第56話 それぞれの過ごし方 柚葉の場合

「さあそーちゃん!!今度は私の番だよ!!」


 やけに気合の入った柚葉。

 ふんすふんすと鼻息がめっちゃ荒い。

 そんな柚葉の様子に苦笑いしてしまう。


「まぁ、お手柔らかにな。」

「断る!!」

「いや、断るなよ・・・まったくお前は変わらないな。」

「そりゃそうだよ!だって私は私だもん!」


 輝くような笑顔を見せる柚葉。

 ・・・思えば、疎遠になった一件以来、たまに見る柚葉は、落ち着いた女の子に見えていた。

 こんな調子の柚葉はなりを潜めてたもんな。


「で、どうする?」

「う〜ん・・・そーちゃんは黒絵ちゃんと翔子ちゃんと何したの?」


 俺は柚葉に、それぞれの過ごし方を説明する。

 

「そっかぁ・・・じゃあね〜黒絵ちゃんや翔子ちゃんがお散歩だったなら、逆にのんびりしようかな?」

「と、言うと?」

「うん。日向ぼっこしよう。日が暮れるまで話しながら!」

「ああ、いいぞ。」


 俺達は、別荘の二階にあるベランダに出て、備え付けのテーブルにつく。

 飲み物も持ってきて準備万端だ。


「しかし・・・眺めが良いな・・・」

「うん。癒やされるねぇ。」

「まったくだ・・・」


 このベランダから見える景色は、遠目に湖、近くには森と、とても眺めが良かった。


「ねぇそーちゃん・・・」

「なんだ柚葉?」

「あのね?椅子もっと近づけても良い?」

「ん?別に良いぞ?」

「じゃあ遠慮なく。」


 うお!?

 これは近すぎだろ!


 この椅子は、背もたれがあって肘掛けが無いタイプの椅子だ。

 柚葉は、それをぴったりと横付けし、そこに座ってもたれかかって来た。


「あの・・・柚葉さん?ちょっと近すぎませんか?」

「え?これくらい普通じゃない?だって私達、幼馴染みだし。」

「・・・まぁ、良いが。」


 柚葉は、俺の肩に、猫が顔をこすりつけるようにする。


「ん〜!そーちゃんの匂い!!」

「やめなさい柚葉さんや。」

「やだも〜ん!!」


 ご機嫌な様子な柚葉に、苦笑してしまう。

 なんだかんだで、俺はこの幼馴染みには弱いようだ。


 ひとしきり堪能した様子の柚葉は、こすりつけるのを止め、俺の肩に頭を乗せると、ぽつりと話始めた。


「・・・ねぇ、そーちゃん・・・」

「・・・なんだ?」

「私ね?私が失敗して、そーちゃんと疎遠になった時・・・心配してた事と気がついたがあるの。」

「・・・何を?」

「心配はね?そーちゃんに私以外の彼女が出来ちゃうことだったんだ・・・」

「・・・」

「そーちゃんの忠告をしっかりと聞かずに、適当に彼氏を作った女が何を言うんだって思うかもしれないけど・・・私はあの時、交際そのものに興味があったの。だって、私が凄いと思ってた、そーちゃんでもまだしてなかったから・・・そーちゃんに、少しでもしっかりしたな、大人になったなって認めて貰いたかったんだ・・・でも、その結果まで考えつかなかったんだ・・・」


 柚葉がもたれかかったまま、顔を伏せる。


「私、本当に馬鹿だった。そーちゃんの事、大好きだったのに・・・そのせいでそーちゃんから見切りをつけられて・・・切り捨てられて・・・彼氏は・・・酷い人で・・・なんにも無くなって、そこで初めてそーちゃんを、男の子として好きだった事に気がついたの。お母さんに泣きついて、相談して・・・私が、そーちゃんに彼女ができちゃったら?ってお母さんに聞いたら、祝ってあげなさい、そーちゃんみたいにって言われて・・・私、それを聞いて・・・頑張るってお母さんには言ったんだけどさ・・・ホントはね?こう思ってたの。」


 柚葉は、潤んだ目で、俺を見上げた。


「『そんなの絶対嫌だ』って。」


 そして、また、視線を落とす。


「そう思った時、どれだけそーちゃんが大人だったのか、はっきりとわかった。そーちゃんは・・・多分、私が彼氏を作った事に、ショックを受けていた筈なのに、それでも、おめでとうって言ってくれたでしょ?私は・・・自分がいかに子供かって事を・・・突きつけられたの・・・」

