第159話 昇進と事件

「それでは、暮内総司くん、前へ。」

「はい!」


 今は全体朝礼中だ。

 俺は今、表彰の為に、社長である琴音さんの前に出ている。


 これは、一年程前から進めていた他社との大きなプロジェクトが終わり、最高の結果が出せた事に対する表彰だ。

 今回、俺がプロジェクトリーダーとして進めていたので、代表しての表彰となっている。

 勿論、これはチームのみんなが頑張った結果でもある。

 しかし、チームのメンバーの顔には、嫉妬の色は無い。

 最初の内は衝突するような事もあったが、今では気を許した戦友だ。


「あなた達のチームは素晴らしい結果を出してくれました。これは、我が社を更に大きく発展させる足がかりとなるでしょう。」

「ありがとうございます。」

「・・・総司くん、立派になりましたね。おめでとう。」

「・・・ありがとう、琴音さん。」


 最後は、小声でそう言い合う俺と琴音さん。


 シオン、翔子も、黒絵も、誇らしげに拍手してくれている。

 琴音さんの後ろに控えている翼さんも、その横にいる母さんも同じだ。

 今回、翔子は、産休を取っていたので、プロジェクトには参加していなかったが、シオンと黒絵は俺のチームに入り、協力してくれた。

 本当にありがたい。


「さて、それでは、暮内総司くん。あなたは、幹部会議により、今回の件を踏まえ、昇進する事としました。今後は、さらなる発展を期待します。」

「はい!拝命いたします!」


 俺が、辞令を受け取ったその時だった。


「ソウ!危ない!!」

「総司!!」

「「「キャーーー!!」」

「うわっ!?なんだ!?」

「誰だアレ!?」



 黒絵と母さんの叫び声と他社員達の叫び声。

 

 背後に誰かが飛び込んで来た気配がした。

 俺は振り向きざまに構えると、その瞬間、ナイフが俺の腹めがけて突き出された。

 俺は、そのままそのナイフを左手で払い、すぐさま横蹴りでその誰かを蹴り飛ばす。

 

「がはっ!?・・・クソ!!」


 蹴り飛ばした相手は、盛大に近くの机にぶつかり、被っていた帽子が落ちた。

 清掃員の恰好・・・誰だ?

 相手は男・・・年齢は、50代位か?

 顔は整って・・・いたかもしれないが、無精髭が酷く、やつれた感じだ。

 ・・・目がギラギラしている。


「・・・誰だ?」


 俺は見たことが無いが・・・


「・・・まさか!?」

「嘘!?」


 琴音さんとシオンから驚きの声があがった。

 知り合いか?


「・・・よう、久しぶりだな。琴音、詩音。元気そうで何よりだ。ムカつくぜ。」

「あなた!!」

「・・・っく!!今更何しに来たのよ!!このクソ親父!!」


 いやらしい顔をしてそう言い放つ男。

 その声を聞き、副社長も声を上げた。


「まさか!?お前どうやってここに!!」

「・・・ッチ!!てめぇが副社長だと?ふざけやがって!!人を社長から引きずり降ろしといて、てめぇはいい暮らししてんだなぁ?ふざけるなぁ!!」


 ・・・社長だと?

 こいつまさか・・・琴音さんの元夫か?


 ちらりと横目で見ると、シオンと琴音さんが青ざめながらも、男を睨んでいる。

 ・・・ビンゴか。

 こいつが・・・


「琴音ぇ。てめぇ何俺を睨みつけてんだ?あ”あ”!?それと詩音、てめぇもだ!!俺がどん底だってのに、てめぇらだけいい目見やがって!許せねぇ!!もう、終わりだ。全部ぶっ壊してやる!琴音と詩音、てめぇらは殺してやる!・・・まぁ、その前に、詩音の男を殺してやるけどな?」


 こいつが・・・こいつが・・・こいつが二人を傷つけたのか!

 二人を泣かせていたのか!!


