閑話 姫野双葉という女

「あ”あ”!?てめーら何見てんだ!?」

「「「「ひ、ひぃぃぃ〜!!」」」」」

 

 女性に凄まれ、男達は駆け出した。

 

「ちっ!!面白くねぇな・・・」


 彼女の名前は、姫野双葉。

 世間では、夜叉姫と呼ばれる不良である。


 彼女は、中学生の時から有名であった。


 ロングの金色の髪に、着崩した制服。

 誰がどこから見ても不良。

 しかし、その顔立ちは整っており、見ている分には綺麗と言われる部類の女性だ。


 そんな彼女が現在通っているのは、地元では進学校と呼ばれる高校。

 何故、不良の彼女が進学校に通っているのか。


 それは、ひとえに彼女の反骨精神にあった。


『お前のような不良が、学校の評判を落とすな!!どうせ、大した高校にも行けないくせに!!』

『ああ!?よくも言ってくれたな!!だったら、ぜってー良い高校に行ってやんよ!!』


 これは、中学生の時の教師とのやりとりだ。

 彼女は、元々、勉強はそんなに苦手では無かった。

 というより、真面目にやっていれば、とても優秀な部類である。

 

 しかし、飲んだくれの父親、ギャンブル狂いの母親を持ち、彼女にもきつく当たっていたため、中学に上がる頃にはグレてしまっていた。

 そして、そんな両親を見て育った彼女は、


「・・・せってーあんな風にならねぇ。」


 と、心に決めており、小学生、そして、中学生の一年生までは勉強にだけは手を抜かなかった。

 しかし、そんな彼女も、その見た目から、絡んで来る者が増え、喧嘩に明け暮れるようになった為、勉強が疎かになり、中学2年生の頃には、下から数えた方が良いくらいの成績になってしまった。

 

 そこで、先程の言葉である。

 彼女は、その持ち前の反骨心から、喧嘩の合間に、必死に勉強するようになり、この進学校に通える程の学力を得た。


 当然、驚いたのは教師陣である。

 

「はっ!お生憎様だなぁ!お前らの言う、優秀な生徒を押しのけて、受かってやったぜ!!」


 これは、合格通知が来た後、学校に乗り込んで、職員室にて、馬鹿にした教師に向けて言った言葉である。


 そんな彼女も、高校に上がると、周囲とのギャップに苦しむようになった。

 進学校である。

 周りは、やはり不良など居ない。


 しかし、そんな学校でも、絡んでくる者がいた。


「なぁ?お前、俺の彼女になれよ。その見た目だ。どうせ遊んでるんだろ?楽しませてやるよ。」

「あ”あ”!?」


 当時、学校の中で、偉ぶっていた三年生の先輩達、その中で、一番偉そうにしていた奴。

 当然、双葉はブチギレ、全員を病院送りにした。

 

 その結果、入学して二ヶ月で停学となってしまった。


 停学中のそんな彼女の元に、訪れた者が一人居た。


「あなたが、姫野さんね?」

「・・・なんだおめーは?」

「私は、2年の桐生、桐生琴音と言います。あなた、生徒会に入るつもりはないかしら?」

「はぁ?」



 双葉は、最初馬鹿にしているのかと思った。

 不良の自分を生徒会に誘うなんて、どうかしている。

 当然、断った。

 

 しかし、琴音は諦めなかった。

 毎日のように双葉に会いに来る琴音。

 一ヶ月が過ぎた頃、双葉は、諦めずに毎日訪れる琴音と、初めてまともに話をした。

 

「・・・なんであたしなんだよ。入学二ヶ月で停学食らうようなアホだぞ?」

「何言ってるのよ。私にしてみれば、あなたは凄い根性をしていると思うわ。あなたの噂は聞いてるわ。そんなあなたがうちの学校に入れたのがその証拠よ。おそらく、あなたは見た目でかなり損をしているわ。勿体ない。私は、優秀な人材を放置するほど、馬鹿じゃ無いわ。あなたは、絶対に化ける。そして、それはきっと私の力になる。そう思ったら、じっとしていられないわ。」


