第103話 公園にて

 俺は、公園のベンチに座り、一人考えていた。

 

 俺は今まで、気が付かないふりをしていた。

 みんなへの想いに。

 

 シオンは、家族の為に、自分を殺して生きようとしていた俺を、今の俺にしてくれた切っ掛けとなった女の子だ。

 最初は・・・面倒だと思った。

 しかし、そのあけすけな所や、優しい性格、なんだかんだで気遣ってくれる所、そして・・・自分の道をひた進む所なんかに強く惹かれ・・・いや、ここまで来たら誤魔化しは無しだ。

 好きになった。


 ぐいぐいと距離を詰めてくるあの強引さと、それでいて隠さずに好意を伝えてくる強さ、ふとした時に見せる優しさ。


 どれも、キラキラと輝いて見える。


 柚葉は、おそらくは、一初めに恋をした相手だろう・・・後から気がついたのをカウントすれば。

 柚葉は天真爛漫だ。 

 色々と危なっかしい所も多いが、それがまた可愛く感じる。

 

 そして、今は大人の部分と子供の部分が同居しており、魅力的に思える。

 

 俺に懺悔し、絆をつなぎ直そうとした強さもある。

 

 可愛いと思うし、綺麗だと思う。

 そして好きだと思う。


 翔子。


 最初は妹の様な女の子。

 今は、後輩の様な・・・俺を一途に想う女の子。

 とても綺麗で、大胆だ。


 いつもドギマギしてしまうが・・・本音で言えば、嫌では無い。

 むしろ、あのひたむきさは嬉しく思う。


 そんな所に、惹きつけられてしまう。

 そもそも、翔子の様な綺麗な女の子から、あんなに大胆に迫られて、嫌になる男がいる訳が無い。


 もう、妹の様では無く、ただの後輩でも無い。

 好きになった可愛い後輩だ。


 そして、黒絵。


 俺が一番人生で腐っていた時に出逢った女性。

 その苛烈で、それでいて鮮烈な所に、惚れてしまった女。

 当時の俺が、弱かったからこそ、離れる事になった。

 あいつが泣きながら言ったように、離れた事には俺だけでは無く、あいつにも原因はあったかもしれないが・・・それでも、俺が切っ掛けだったのは間違いがない。

 それでも、ずっと俺を気にかけてくれていた、情の深い奴。

 

 見た目なんかじゃない。

 あいつの性格やその優しさ、強さ、脆さ、全てが愛おしく思える。

 好きにならない訳が無い。


 俺は、ずっと目をそむけて来た。

 これに気がついたら、俺はもう、逃げられない、あいつらが居なくなるのに、耐えられない。

 この間、不覚にも涙を流してしまったが・・・それでも、この感情だけには気が付かないようにしていた。


 俺は、なんて卑怯なのだろう。

 あいつらは、あんなに一途に想ってくれているのに。


 自分の情けなさに落ち込む。

 しかし、それすら卑怯だと感じる。

 あいつらの方が、よほど辛い想いをしているのかもしれないのに。

 情けない俺のせいで。


 シオンも、柚葉も、翔子も、黒絵も、誰が欠けても嫌だと感じる。

 大事なものを無くしたくない。

 俺の中に、こんなに醜い感情があったなんて・・・

 

 どうすればいいんだ。

 どうすれば・・・


「・・・こんな所に居たのね。まったく・・・仕方がない子ね。」


 俺にそんな声がかけられた。

 考え事に没頭しすぎて、気配に気が付かなかった。

 俺は、その声の主を見る。


 そこには・・・


「迷子を迎えに来たわよ?」


 笑顔の母さんが居た。






「それで、どうしたの?そんな情けない顔をして。」


 俺の隣に座った母さんが、俺に話しかけてきた。

 

「ちょっと考え事をしたくて来たんだ。もう少し一人で居たいから、母さんは帰ってくれないか?」


 気持ちがささくれだっていた事もあり、きつい言い方をしてしまう。

 すぐにハッとしたが、バツが悪くて謝れない。


 しかし、そんな俺に対し、母さんは、

 