「柚葉・・・」


 柚葉の目から、ぽとぽとと雫が落ちる。


「・・・それは多分・・・今でも変わらない。私は・・・大人になってないの・・・詩音ちゃんも、翔子ちゃんも、黒絵ちゃんも・・・みんなそーちゃんを支える強さがある・・・私だけ・・・そーちゃんに依存してる・・・私は・・・私の弱さが大嫌い・・・」


 柚葉が、呟くようにそう告げた。

 

「柚葉、それは違う。」

「・・・そーちゃん?」


 俺は柚葉の頬に手を添え、顔を上げさせる。

 柚葉の瞳に浮かぶ涙が、キラキラと光で反射して、とても綺麗に見えた。


「お前は、その弱さを乗り越えて、俺の家に来て懺悔した。俺に拒絶される可能性だって考えた筈だ。それでもお前は、前に進もうとした。」

「・・・でも、それだって、詩音ちゃんにそーちゃんを取られちゃうかもって思って・・・」

「それでもだ。俺は・・・俺は少しだけ前を向けたが、まだ、足踏みしている。父さんの死を・・・乗り越えられていない・・・。俺は・・・俺には、前に進んだお前が格好良く見えるよ。お前は・・・強くなったんだ。」

「そーちゃん・・・」

「だからな?もう後ろ向きになるのはやめろ。お前のそういう無邪気なところに・・・俺は多分、癒やされてるんだ。それは、いずれ、俺が足踏みを止め、前に進む為の力になると思う。」

「・・・そうかな?」

「そうだとも。正直に言って、俺はお前たちに惹かれているのは自覚している。この先、誰を好きになるのか・・・俺にもわからない。それでも、必ず結論を出そうと思っている。待たせる事になるが・・・」


 俺がそう言った所で、柚葉が笑顔で俺の頬に手を添えた。


「そーちゃん?良いんだよ?それで良いの。私も・・・詩音ちゃん達も、それを望んでいるもん。ちゃんと考えて、それで・・・前に進もう?私も頑張るから!そして・・・そして、もし、そーちゃんが・・・悲しいけど、私以外の誰かを望んだら・・・その時は」


 柚葉が、突然身体を起こしながら、俺に顔を寄せ、頬に口づけをした。


「お前・・・」


 俺が驚いていると、柚葉ははにかんだ笑顔で、


「えへへ?今のは、私の決意だよ!!もし、そーちゃんが他の子を選んだその時は!私はちゃんと『お幸せに』って言ってあげるから!!でも、絶対に私は負けないもん!!そーちゃん!!私頑張るね?」


 そう言った。


 ・・・柚葉も輝いている。

 強い瞳でそう言う柚葉を俺はまぶしく見つめるのだった。







 と、ここまではいい話風だったんだけどなぁ・・・その後は、流石は柚葉だった。

 少しの間、くっついて無言で景色を見ていたんだが・・・


「ねぇそーちゃん?ついでに唇にもしていい?」

「いいわけ無いだろ!」

「え〜?ちょっと位良いでしょ?幼馴染みだし!・・・この場合ちゅっと位?」

「・・・お前ね?普通、幼馴染みはそんな事しないっての!つまんない冗談も言わない!」

「・・・そーちゃん、本当に硬いなぁ・・・ちっちゃい頃ならしてくれたのに・・・」

「・・・唇にはしてないだろ。」


 こんな事を言い出した。

 こいつはまったく・・・頬でもギリギリだっての!!


 しかし、そんな俺をよそ目に、柚葉はハッとしたように顔を上げ、


「あ!そうだ!!私のおっぱいで揉みほぐしてあげたら、柔らかくなるかな?」

「お前何言ってんの!?むしろ硬くなるわ!!・・・じゃなかった緊張するわ!!」

「え?なんで硬くなる・・・あ!?そーちゃんのエッチ!!」

「お前がエッチなんだよ!!」

「う〜ん・・・でもそーちゃんが望むなら・・・良いよ?」

「俺は!一言も!!そんな事言ってねぇ!!!」

「え〜?」


 ・・・勘弁してくれよ。

 まぁ・・・なんだかんだでホッとするんだけどな。


 こいつの、こういう所を見るのは。

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