第67話 黒絵の時間と就寝前

「さて、それではワタシの番だな。」


 説教・・・というか、母さん達との話し合いの後、黒絵と過ごす時間となった。

 さて、何をするのか・・・


「ソウ、着いて来てくれ。」


 黒絵はそう言って歩きだす。

 そして・・・一階の奥の、三帖程の物置まで来る。

 物は少し置かれているだけだ。

 こんなところで何を?


「ソウ、ここに来た時に、ワタシが言ったことを覚えているか?」


 ・・・黒絵が言った事?

 確か・・・


『やあ、ソウ。おはよう!ここはうちの別荘でな?色々案内しよう!なに、2人きりになれる秘密の部屋なんかもある。なんだったら、後で一緒に行こうじゃないか。声も漏れにくい筈だぞ?ナニをしても・・・な?』


 だったな・・・ん?秘密の部屋?


「もしかして、秘密の部屋、か?」

「大当たりだ。」


 黒絵は、部屋の中央にあるマットをめくる。


「この床は、一見普通の床に見えるが、正方形に切り取られている。そして・・・ふん!」


 ごとっと言う音で、その床が只の木では無いことが分かった。

 そして、はしごがある。


「このように鉄板に木製の床が貼り付けてある。さて、下に降りよう。ついて来てくれ。電気は・・・と。」


 黒絵が手を突っ込んでスイッチっ押したのか、中が明るくなった。

 万が一誰かが来て、誤って落ちてしまう事が無いように、蓋はちゃんとしておく。

 ・・・なかなかしっかりとした鉄板だな。

 重い。


 一番下に着くと、四畳半程の部屋になっており、壁際には本棚や小さなテーブルと電話、そして、簡易ベッドが置いてあった。

 ・・・どうやって入れたんだ?

 って組み立てたに決まってるか。


「さて・・・ワタシの時間だな。」

「・・・何するんだ?」

「くくく・・・ソウ。何すると思う?」


 俺の問いかけに、黒絵は妖艶に笑って答えた。


「な、何する気だ?」

「この部屋は・・・防音でな?何があっても気づかれないんだよ・・・」

「・・・何故近寄る?」

「さて?何故かな?」


 黒絵は俺に近寄る。

 俺は黒絵か後退りし、何かにぶつかる。

 そして、俺がそれが何か振り返って見て、ベッドだとわかり、顔を戻すと・・・目の前には黒絵の顔!?


「ソウ、いけないなぁ。隙だらけだ。」

「うお!?」


 黒絵はそのまま俺の首に両手を回し、転身しながら俺ごとベッドに倒れ込んだ。

 そして、上手く身体を回転させ、俺の上に乗る形で寝そべった。

 ・・・なんだこの状況!?


「この簡易ベッドはね?ちゃんと補強してあるから、二人で寝ても問題無いんだ・・・それだけじゃなく、激しい運動にも耐えられるようにしてあるんだよ・・・」

「ふぐっ!?く、黒絵!耳元で話すな!!」

「一緒にしてみるかい?激しいう・ん・ど・う♡」

「し、しない!!」


 俺は、密着している黒絵を引き剥がさそうと、手を肩に置いた。

 そして、身体を剥がそうと・・・く!?こいつ!相変わらず馬鹿力め!!


「無駄だよソウ。さぁ、諦めてワタシと一つになろうじゃないか。・・・ん〜」

「こ、こら黒絵!!キスを迫ってくるな!!」


 俺は黒絵から顔を逸らそうとするが、黒絵の手が俺の顔を固定する。


「さぁ・・・ソウ?」

「お、お前これで本当に良いのか?」


 もう、唇まで数センチという所で、俺が問いかけた言葉に黒絵が止まる。

 そして・・・


「・・・はぁ。良いわけが無いじゃないか・・・」


 そう言って顔を悲しそうにしながら離し、体勢を少し下がりながら、俺の胸に顔をつけた。


「良いわけ無いだろう。こんな無理やり迫って、お前に責任を取らせて、幸せになれるわけが無い。それに・・・そんな事では、詩音や柚葉、翔子に合わせる顔が無い。」

「じゃあ、なんで・・・」


 俺がそう問いかけると、黒絵は震えながら呟いた。


「・・・怖くなったんだ。多分・・・焦りからだな。」


 黒絵はそう言った後、ぽつりぽつりと語りはじめた。


「・・・お前は先程ちゃんとする、と言ったな?それは陰キャにこだわらないという解釈で良いかい?」

「・・・ああ。」


 黒絵は正確に受け取ったようだ。


「そうすると、今までお前を見ていなかった者も、お前を好きになっていまうかもしれない。そして・・・ワタシには時間が・・・無い。それを、詩音の母親・・・琴音さんに突きつけられた。」

