第42話 現実逃避(2)

「納得出来ない・・・いえ、したくないみたいね。まぁ、それだけの経験をしたのかもしれないけれど・・・そうね、一つだけ約束してくれない?」

「・・・何?」


 母さんが俺を見る。

 真剣な顔だ。


「あなたの個人的な思いを否定する気はないわ。でも、家族を理由にして、あの子達の想いを否定するのは、私には納得出来ない。それだけはやめて。」

「っ!!」

「みんなとても良い子じゃないの・・・それに、総司の事を好きだって事が良く分かるわ。あなたがよく口にする、筋を通すと言う言葉、私は嫌いじゃないわ。正しいとも思うしね。でも、筋を通すのであれば、あなたも正しい筋の通し方をしなさい。少なくとも、家族とはいえ、他人を理由に、あなたへの想いを受け取らないなんて事はしないようにね。」


 ・・・耳が痛い言葉だ。

 確かにそうかもしれない。


「決めるのはあなたよ。そして、あの子達。あの子達のあなたへの想いを否定するのは、あなたにも出来ないわ。私が言いたいのはそれだけ。」


 あいつらの想いか・・・

 そして俺の想い・・・正直、まだわからない。

 

 惹かれてはいる。

 だが、惚れている、ではない・・・と、思う。

 少なくとも、今はまだ。

 黒絵は、確かに以前そんな状態だった気がする・・・

 だげど、俺は『クレナイ』を辞める決意をした時に、その想いも置き去りにした。

 それだけの覚悟をもっての決意だった。

 

 今、またつるむようになったからと言って、すぐにそれが湧き上がる訳ではない。

 というより、シオンや柚葉・・・それに・・・翔子も多分だが、あいつらの覚悟と気持ちを知った今、すんなりそう思える訳が無い。

 ・・・黒絵には大変申し訳無いが。


 思えば、俺はあいつらと友人関係をするだけの余裕は出てきた。

 だが、恋愛という意味では、まだそんなに余裕が無いのかもしれない。

 俺の中には、未だに殺された父さんの事や、倒れた母さん、泣きながら俺に苦言を言った瑞希の事が頭にこびりついている。


「ねぇお兄ちゃん?」


 そんな俺を見て、瑞希が話しかけてきた。


「なんだ瑞希?」

「あのね?もう私も中学三年生だよ?何も出来ない子供じゃないの。確かに受験はあるけど、それでも、少しは家事だって手伝える。全部お兄ちゃんがやる必要無いんだよ?それに・・・」


 瑞希は少し辛そうな表情をした。


「・・・多分、お兄ちゃんがそうやって家事を全部やろうとするのは、私とお母さんへの罪滅ぼしもあるんでしょ?」

「・・・気づいてたのか。」

「それくらいわかるよ・・・家族だもん。でも、もう良いんじゃない?私は、お兄ちゃんが心底反省して、家族を大事にして来たのは見てきたから。これ以上は、逆にこっちが辛くなるよ・・・私だって家族を想ってるんだもん・・・お兄ちゃんが青春を捨ててまで、家族に尽くそうとするのは・・・嫌だ。お兄ちゃんにだって、幸せになって欲しい・・・」

「瑞希・・・」


 そんな風に考えていたのか・・・

 俺は瑞希の頭を撫でる。


「・・・子供扱いしないでよ・・・」

 

 瑞希は、顔では不服そうにしているけど、こちらに頭を寄せている。

 どれだけ大きくなっても、妹は妹だ。

 俺はこの先もずっとこうするだろう。


「・・・瑞希の言う通りね。私も同じよ?昔と違って、お母さんだって仕事に慣れてきたから、余裕はあるわ。もう少しあなたも自分の時間を作りなさい?」

「・・・母さん。」


 母さんは微笑んでいた。

 ・・・そうだな。

 俺も少し考えてみよう。


 自分の幸せってのを。


「わかったよ母さん、瑞希。俺も、もうちょっと前向きに考えてみる。少しずつだが・・・」

「・・・ええ、それで良いのよ。少しずつで良いから。」


 ・・・本当に俺は良い家族を持った。

 だが、


「・・・無理じゃない?」

「何?」


 瑞希が不穏な事を言った。

 何が無理なんだ?


「だって、詩音さんも、柚ちゃんも、翔子ちゃんも、黒絵さんだって、すっごい積極的だったじゃん。多分、お兄ちゃんが望むと望まずとも、巻き込まれて、無難じゃなくなって行くと思うよ?」

「ははは、瑞希。そんな訳ないだろ。いくらなんでもそんなに劇的に変わるわけないさ。」

「・・・だと良いけどね。」




 以上が昨日の事である。

 回想終わり。


 そして今。


「・・・」


 俺は無言で机に伏している。


 朝の騒動。

 そこからの俺のイメージの変動。


 そして、今の状況。


 ・・・まさか瑞希の言っていた事が的中するとは・・・


「総司?ほら?そんなだとご飯食べられないわよ?」

「そーちゃん?食べさせて欲しいの?良いよ?」

「・・・なるほど。これは不貞腐れているのをよそおった、かまってなんですね?じゃあ総司先輩?あーん・・・」

「待つんだ翔子。それはワタシがやろう。ついでに、ワタシの手料理を味わって貰おうか。何、ワタシは料理もそこそこ出来るからな。ほら、ソウ、あーん♡」

「な!?じゃ、じゃああたしも!あーん♡」

「む!?そーちゃん!私のお弁当にしよ?・・・作ったのお母さんだけど、そーちゃん、私のお母さんのご飯好きだったもんね!あーん♡」


 ・・・ねぇ、もうちょっと緩やかな変化で良いんだぞ?


 勿論、自分の弁当があるからと断ろうとしたが、俺の手作り弁当は奴らに強奪され、俺の食事は奴らからのあ~んで、ほぼ無理やり食べさせられる事になった。


 そして、今、


「あ”〜・・・」


 現実逃避している。

 これは、食事を終えた時に近寄って来た、光彦からの情報により、キャパシティオーバーを起こしたからだった。



 


「・・・いやぁそうそう足るメンバーだな!情報通りだ。」


 昼飯を食べ終え教室に戻って来た光彦が、俺達に近づいて来て、開口一番そんな事を言う。


「・・・なんのことだ?」

「裏掲示板でな?またお前の事が書かれてるぞ?」

「・・・何?」


 今度はなんだ?


「これを見ると、噂の暮内総司が、自分の教室でハーレム築いてるってよ!そんで、学校の美女達に手ずから飯を食べさせて貰ってる。もう、陰キャ偽装止めたんじゃないか?ってな。」


 それを聞いた瞬間、俺は机に突っ伏した。

 そして・・・


「あ”〜・・・」


 こうなったのである。

 

 心配して・・・いるようにも見えなくもないが、シオン達は俺を気遣っている・・・ように見せかけて、絶妙に俺の身体をまさぐっている。


 ・・・気づかない訳ないだろうに。

 ここぞとばかりに撫でくり回したり、わさわさしたりしている。


 はぁ・・・ホントどうしようか・・・


 いきなり変わり過ぎなんだよ・・・これはまいった・・・

 

 所詮、俺には直接的な力しか無いのが、骨身に染みてわかったのであった。

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