第118話 報告と修羅場(親) (6)

「・・・今の言葉、本気で言っているの?」

「当たり前だ!僕は柚葉の幸せを・・・」

「わかりました。今までお世話になりました。柚葉、お父さんと離婚するからついて来なさい。」

「な、なんだって!?」


 突然の清見さんの言葉に、狼狽する柚葉の親父さん。

 そして、それは俺達も同じだった。


「何故だ!?」

「当たり前でしょう!あなたが柚葉の言い分を聞かず、自分の意見を押し付けているからよ!!」

「だって、それは当たり前の・・・」

「当たり前!?当たり前って何!?柚葉の幸せ?そーちゃんと無理やり引き離すことが柚葉の幸せですって!?馬鹿な事言わないで!!」

「だ、だが・・・」

「柚葉自身が、それを望んでいるのに、なんでそれで引き離す事になるの!?」

「ふ、複数での付き合いなんて普通じゃないだろ!!」

「だから、それを柚葉が望んでいるの!!それに、柚葉に自分が思う幸せを押し付けないで!!娘が望む幸せを受け入れられなくて、何が親なのよ!!」

「・・・そ、それは・・・世間が・・・」

「世間が許さないからなんなの!?普通って何!?それが、柚葉達を悲しませてまで優先する事なの!?・・・それとも、あなた自身が白い目で見られるのが嫌なの?」

「・・・そんなわけ、無い。」


 柚葉の親父さんが、そう言って俯く。


「良い?柚葉は、もう高校2年生なの。もう、大人の一歩手間なのよ。自分で考えられて、自分で決められるの。それを、親のエゴで無理やり道を変えさせるなんて私が許せるわけ無いでしょ?」

「・・・」

「勿論、間違っていたら、死んでも止めるわよ。でも、これは違うでしょ?良く考えて?総司くん達は、黙って関係を続ける事も出来たの。それを、反対されるのがわかっているのに、それでも正面からぶつかってきてくれた。隠しもせずに。わかってる?」

「!?それは・・・」

「これは、柚葉や黒絵さん達に、親と疎遠になるような、悲しい思いをさせたく無いからよ。そーちゃん?一つだけ、正直に答えて。」


 清見さんが俺を見た。


「なんでも、答えます。」

「もし、私達に認められなかったら、どうするつもりだったの?」

「勿論、認められるまで、何度だって伺うつもりでした。」

「それは何故?」

「・・・俺は、父さんを亡くしています。会えなくなる辛さを良く知っているんです。だから、みんなに、親と会えなくなるような思いをして欲しくなかったからです。」

「ほらね。そんなそーちゃんが、柚葉を幸せにしないわけが無いでしょう?むしろ、今のあなたの行動の方が、よっぽど柚葉の幸せを壊そうとしているのよ?」

「っ!!」


 清見さんの言葉に、柚葉の親父さんは固まった。

 

「だから、私は別れるって言ったの。柚葉の幸せを守る為に、ね。」


 その言葉に、柚葉の親父さんは俯いた。

 そして、少ししてから、顔を上げる。


「柚葉。」

「何?お父さん。」

「本心で望んでいるのかい?」

「さっきも言ったけど、私はもう間違えたく無いの。私にとって一番大事なのは、そーちゃん。そして、一緒にいる、詩音ちゃんや翔子ちゃん、黒絵ちゃんだよ。もし、お父さん達とどちらかを選べって言われたら。私はみんなを選ぶよ。将来を幸せに生きる為に。」

「・・・そっか・・・総司くん?」

「はい。」


 柚葉の親父さんは、俺を見た。

 その目には、もう怒りの色は無い。

 どちらかと言えば、懇願する色の方が強い。


「柚葉はね・・・大事な大事な娘なんだ。その娘が、君を・・・君たちを望んでいる。どうか・・・どうか幸せにしてやって欲しい。それと・・・すまなかったね。冷静でいられなかった。君が・・・もてあそぶような酷い事をするわけが無いのに。申し訳無かった。」


 そう言って頭を下げる親父さん。

 俺も、頭を下げた。


「こちらこそ・・・すみません。世間的には後ろ指を刺されるような事に、娘さんを巻き込んでしまって。ですが、俺は胸を張って生きようと思っています。それが、俺を好きだと言ってくれる、柚葉達に応える事だと思うから。」


