!あークラクラすっぜ。だが、」
「ああ、だが、」
仕切り直した二人は笑みを見せる。
「たのしーなーオイッ!!ケンカは相手が強くてなんぼだろ!なぁ黒蜂ィィィ!!」
「当然だ!やるな夜叉姫!!だか勝つのはワタシだ!!」
「やってみろやぁ!!」
その言葉を切りに再度ぶつかり合う二人。
なんて楽しそうに・・・それに・・・凄い・・・
ワタシはそんな二人のケンカを目に焼き付けるのだった。
「っか〜!いってぇなクソッ!!締まらねぇ終わり方だぜっ!!」
「まさか引き分けとは・・・にしても、武を収めてないにも関わらず、信じられない強さですね・・・正直驚きました。かなり危ないところもありましたし。」
「そりゃこっちのセリフだっての!何回意識飛びかけたかわかんねぇし。あちこち折れてるしよぉ?にしても総司も引き分けたんだろ?アイツ、やっぱつえ〜んだな。」
「それはこちらも同じですよ。右肘と左手の指数本は骨折、左足の甲と左の肋は・・・ヒビだな。腫れはそこら中ですし。お互い腫れて酷い顔だ。ちなみにソウは、ワタシとやりあう時はいつも顔面攻撃無ししばりで戦うので、ワタシよりも強かったですよ?ワタシは遠慮無く顔を狙っていましたが。」
「マジか!?さっすがあたしの子だぜ!クソ〜!ちょっとやりあってみたかった!!」
どれほど戦っていたのかわからない、
今は決着がつき、二人が大の字に仰向けに倒れ込んで笑っている。
ワタシは・・・ワタシの心は震えていた。
勿論、怖くてでは無い。
この二人の熱く、それでいてお互いに認めあっている笑みを見せたままぶつかり合う様子に心が沸き立っているのだ。
凄かった!
これほど・・・女でも、これほど強くなれるのか!!
あの、一撃でも貰ったら心が折れそうになる母上の突きや蹴りを貰いながらも、それをものともせずに凄まじい殺気と共に殴り返して母上を後退させるお祖母様。
そんなお祖母様の圧力に屈さず、勇猛果敢に攻める母上。
顔を腫らして、それでも一歩も引かない二人。
こんな・・・こんな風になりたい!
やはりワタシはうぬぼれていた!!
上には上がいる。
だが、気持ちで負けてはいけない。
大事なのは、諦めずに強くあろうと努力する事と、気持ちで負けない事だ!!
今のワタシが勝てなくても、将来的に越えれば良い!!
そうあれるよう心がけよう。
いつしか、立ち込めていた霧が晴れ、周囲の様子がわかるようになっていた。
散っていた桜の花弁は桜吹雪となり、もう少ししたら全て花が落ちてしまいそうだ。
「さてっと。」
お祖母様と母上は立ち上がる。
そしてこちらを見た。
何故か怪我はすでに無いようだ。
「良い顔になったじゃねぇか。女はそうじゃなきゃな!」
「ええ、まったくです。さて朱華、いい機会だ。お前も同年代の強者を味わってみると良い。肌でしっかりと感じなさい。お前が目指す所を。」
二人が笑顔でそう言う。
勿論ワタシの答えは決まっている。
「はい!ご教授願います!」
「おう!んじゃ、あたしからだ。気合入れろよ朱華?気持ちで負けなきゃそれは負けじゃねぇ。孫だからって手加減しねぇからな?来い!」
「はいっ!せあぁぁぁぁっ!!」
ワタシは身構えるお祖母様に立ち向かう。
高みを目指して!
「起きなさい朱華。」
「あ・・・れ・・・?」
母上に起こされ目が覚める。
そこにいる母上は今の大人の母上だ。
「夢は見れたか?」
そんな問いかけをされる。
ワタシは思わず笑みがでる。
母上もまさか、自分が現れるとは思っていなかっただろう。
「ええ、勿論です。迷いも晴れました。ありがとうございました母上。」
「・・・まさか、ワタシだったのか?」
母上が驚いた顔をする。
珍しい。
では、もう一つ驚いて頂こう。
「ええ、そうです。それに、双葉お祖母様もいらっしゃいました。」
「むっ!?お義母様だと!?」
「二人共、それはお若く、ワタシと同じ年齢でしたよ。それにしても・・・ヤンキー狩り黒蜂に夜叉姫とは・・・」
「や、やめるのだ朱華!そ、それは莉弦達には内緒だからな!」
焦る母上。
これも珍しい。
「いえ、大変熱い戦いでしたよ、黒蜂と夜叉姫は。手に汗握るとはあの事でしたね。それにおふた方にもご教授頂きましたが、恐るべき強さでした。」
「〜〜〜〜っ!!くっ!まさかそんな事になったとは!!しかし、それはそれで気になるな!!どちらが勝ったのだ!?」
「・・・内緒です。」
「何!?ここまで話してそれはないではないか!?」
本当に珍しい表情を見せる母上をはぐらかし、ワタシは昨夜の夢を何度も思い返す。
ワタシは、きっとあの二人に追いつく、そして追い越す!
憧れと、そして目標を持てた喜びを胸に。
そしてこれは別れ際に双葉お祖母様に言われた事を実践しているに過ぎない。
”ちょっとしたお茶目は女の特権だぜ?もうちょっと気を抜いて余裕を持ってろ”
ワタシはどうやら焦りのため、張り詰めすぎていたらしい。
焦ることは無い。
目標はこの身体でしっかりと堪能し、あの熱もこの胸にしっかりと根付いている。
後は精進するのみ。
恋に、強さに、そして明るい未来に!
「朱華!なんで言わないのだ!」
「こら黒絵!何を騒いでいるの!?もう良い歳なんだから娘に変な姿を見せないの!!」
「は、母上・・・ですが、朱華が・・・」
夢の件を葵お祖母様に言えない母上が困った顔をしているのを見て思わず笑みが出る。
完璧な母上もやはり人間なのだ。
ワタシも頑張ろう。
そう改めて誓ったのだった。
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