「黒絵。」


 俺が怒気を発しながら黒絵に声をかけると、黒絵がちらりとこちらを見る気配がした。


「なんだソウ?」

「悪い、二人を守ってくれ。」

「・・・わかった。存分にやれ。」

「ああ。」


 ・・・許せない。

 こいつだけは!


「おい。」


 俺がそう言うと、シオンの元父親はこちらを睨みつけた。


「んだぁ?てめぇ、まぐれで避けれたからって調子に乗るなよ?俺が今からお前をころ・・・」

「うるせぇ。」

「・・・何?」

「うるせぇっつったんだ。聞こえなかったのか?このクズが。」

「てめぇ!!」


 シオンの元父親が再度ナイフを握って俺に突っ込んでくる。

 俺は躱しざまに足を引っ掛けて転ばせた。


「うぉっ!?」

「てめぇが、シオンと琴音さんを苦しめていたのか。」

「はぁ?何いってんだお前?」


 俺がシオンの元父親を見下ろしてそう言うと、シオンの父親は立ち上がりながら俺を睨みつける。

 

「お前が今までどんな生き方をしてきたか知っているが、シオンや琴音さんが絡むこと以外興味はねぇ。だがな・・・」

「うるせぇ!黙って殺され・・・がはっ!?」


 俺は、ナイフを振り上げたシオンの元父親の顔を掌打で打ち抜き、鼻を折る。


「ぎゃああ!いてぇええええ!!」

「うるせぇ。黙れ。」

「ああああ・・・ごふっ!?」


 鼻を押さえているシオンの元父親の腹にボディブロー。

 痛みで腹を押さえて、ナイフを落とした。

 肋骨は折れているだろう。

 感触があった。

 当然、手加減はしてある。

 それでも、痛みはかなりのものだし、呼吸もしづらいだろう。

 だが、関係ない。


 ・・・そんな簡単に、気絶させてやるものか。


「てめぇのせいで、シオンは傷ついたんだ。そして、琴音さんも傷ついた!」

「がっ!?ぎゃっ!?・・・がァァァァァァァ!?」


 そのままナイフを拾おうとした手を蹴り、そのまま返す足で、膝を蹴り折る。

 

「お前は許さない!絶対にだ。」

「アアアアア・・・ひぃ!?」


 俺はシオンの元父親の髪を引っ張り、無理やり目線を合わせる。

 その瞬間、さっきまでのギラギラした目つきは、怯えに変わった。

 更に顔を寄せる。


「てめぇは今から、警察に捕まる。だが、死刑にはなんねぇだろう。だから、出たらまた、俺の所に来い。何度だって同じ目に遭わせてやる。」


 俺は拳を握り込み、顔面を殴るために振りかぶる。


「ヒィィィィィ!?や、やめろぉぉぉ!!」

 

 シオンの元父親は、手を顔の前に翳し、遮ろうとした。


「いいか?覚えておけ。俺は暮内総司。シオンの夫だ。琴音さんの家族でもある。シオンと琴音さん、他の家族に手を出してみろ。絶対にてめぇを探し出し・・・殺す。」

「ひっ!?がっ・・・!!」


 そのままその手ごと、顔面を撃ち抜いた。

 シオンの元父親は、白目を向き、泡を吹いたまま失禁して気絶した。


 ウウウゥゥ!ウウウゥゥ!ウウウゥゥ!


 遠くから、サイレンの音が聞こえて来た。

 パトカーが近づいているらしい。


「総司!」

「総司くん!」


 シオンと琴音さんが飛びついて来た。

 視界に母さんが映る。

 母さんは鬼のような顔でシオンの元父親を踏みつけようとして、それを黒絵が必死に止めている。


「てめぇ!あたしの息子に何してくれやがる!!殺すぞ!!」

「お、お義母上!大丈夫です!ソウに怪我はありませんから!くっ!?ワタシ以外にこれほどの力を持つ女性がいたとは!!お義母上!落ち着いて下さい!もう、終わってますから!!」