 真顔でそう言う琴音をじっと見つめる双葉。

 琴音のその顔に嘘や虚飾の色は一切見受けられなかった。


「・・・あんた変わってるなぁ・・・わかった。そこまで買ってくれてるなら、ここで逃げるのは女が廃る。あんたに従ってみるよ。」

「そう!それは嬉しいわ!それと・・・」


 琴音は嬉しそうに笑ってから、パンと手を鳴らし、そしてもう一度双葉を見た。


「私はあんた、では無いわ。桐生琴音よ。桐生でも琴音でも、好きに呼んで。」

「・・・わかった。琴音サン。これから、よろしく。」


 こうして、停学を明けて、双葉は生徒会に入る事になった。

 当時の生徒会長は、難色を示したが、ここで説き伏せたのは琴音と、


「会長、見た目で人を判断するのは良くないと思います。まずは、しっかりとその人を見ませんか?よろしくね姫野さん。わからない事があったら、なんでも聞いて欲しい。」


 そう言って説得に回った、同じく生徒会に入っていた暮内亮司だった。

 双葉は、亮司を見て、


『・・・こいつも変わってんな。まったく嘘言ってねぇっぽいし、下心もねぇ。こんな男、初めてかもしんねーな。』


 そう思った。


 それからは、双葉は変わった。

 まず、見た目を変えようと、琴音と亮司の協力の元、普通の格好と髪色に戻させられ、言葉遣いも正された。

 亮司や琴音の言葉に嘘は無く、懇切丁寧に仕事を教わり、いつしか、双葉はしっかりとした生徒会の役員になっていた。


 双葉は嬉しかった。

 常に不良だと蔑まれて来た双葉には、琴音や亮司のような人間はかけがえのない者だった。

 次第に、クラスでも話す者ができて、友人と呼べる者も出来てきた。

 双葉も笑顔でいる時間が多くなり、告白される事も多くなった。

 もっとも、告白に関しては、全て断っていたが。 


 そんな時だった。

 

 生徒会の関係で遅くなり、一人で帰宅中の双葉を、夜叉姫に恨みのある者達が襲撃したのだ。

 30人くらいで徒党を組んでおり、すっかり喧嘩から遠ざかっていた双葉は、最初の奇襲で腕の骨を折ってしまった。


「・・・ぐっ・・・くそ・・・」

「ははは!てめぇにやられた恨み、これからしっかりと晴らさせて貰うからよぉ?覚悟しとけよ?おい!攫うぞ!!抵抗するなら、足の骨も折っとけ!!」


 双葉は、悔しくなり表情を歪める。

 しかし、


「お前ら!姫野さんから離れろ!!」

「なん・・・がっ!?」


 走り寄って来た亮司が、双葉に近づいた男達を殴り飛ばした。

 亮司は、何度か殴られていたが、決して引かず、双葉の前に立って庇った。


「・・・暮内・・・お前・・・」

「大丈夫か?姫野さん、君は逃げろ。ここは俺が!」


 前を向いたままそう言い放つ亮司。

 双葉は思わず見惚れてしまう。


「てめぇ!!邪魔しやがって!!こいつもやっちまえ!!」

「うるさい!彼女は今、必死に変わろうとしてるんだ!!そんな彼女の足を引っ張るな!!絶対に手出しさせない!!かかってこい!!」


 多勢に無勢の為、亮司は何度も殴られながら、それでも折れず、ボス面していた男を殴り飛ばした。

 

『・・・こんな男もいるのか・・・あれ?なんか胸が・・・ドキドキする?』


 双葉は自分の変化に小首を傾げるが、それどころでは無い事を思い出した。

 自分は、守られるだけの女じゃない。

 

『こいつは、イイ奴だ。だったら、あたしにだって出来る事をやる!!』


 双葉は立ち上がって、近くにいた男を蹴り飛ばす。


「姫野さん!?なんで・・・」

「・・・はっ!!あたしが、仲間にだけ戦わせるわけねぇだろ?夜叉姫舐めんな!!」


 双葉は口角を上げて亮司にそう言い放つと、亮司は最初呆気に取られたが、すぐに苦笑した。


「・・・はは。そっか。そうだね。君はそんなに弱い女の子じゃないか。それでも・・・俺にとっては女の子にはかわりない。大事な仲間のね。一緒に戦ってくれる?」


 亮司がそう言うと、双葉はニヤッと笑った。


「・・・双葉で良い。」

「えっ?」

「あたしは仲間なんだろ?だったら、双葉って呼べ。あたしも亮司って呼ぶ。」

「・・・ああ、わかった。双葉さん!こんな奴らさっさとやっつけて、病院に行こう!!君が心配だからさ!」

「・・・あ、ああ。」


 笑顔でそう言う亮司に、思わず頬が赤くなる双葉。


『・・・な、なんだこれ・・・妙に顔が熱く・・・ってまさか!?あたしこいつに・・・惚れ・・・い、いや、琴音サンもこいつの事多分好きだし・・・うえぇぇぇどうしよ・・・でも・・・逃したくねぇな・・・』

