第112話 文化祭(5)side葵

『・・・すみません母上、ちょっと野暮用が出来てしまいました。また、後ほど掛け直します』


 黒絵が、そう言って電話を切った。

 何か、焦っていた感じだったし、トラブルがあったのかもしれないわね。


「何かあったの葵?」


 清見がそう聞いてきた。

 この子は昔から勘が鋭いからね。


「なにかトラブルっぽいわね。まぁ、こちらはこちらで楽しみましょう。」

「ええ、そうしましょうか。琴音さんもそれで良いですか?」

「勿論よ。双葉さん?瑞希ちゃん?行きましょう?」

「ええ。」

「はーい!」


 今日はみんなで母校の文化祭に来ているの。

 黒絵達が通っている学校は、私達の母校でもある。

 ・・・懐かしいわね。

 少し、変わった所はあるけれど、それでも変わりない所も多いわ。


 双葉先輩や琴音さん達を見ても、やはり私と同じような気持ちを抱いているみたい。

 目が、懐かしそうにしているわ。


「うわ〜!!ここがお兄ちゃん達が通っている学校か〜!!私も受かってここに通いたい!!」


 うふふ。

 瑞希ちゃんが目を輝かせているわね。


「さて、それじゃまずは露天から廻りましょうか。」


 双葉先輩の言葉で、全員で動く。


「・・・うわぁ・・・あれ、誰の保護者だ・・・?」

「き、綺麗な人達・・・」

「・・・あ、あの人、西条に似てる気がする・・・」

「・・・こっちは南谷さんだ・・・」

「・・・北上会長に似た人もいるな・・・」

「・・・も、もしかして、クールビューティのお母さんじゃ・・・」

「あの人だれの親だろう?綺麗ね・・・」

「隣の女の子は、娘さんかな?可愛い・・・」


 ・・・こんな事まで思い出したく無かったわね。

 私達が学生の時にも、似たように、こそこそ見られてたわね・・・


 清見達も苦笑しているわ。



 そんな風にしていた時だった。


「・・・合図だ。」

「よし・・・やるかぁ!!」


 そんな声が聞こえて来た。

 そちらを見ると、やんちゃな他校の生徒と思われる子達が、こちらに向かって歩いて来ている。

 

「さ〜!暴れるかぁ!!」

「お前ら!捕まんなよ?」

「そんな間抜け居ねぇよ!!」


 ・・・どうやら、良からぬ事を考えてるみたいね。

 

「お?可愛い子み〜っけ!!」

「マジ?つ〜か、オバサン達も綺麗じゃん!!」

「おお!おれ人妻の方が良いかも!!」

「ぎゃはは!お前なぁ!!・・・でも、このオバサン達ならありだなぁ!!」


 10人位の子達が私達を取り囲む。

 

「・・・何か用かしら?」


 琴音さんがそう言うと、男の子達がいやらしく嗤いながら話しかけてきた。


「おお!そうなんすよ!オバサンとその子、ちょっとこっちに来てくんない?一緒に楽しもうぜ!!」

「そうそう!どうせ旦那から、もうされて無いんでしょ?だから、気持ちよくさせてやっからさぁ!!」


 ・・・こんな歳で、こんなゲスな事を言うとは。

 総司くんとは大違いね。

 みんなも目を細めてるわね。


 ・・・瑞希ちゃんはちょっと震えてるわ。


「あら、そう。でも、お生憎様。あなた達みたいなおこちゃまには興味は無いわ。さっさと立ち去りなさいな。」


 琴音さんがそう言い放つ。

 ・・・流石ね。

 まったく気後れしていないわ。


「・・・あんだと?」


 しかし、その子達は、違った。

 琴音さんの言葉で、いきり立つ。


「何やってるんだ!!」


 教師が数人走って来たわ。

 これで終わり・・・あっ!?


「がっ!?」

「うるせぇ!!このボンクラ教師が!!」


 まさかポケットから警棒を出して殴りつけるとは!!

 またたく間に、教師達は倒れてしまった。

 いけない。


「やめなさい!!」


 私は、すぐに、殴られている教師とその子の間に立つ。


「なんだこのオバサン!!うわっ!?」


 私は、すぐにその手を握って投げ飛ばす。


「このぉ!!」

「ふん!」


 そして、他の仲間の子が襲いかかってきたから、蹴り飛ばした。

 すぐに、混戦になったけど、私の相手では無い。

 黒絵程では無くても、私も普通以上の強さだ。


 道場主の妻は伊達じゃない。


「動くなぁ!!」

「っ!!」

 

 そちらを見ると・・・双葉先輩!?


 双葉先輩の首にナイフが突きつけられてる!

 いけない!!

 このままじゃ・・・!


「やめなさい!」

「うるせぇ!!」

「そうよ!駄目よ!」

「うるせぇってんだ!!」

「あなたの為に言っているのよ!?」

「ごちゃごちゃ言うな!そうだな・・・止めてほしけりゃ、ここでストリップでもして貰おうか。」


 清見や翼、琴音さんが叫んでも、その男の子は双葉先輩を解放しない。

 まずいわね・・・そんなに刺激すると・・・


「お母さん!!お母さんを離してっ!!」


 あっ!?

 瑞希ちゃんが泣いて・・・


「はははは!!ほら、さっさと・・・あん?」


 双葉先輩が男の子の手首を握ってる。

 ああ!

 まずい!!