「お、お義母様!落ち着いて下さい!」

「双葉先輩!もう、大丈夫ですから!後は警察に任せましょう?ね?」


 ・・・あっちは、黒絵と翔子と翼さんに任せよう。

 うん。


「ごめんなさい!私のせいで!!」

「いいえ、私のせいよ!総司くん、ごめんなさい!怪我は無い!?」

「・・・二人共、大丈夫ですよ。それに・・・二人のせいじゃ無い。助けられて良かったよ。それに・・・」

「それに?」

「・・・いや、なんでもない。」


 シオンが聞き返したが、俺は何も言わなかった。

 ・・・父さん。

 俺は、なんとか助かったよ。

 まさか、父さんと同じような事になるとはなぁ・・・


 だが、助けられて・・・助かって良かったよ。

 あの時、実戦からかなり離れて居たにも関わらず、何故か気配を鋭敏に感じられた。

 ・・・もしかしたら、父さんが助けてくれたのかもな。

 だとしたら、ありがとう。

 今度、お礼を言いに行くな?

 また孫の顔を見せに行くから、楽しみにしていてくれ。




 その後、シオンの元父親は銃刀法違反、建造物侵入それと殺人未遂などの罪で、逮捕された。

 警察に逮捕されたシオンの元父親は、終始震えていた。

 完全に心を折られたらしい。

 母さんは、シオンの元父親が警察に連行されて行くのを見届けると、泣き崩れて俺に抱きついてきた。


「ああああ・・・総司・・・無事で良かった・・・良かったよぉ・・・亮司ぃ・・・総司は無事だったよぉ・・・ううう・・・」


 ・・・母さんのトラウマだもんな。

 俺は母さんを抱きしめる。


「母さん。俺は大丈夫だよ?多分、父さんが守ってくれたんだ、きっと。だから、今度お礼を言おう。一緒に墓参りをしてさ?」

「うん・・・うん!」


 母さんは、泣きながら笑顔で頷いた。


 俺達は、当事者という事もあり、警察に捜査協力するため、警察署に行って調書を取られた。

 詳細は後日判明した。


 シオンの元父親は、琴音さんと別れた後、不倫相手の所に転がり込み、手切れ金を全て使い果たすと、その相手から追い出されたらしい。

 そして、まともに就職も出来ず、半分浮浪者のようになっていたらしい。


 それを逆恨みし、琴音さんとシオン、それと風の噂で聞いた、シオンの男である俺を殺そうと、会社に忍び込み、清掃スタッフの服を盗み出し、犯行に及んだそうだ。


 これを機に、琴音さんは更にセキュリティを厳重にし、黒絵の協力もあり、他の会社よりも数歩先を行くセキュリティ体制を作り出すこととなる。


 ちなみに、俺の評価はというと・・・


「あ!!暮内主任よ!今日も格好いいわぁ・・・」

「優秀なだけじゃなく、強いのよねぇ・・・イケメンだし。ああ・・・憧れるわぁ・・・」

「・・・なんか、社長の娘さん、ほら、マーケティング部の西条さんや、秘書課の東儀さん、研究部の北上さんと付き合ってるんですってね・・・良いなぁ・・・私も仲間に入れてくれないかしら・・・」

「無理よ・・・何人かお願いに行ったらしいけど、やんわり断られたらしいわよ?それに、あの四人は高校からの付き合いらしいし。・・・付け入る隙は無いわ。」

「ううう・・・残念・・・」

「なんかね?あの三人を狙ってる人たちも、あの事件の時の暮内主任を見てびびっちゃって、完全に諦めたらしいわよ?」

「・・・まぁ、そうよねぇ・・・凄かったもんなぁ・・・」

「カッコよかったよねぇ・・・こそっと抱いてくれないかなぁ?」


 ・・・こんな風に、女性社員からは絶賛され、男性社員・・・特に、仲がいいとは言えない社員からは恐れられる羽目になってしまった。

 

 ・・・ちょっと複雑だ。


 こうして、俺は主任から課長補佐、課長、部長、専務と昇進して行き10年後には琴音さんの跡を継ぎ、社長に就任する事となったのだった。



*******************

あとがき


さぁ、もう終わりが見えています。

カウントダウン 残り3話

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