第135話 黒絵の卒業(1)
『柔らかな日差しが煌めき、校内のいたる所で、春がその訪れを告げています。今日この佳き日に、新たな世界へと旅だって行かれる卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます。』
今、俺達は学校の講堂で、2年生の代表生徒が読み上げる送辞を聞いている。
今日は黒絵の卒業式だ。
・・・感慨深い。
そう感じられるのは、シオンや柚葉、翔子、黒絵のおかげだろう。
以前までの、目立たず無難に生きる事を旨としていた俺であれば、何も感じず、ただ、無為に時間を過ごしていたのだろうと思う。
今はとても感謝している。
『最後になりましたが、先輩方のより一層のご活躍をお祈り申し上げ、送辞と致します。』
結びの言葉で終えた在校生の代表生徒が涙ながらに送辞を終えた。
次は答辞だ。
読み上げるのは勿論、黒絵。
『答辞!卒業生代表北上黒絵さん!』
「はい!」
黒絵が壇上に上がる。
堂々とした姿だ。
凛としており、この講堂内の人間がみな、注目している。
『春の訪れを感じる今日の佳き日に、私たちは高校を卒業します。校長先生をはじめ、日々ご指導くださった先生方、ご来賓の方々、保護者の皆様、本日は私たちのためにこのような盛大な式を開いてくださり、誠に有難うございます。』
黒絵が答辞を読み上げ・・・
『・・・と、本来であれば、原稿を読むのが適切だと思われますが、それではつまらない。ワタシは、ワタシの言葉で答えたいと思う。』
黒絵はニヤッと笑って講堂内を見回す。
講堂内はざわついている。
教員達もだ。
『さて、まず初めに、先生方、申し訳ありません。最後の最後にこのようなサプライズをしてしまい、予定通りに進めなかった事をお詫びします。ですが、ワタシはどうしても自分の言葉で伝えたかった。』
黒絵は教員席を見た。
教員達は驚いた顔をしている。
なにせ、あの黒絵がこのような事を仕出かすとは思わなかったからだろう。
『さて、卒業生諸君。この3年間、どうだっただろうか?何も分からず、不安と期待で一杯であったであろう一年生の時分、そして、高校生であるという事に慣れ、余裕が出てきた二年生、進学、就職が近づき、また不安と期待が膨らんだ三年生、どうだろう?君たちはこの高校生活3年間を楽しめたかな?』
黒絵が卒業生の席を見て微笑む。
『勉強に、運動に、友人付き合いに、そして・・・恋に生きられたかな?生きられたのであれば幸いだ。それは将来の素晴らしい財産となる。もし、生きられなかった、もしくは、後悔をしている者がいたとする。安心するがいい。それもまた財産となる。』
黒絵が強い眼差しで生徒を見る。
『なぜなら、失敗や後悔は、「次は頑張ろう!」という原動力になるからだ。かく言うワタシも過去に失敗をし、後悔もした。』
黒絵の言葉に、生徒がざわつく。
完璧生徒会長と呼ばれるあの黒絵がそう言ったからだ。
『ワタシがこう言うのは意外かな?しかし事実だ。ワタシも人間だ。完璧などとは程遠い。そして、それで良いと思っている。大事な事は・・・歩みを止めない事だ、とワタシは思う。失敗してもいい、後悔してもいい、次こそはと頑張り、前に進むこと、それこそが大事だとワタシは思う。』
黒絵の言葉に、講堂内が引き込まれている。
その言葉は上っ面だけじゃない。
アイツ自身の強い思いが乗っているからだ。
『諸君。ワタシは、自らの失敗と後悔を乗り越え、今ここにいる。この場で、このように話が出来ている事こそが、その証明だろう。もし、ワタシが乗り越えていなければ、只々決められた答辞を読み上げて終えていただろう。』
黒絵はそう言ってから、再度卒業生を強い眼差しで見る。
『卒業生の諸君!我々はまた、一からのスタートになる。不安も心細さもあるだろう。だが、大丈夫だ!諦めなければ、現状を変えようと思えば、努力し続ければ!弱さから逃げなければ!必ず望む未来へと進めるだろう!道はそれぞれだ!どうか、負けずに頑張って欲しい!ワタシもまた努力する!幸せな未来に至るためにな!』
卒業生は黒絵を見つめる。
その表情には、力強さが見えた。
『そして、在校生の諸君。君たちもまた努力しなければいけない。今に満足出来ているのならば、それはそれで良いかもしれないが、それでも、それは本当に最良のものなのか?まだ上があるのでは無いか?どうか自分を見つめ直し、今一度自らに問い、努力を止めないで欲しい。そして、後悔していることがあるのならば、次は乗り越えろ。今苦難に喘いでいるのであれば、勇気を持って、今乗り越えて欲しい!一人で無理なら、友人、家族、先生、誰でも良い!誰かを頼ってでも、更に上の未来を目指して欲しい!ワタシの失敗は勇気が無かったから起きた事だった。皆が褒め称えてくれるこのワタシでもそうだったのだ。今勇気が出ない者は、それを恥じるな!今からでも勇気を持って乗り越えろ!ワタシは出来たぞ!諸君らもきっと出来る!どうか頑張って欲しい!』
黒絵が在校生を見てそう言った。
すすり泣く声が聞こえる。
しかし、黒絵を見て、真剣な表情をする者も多く居た。
『拙い言葉ですまなかった。これが、同級生として、先輩として言えるワタシの言葉だ。以上で、答辞・・・というよりも、激励の言葉かもしれないが、締めさせて頂こう。卒業生代表、北上黒絵。』
黒絵が礼をした。
盛大な拍手と黒絵を呼ぶ歓声。
教員も苦笑している者と、頷いている者、様々だった。
黒絵が頭を上げ、俺を見た。
そして、ニヤッと笑う。
・・・やっぱ、お前はしんみりするより、こっちの方が性にあってるよ。
カッコいいぜ、お前。
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