「ぶっぶ〜!駄目でーす!お母さんは迷子の子を連れて帰らなきゃいけないから帰りませ〜ん!!」


 そんな風に言ってきた。

 ・・・人が真剣に悩んでいる時に・・・


 俺は、イラッとして、


「放っておいて欲しいって言ってるだろう!馬鹿にするならさっさとかえ・・・」


 つい怒鳴ってしまうが、その言葉も途中で途切れてしまった。

 何故なら、母さんに抱きしめられたからだ。


「・・・大きくなったわねぇ。でも、総司、駄目よ?あなたの今の心は、ぐちゃぐちゃでしょう?まずは落ち着きなさい?」


 ・・・母さんに抱きしめられるなんて、いつぶりだろうか・・・

 思えば、父さんが死んだ直後から、一切無かった気がする。


 突然の事に驚くも、すぐに自分が落ちついて来ている事に気がついた。

 なんでだ・・・


「驚いてる?自分が落ち着いてる事に。でも、それは当たり前なのよ。だって、私は、あなたのお母さんなんですもの。お母さんは、世界で一番あなたを愛しているのよ?今のところは、ね。」

「・・・」


 ・・・そうなのかもしれない。

 ささくれだった心も、自然と収まってきている気がする。


「総司、お母さんは、あなたに謝らなければいけない事があるの。」

「・・・何を?」


 脈絡も無い言葉に、思わず聞き返してしまった。

 母さんは語りはじめた。


「お父さんが死んで、その後、あなたが荒れていた時期があったでしょう?あの頃、本当は私はあなたに、何をしているのか聞いて、こうしてあげるべきだった。でも、出来なかった。お父さんが死んで、私も余裕が無かったの。それで、あなたを見守るべきだ、帰る場所でいよう、なんて考えて、仕事に没頭したわ。でも・・・あれね?嘘・・・では無いにしろ、逃げていたんだと思う。」

「・・・何から?」

「現実から。」


 ・・・父さんが死んだ事。

 俺が荒れた事。

 瑞希は一切笑わなくなった。


 そんな現実から逃げた、母さんはそう呟いた。


「でも、それが、あなたにも消えない傷を残す事になるなんて、思いもよらなかった・・・ごめんなさい。私が弱かったせいで、あなたに普通の青春を送らせる事が出来なかった・・・」


 抱きしめられた俺の顔に、水滴がぽつりぽつりと落ちた。

 ・・・俺は・・・


「倒れて、目が覚めて、あなたが自分を犠牲にして家族の為に生きるようになったのを見て、ようやく気がついたわ。自分が逃げたせいで、あなたを追い込んでしまった事に・・・本当に、ごめんなさい・・・」


 母さんが俺を抱きしめる力が強まる。

 嗚咽も酷くなってきた。

 

「母さん・・・謝らないでくれ。俺は・・・多分瑞希も、そんな風に思っていないよ。それに・・・俺が馬鹿だった事には変わりがない。暴れまわって、家族を心配させた馬鹿には。」

「・・・」

「それに・・・今は・・・青春しているだろう?あれも、必要な事だったのかもしれない。」


 俺が、母さんから離れ、笑いかけると、母さんは涙ながらに笑顔になった。

 

「・・・そう言ってくれると・・・救われるわ。」


 少しの間、無言でお互いに笑い合う。

 そして、母さんの涙が引いた頃、母さんが口を開いた。


「さて、お母さんの話はおしまいね。総司の悩み事についてアドバイスしてあげる。」

「・・・気がついてたのか?」

「それは勿論。何せ、あなたのお母さんを17年もやってるのだもの。」

「・・・そうか。」

「いい?総司。あなたが抱える悩み、答えはとてもシンプルなモノなのよ。でも、それは自分で気が付かなければいけないわ。」


 もっともな話だな。

 あいつらへの気持ちは、他人にとやかく言われて決めるべきものじゃない。


「でもね、それに気がつくヒントはそこら中に溢れているの。今、この瞬間もね。」


 ・・・どういう事だ?


「何故、お母さんがここに来る事が出来たのか、なんで、あの子達が急に揉めなくなったのか、あの子達が望む事はなんなのか。・・・これ以上は言えないわね。でも、最後に1つだけ。これはサービスよ。」


 ・・・わからない。

 疑問だらけだ。

 だからこそ、サービスという言葉に希望を見出してしまう。


「あなたが一番大事なモノを、全てにおいて優先しなさい。」

「・・・大事なモノ・・・」


 何故か、心にすっと入ってきた。

 その答えはまだわからない。

 それでも、それは気がつく切っ掛けになる、そんな感覚だった。


「さて、帰りましょう?身体が冷えちゃうわ。あの子達も心配しているでしょうしね。」

「・・・わかった。母さん、ありがとう。」

「良いのよ。だって、私は総司のお母さんなんだから。」


 俺は、母さんと一緒に家に向かう。


 今はまだ、答えは出ない。

 それでも・・・ヒントは貰った。

 感覚的には、答えまでもうすぐという感じがする。

 

 俺が好きな四人の女の子。


 もう、誤魔化さない。

 好きだって認めよう。

 その上で・・・必ず答えを出す!!

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