「双葉さん?」

「・・・なんでもねぇよ亮司。それに、『さん』はいらねぇ。同級生だしな。それより・・・お前、どんな女が好きなんだ?」

「うぇ!?な、なんでそんな事聞く!?それ、今聞くことか!?」


 男を殴り飛ばしながらそう聞いてくる双葉に、亮司は顔を赤くしながら他の男を蹴り飛ばす。


「う、うっせぇ!んで、どうなんだよ!!やっぱ女の子らしいのが好きなのか!?」

「う、う〜ん・・・そうだな・・・俺は、元気な子が好きかな・・・あんまり意識した事は無いけど、悪戯やからかいが好きで、いつも笑顔でいてくれて、俺を楽しい気分にさせてくれる子なんか良いかな・・・」

「・・・えらく具体的だな。好きな奴、いんのか?」

「・・・いや、その・・・俺、結構アニメや漫画なんか好きで、彼女にするならそういう子が良いなってさ・・・」

「・・・ふ〜ん。そっか・・・」

「・・・変か?」

「いや?人それぞれなんじゃね?」

「そ、そう。なら良いけど。」

「ふむ・・・元気で笑顔でからかい上手、ね・・・よし!そうと決まれば・・・さっさと終わらせっか!おらぁ!!」


 こうして、双葉と亮司は男たちを撃退して、すぐに病院に向かった。

 そして、翌日、学校では挨拶運動があり、早めに学校で集合する生徒会の面々。


「おはよ!亮司!いい朝だね!」


 すでに慣れつつある言葉遣いでそう挨拶する双葉。


「ああ、おはよう双葉。そうだな!」


 それに笑顔で答える亮司。

 そして・・・そんな二人を見て、眉根を寄せている琴音。


「・・・ちょっと待ちなさい、姫野さん。色々突っ込んで良いかしら?あなたのその怪我もそうだけど、なんで突然暮内くんと呼び捨てで呼び合ってるのかしら?」

「・・・べっつに〜?琴音サン・・・琴音先輩には関係ありませんよ〜?」

「ああ、生徒会の仲間だし、同学年ですからね。昨日色々あって、名前で呼び合うようになったんです。」

「あっ!?馬鹿亮司!!」


 あっけらかんとそう言う亮司に、焦ったように双葉が止めようとする。

 そんな双葉を見て、琴音は少し考え、ニヤッと笑った。


「・・・そう、そういう事・・・ちょっと暮内くん?いえ、亮司くん?私とあなたは、生徒会の仲間よね?当・然!私の事も、琴音と呼べるわよね?そうよね!?」

「え”!?い、いや・・・先輩ですからそれは・・・」

「・・・くすん。悲しいわ・・・私は仲間じゃ無いのね・・・」

「い、いえ!その・・・大事な仲間と思ってますよ?」

「だったら、呼べるわよね?」

「う”っ・・・こ、琴音・・・さん・・・」

「はい、よく出来ました亮司くん♡偉い偉い♡」


 琴音はそう言って亮司の頭を撫でる。

 いきなりのスキンシップに亮司は、赤面してしまった。


「ちょ、ちょっと琴音サン!!そりゃずるいぜ!!」

「あら?姫野・・・いえ、双葉さん?ずるいのはあなたもだし、口調が戻ってるわよ?まだまだね?」

「くっ・・・色々琴音先輩には感謝してますが、絶対に負けませんよ!!」

「ふふ・・・それはこちらのセリフよ双葉さん・・・」


 笑顔で睨み合う二人と狼狽する亮司。


「あ、あの・・・何?この雰囲気・・・・」

「「ふふふふふ・・・」」

「・・・ちょっと?一体なんなんです!?」


 こうして、琴音と双葉の長い戦いが始まり・・・一年後には四つ巴の戦いになるのだった。

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