 俺がそう言うと、柚葉の親父さんはようやく微笑みを見せてくれた。


「・・・ああ、本当に僕は目が曇っていたね。君は、昔と変わらないよ。柚葉をお願いします。」

「あなた・・・良かった・・・良かったわ・・・別れる事にならなくて・・・ううう・・・私も・・・ごめんなさい・・・」

「清見・・・ごめんね。そこまでの覚悟でいてくれたんだね。辛い事を言わせてごめん。」


 泣きながら、親父さんに抱きつく清見さん。

 この二人は、昔からおしどり夫婦で有名だったからな。

 心の底から、親父さんを愛しているんだろう。

 俺達のせいで、口論をさせてしまって申し訳なかったな・・・


「総司。」


 そんな中、俺を呼ぶ声がした。

 母さんだ。


「皆さんが、認めてくれたわ。あなたのやる事はわかるわね?」

「・・・ああ、わかってる。死にものぐるいで、みんなを幸せにして見せる。」

「だったら、今、この場で、お父さんにも誓いなさい。みなさんの前で。」


 母さんが、仏壇を示してそう言った。

 俺は、そのまま仏壇の前に座る。

 その後ろには、シオン達が座った。


「父さん。俺は、世間に許されない未来を歩く事になった。でも、ここにいる愛する女性達を絶対に幸せにするって誓うよ。だから、見守っててくれないか?お願いします。」

「先日ご挨拶させて頂いた、西条詩音です。総司のお父さん、あたしは、総司を愛しています。どうか認めて下さい。総司は私が・・・私達が支えますから。絶対に幸せにしますから。」

「そーちゃんパパ。私は、お別れの挨拶も出来なかったような、駄目な子です。でも、これからは、しっかりとして、そーちゃんを支えます。だから、そーちゃんと居ることを、許して下さい。お願いします。」

「お義父様。私は、お義父様がまだいらっしゃった頃、何度か、私の気持ちをこっそりと教えた事がありましたね?今でも、気持ちは同じです。私、頑張って、総司くんを支えます。何があっても。いつまでも。」

「詩音と同じく、先立ってご挨拶させて頂いた、北上黒絵です。ソウは、私の愛する男です。ワタシは・・・ワタシ達は、必ずソウを幸せにして、幸福のままそちらに伺います。その時には、改めてご挨拶をさせて下さい。お土産話はたくさんお持ちしますから。」


 みんなで頭を下げる。

 そして・・・


「・・・亮司。あたしは、お前と一緒になれて幸せだった。」


 母さんが俺の隣に来て、同じ様に手を合わせていた。

 その話し方は、いつもの話し方では無かった。

 おそらく、父さんと出会った頃の話し方なんだろう。


「お前と結婚して、総司が生まれ、瑞希が生まれ、幸せ絶頂の中・・・お前が居なくなった。あたしは悲しかった。あたしは仕事に逃げ、総司はグレて、瑞希は笑わなくなった。そんなあたしが倒れて、総司は自分を犠牲にして、家族に尽くすようになった。」


 母さんは、辛そうに話す。

 だが、次には笑顔になった。


「そんな総司を、明るくしてくれたのが、ここにいる子達だ。あたしは、この子達に感謝している!この子達を認めている!!だから、亮司も認めてやってくれ!頼む!」


 母さんが、仏壇に向かって土下座した。

 母さんの言葉に、シオン達は、涙を流した。

 ・・・そんな時だった。


 ゴトッと音がした。

 みんなで頭を上げる。

 

 音がしたのは・・・父さんの位牌があった所からだ。


 みんなで目を丸くする。

 父さんの遺影が、なんとなく笑ってくれている気がした。


「・・・双葉さん?どうやら、亮司くんも認めてくれたんじゃないかしら?」

 

 琴音さんが、笑ってそう言った。

 その瞳には、涙が浮かんでいる。


「いえ、もしかしたら、亮司先輩は、双葉さんの言葉遣いを注意したのかもしれませんよ?義理の娘達に、変な所を見せるなって!」


 葵さんも涙を浮かべつつも、笑いながらそう言った。


「ええ・・・亮司くんなら、そう言うかもしれませんね。いつも、双葉さんの言葉遣いを注意していましたから。」


 翼さんも、涙を浮かべながらも嬉しそうだ。


「まったく・・・亮ちゃんも変わらないわね。双葉センパイ?良かったですね?」


 同じ様に涙を浮かべた清見さんも笑っていた。


「・・・お母さん、お父さんも嬉しいってさ。お兄ちゃんに、こんなに良いお嫁さん達が出来て。私も義姉ちゃんがいっぱいできて嬉しい!!」


 瑞希も・・・涙を流しながらそう笑った。


「亮司・・・ありがとう・・・」


 母さんも泣き笑いをしていた。


「総司くん・・・娘を・・・娘達を頼んだよ。何かあったら相談すると良いよ。」

「ああ、困った事があったら言いなさい。必ず力になろう。」


 柚葉と黒絵の親父さん達も、笑顔になってくれた。


「はいっ!よろしくお願いします!!」


 俺は、そんな親父さん達に、頭を下げた。

 

 こうして、俺達は、正式に関係が認められたのだった。


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