「・・・ぇ・・・すぞ?」

「あん?なんだってぇ?声が小さくて聞こえねーよ?」


 ああ、そんなに煽らないで!!

 そんな事したら・・・


「てめぇ、殺すぞ!?」

「「「「あっ!?」」」」


 双葉先輩が、いつものニコニコ顔から、鬼のような形相に・・・!!

 ああ・・・間に合わなかった・・・


「なんだ・・・ぶっ!?」


 双葉先輩が、掴んでる手とは逆の手で、男の子の顔をぶん殴った。

 男の子は一発で白目を向いている。


「・・・おい。てめぇ。何伸びてんだこら?」


 そして、追い打ちをかけるように殴る、蹴る。


「がっ!?ぎゃ!?ぶっ!?」

「な、何してやがるババア!!」


 唖然としていた他の子が助けに入る。

 だけど・・・


「あ〜ん・・・?誰がババアだガキィ!!」

「ぐはっ!?」

「誰の子共を泣かせてんだこら!!あたしの大事な瑞希をよくも泣かせてくれたな!!ああ!?」

「がぁ!?」


 ・・・キレちゃった。

 双葉先輩、凄い勢いで暴れまわってる・・・


「お母・・・さん?」


 瑞希ちゃんが呆然としてる。

 そりゃそうよね・・・あの暴力とは無縁そうな双葉先輩が・・・


「おらおら!どうしたんだガキ共ぉ!!」

「ひぃ!?なんだこいつ!?がはっ!?」

「めちゃくちゃ強えぇ!?ぎゃあ!!」

「ああ?おめぇらがよえーんだよ!それでも男かぁ!!」

「「「「「「ぎゃああああ!!」」」」」」


 ・・・こんな面があるなんて。

 どんどん、ボコボコにしていっている。


「と、止めないと!!」

「そ、そうね・・・何十年ぶりかしら・・・これ見るの・・・」

「こ、琴音さん、それよりも・・・葵!早く!」

「え、ええ!分かってるわ!双葉先輩!!そこまでよ!!もう終わり!」


 私はすぐに双葉さんを羽交い締めにする。

 

「ああ!?何しやがる葵ぃ!こいつらに地獄見せられね〜じゃねぇか!!」

「もうおしまい!その子失禁してるでしょ!!」


 私は、双葉先輩が胸ぐら掴んでる男の子を見てそう言う。

 その子は、顔面をボコボコにされて泣きながら失禁していた。

 周りには、倒れてうめいている子達ばかり。


「んだと?てめぇ!!なっさけねぇなぁ!!それでも男か!?あたしの男はそんな軟弱じゃ無かったぞ!?」

「ひぃ〜〜〜!?か、勘弁して下さい〜〜〜!!」

「おらぁ!!小僧共!!それでもキン◯マついてんのかぁ!?ああん!?」


 双葉先輩は私をひきずりながらまだ殴ろうとしている。

 みんなも遅れてしがみつく。


「ふ、双葉センパイ!もう良いですから!!」

「落ちついて双葉さん!!もう終わってるから!!」

「清見も琴音サンも離してくれよ!この、舐めたガキ共、ぶっ潰さねぇとよぉ!」


 それでもずりずりと動く。


「くっ!?相変わらず凄い力ね双葉先輩!!」

「葵!頑張って!!くっ・・・双葉先輩!!もうやめてぇ!!」


 翼も必死だ。


「・・・お母さん・・・元ヤン?」


 瑞希ちゃんの呟きが聞こえる。

 ・・・そうなのよね。

 高校の一年生の最初の頃まで、双葉先輩は不良だったの。

 それも、亮司先輩と会って、分かり合ってからは普通になろうと、なりを潜めたらしいんだけど・・・キレると出ちゃうのよ・・・これが。

 私は、不良だった頃を直接は見ていないけれど、噂は私が通っていた中学校まで聞こえていた。

 そして・・・高校に入学してから、キレた双葉先輩を何度か止めるのを手伝った事がある。

 ・・・何度か、どころじゃないわね・・・


 そして、双葉先輩には異名があった。


「みなさん、大丈夫ですか!・・・って、ん・・・!?あいつはまさか!?」


 あ、あれは・・・まだこの先生、学校に居たのね?

 ・・・だいぶ歳とったわね。

 確か、竹田先生だったかしら。 


「・・・夜叉姫!?なんで・・・っていかん!おい!姫野!!その子を離さんか!!」


 そう、夜叉姫。

 双葉先輩は、旧姓が姫野で、姫野双葉だった。

 まだ、昔は暴走族とか不良もいっぱい居て、そこら中のやつらと喧嘩ばっかりして、いつもどこかに返り血みたいなのがあったらしい。

 そこから、名字の姫野をもじった呼び名。

 当時、夜叉姫って呼ばれてた、最強の不良だった。


「ああん?あれ?竹先じゃん?ププッ!めっちゃおっさんになってるし!ってあれ?あたし・・・あ・・・」


 その瞬間、双葉先輩は周りを見回す。

 

 そこには、唖然としている、瑞希ちゃんと、他の保護者の面々、そして・・・いつの間にか来ていて、愕然としている総司くん達。

 そして、自分の姿を見た後、空を見上げ・・・


「きゃ〜〜〜!こわ〜〜〜い!!」


 パッとその子から手を離し、口元に両手を持っていって、そう言った。


「「「「「「「「「「「いやいやいやいや」」」」」」」」」」」


 双葉先輩、それは無いです。

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