「・・・」

「ワタシと同じ生徒会長で、そして先輩・・・あの話を聞いた時、ワタシがどれほどの衝撃を受けたか分かるか?もしかしたら、ワタシも同じ未来を辿るかもしれない・・・そう思ったら・・・居ても経ってもいられなくなったんだ・・・」

「黒絵・・・」


 黒絵は俺の胸から顔を上げ、俺と目を合わせる。

 その目は潤んでいた。


「心が弱いと嘲笑うか?」

「・・・そんな事はしない。」


 出来るはずが無い。


「・・・すまんソウ。だが・・・だが!ワタシはこんなに卑怯で臆病で!!こんな・・・こんな事では・・・ソウを・・・ソウを取られてしまう!!情けない!!何が『完璧』だ!!こんなに欠点だらけでは無いか!!」


 黒絵はの目から涙が溢れ出す。


 ・・・そうか。

 ここに来た本当の理由は・・・


「お前・・・ここに泣きに来たかったのか。」


 俺がそう言うと、黒絵は泣きながら笑い、俺を見た。


「・・・ああ、そうだよ。そして・・・そんな姿をお前に見て欲しかった。ワタシは・・・完璧なんかじゃない、とな。」

「・・・そうか。」


 俺は黒絵の頭に手を回し、ぎゅっと俺の胸に押し付けた。


「泣きたいだけ泣けばいい。俺はそれを受け止めてやるから。」

「ソウ・・・うわああああぁぁぁぁ!!」


 黒絵は泣いた。

 驚くほど泣いた。


「本当は!お前と距離を取ると言われた時!こうして止めたかった!!でも言えなかった!!お前に突き放されたらどうしようと怯えてな!!なんと情けない!!勇気が無い!!お前の気持ちを優先させるフリをしておいて!その実、ただ拒絶を怖がっていただけなのだ!!本当に・・・うう・・・情け・・・ない・・・」


 黒絵の慟哭。

 

「今回の事もそうだ!本当はからかうだけのつもりだった!!でも、もしあのまま誘惑して、お前がそれを受け入れたら・・・そんな事が頭をよぎった!!それを前面に押してソウを自分の物にしようとしたのだ!!なんと浅ましい!!この卑怯者め!!こんなワタシのどこが完璧だ!!他の者は何も見えていない!!ワタシのことは何も!!」


 そんな叫びが胸を打つ。

 そして・・・黒絵はグズるだけになった。


 俺は、黒絵の頭を撫でる。


「・・・黒絵。お前のそれは、別に浅ましく無いし、卑怯でも無い。普通なんだ。誰だって考える普通の事だ。」

「・・・」

「俺だってそうだ。口では、近いだの離れろだと言っても、お前らに触れられるのは内心喜んでいる。だが、恥ずかしいからそう口にしているだけだ。」

「・・・ソウ。」

「人は怖がりで臆病だ。でも、それは自分を守るためには必要なものだと俺は思う。だから・・・」


 俺は黒絵の頬に手を触れ、こちらに顔を向けさせる。


「そんな事で嫌いになったりしないさ。それに・・・こういう姿を見せたのも、自分をもっと知って欲しいと思っての事だろう?なら、お前はちゃんと勇気があるさ。」


 黒絵に笑いかける。

 黒絵は・・・俺を見て、


「・・・ソウ。やっぱりワタシはお前が大好きだ。ワタシの時間の残りは・・・このままこうしていても良いか?」

「ああ、勿論だ。」

「・・・ありがとう。」


 こうして、残りの時間を過ごすことになった。





「あれ?黒絵なんか目が赤く無い?」


 子供部屋に戻ると、シオンが黒絵を見てそう言った。

 すっかりと泣き止んでは居たが、少し影響は残っていたようだ。


「ああ、ちょっとね・・・さて、今日もくじを引くとしようか。」


 柔らかい笑顔を見せる黒絵。


「・・・なんか黒絵が柔らかくなってない?」

「・・・ええ、そうですね・・・ねぇ総司先輩?何かしましたか?」

「そーちゃん・・・正直に言って。」


 ・・・こいつら鋭すぎだろ。

 しかし、どうするか・・・黒絵が情けない姿を見せたと言うのも違うしな・・・


「ああ、ワタシがソウに情けない姿を見せて、内心を吐露しただけさ。」

「「「え!?」」」

「お、おい!?」


 驚くシオン達と、俺。

 しかし、黒絵は堂々としたままだった。


「何、ワタシの色々な面を知って貰おうと思ってな。そして、それを受け止めて貰っただけさ。」

「・・・最後まではしてないのよね?」

「うむ。それは迫ったが無理だった。」

「・・・油断できませんね。」

「黒絵ちゃん・・・負けられないね!」


 ・・・全部正直に言いやがった。


 ・・・やっぱ、お前は強いよ、黒絵。


「さて!くじを引こうじゃないか!」


 こうして、またくじを引く。

 最後の夜、どうなったかというと・・・

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