第31話 北上 黒絵(1)
この学校で、誰もが知る有名人。
文武両道。
容姿端麗。
完璧超人。
それがこの女を構成する評判だ。
長いストレートの黒髪。
怜悧な美貌。
大きすぎない胸と腰のくびれ、すらりとした細すぎない足、という抜群のスタイル。
見た目にはとても喧嘩が出来るようには見えない。
だが・・・この女の実家は北神流武術という道場をしており、その道場の娘だ。
その細さからは信じられない位の馬鹿力と、俊足、キレのある技、無尽蔵のスタミナ、そして・・・判断能力。
どれも、そんじょそこらの武術を齧った程度の人間では、何人いても相手にならない。
「・・・悪かったな。約束を破るような真似をして。」
「うん?『
「・・・妙な言い方すんな。」
「くくく・・・良いじゃないか。ワタシと『紅いの』の仲だろう?」
・・・これだ。
こいつには人たらしの才能がある。
気がつくと、スルッと懐に飛び込んでやがるんだ。
こいつは、俺・・・『クレナイ』の事を『紅いの』と呼ぶ。
だから、俺もこいつを『黒いの』って呼ぶようにしている。
自分で言うのもなんだが、不思議な関係だとは思う。
「・・・まぁ、それは良い。俺が今日来たのは、礼を言うためだ。」
「ん?別にいらないさ。ワタシは、『クレナイ』がクズチームに肩入れしていると聞いて、潰してやるつもりであそこに居たんだからな。もっとも、『紅いの』がそんなクズに肩入れするなんてありえないから、偽物だと思っていたのだが、まさか本物と蜂合わせるとは思いもよらなかったよ。」
「・・・」
嘘くせぇ・・・
どうせこいつの事だ。
どこかから情報を聞きつけて、俺がカチコミするって読んでたんだろうよ・・・
何かあったら手助けするつもりだったんだろうしな。
まぁ、今回は、そのおかげで助かったんだが。
「・・・いや、それは筋が通らねぇ。助かった。お前のおかげで、シオンや柚葉が傷つかずに終わった。ありがとう。」
「・・・」
俺は、しっかりと頭を下げる。
黒いのは無言だ。
俺は、礼を受け取って貰うまで、頭をあげるつもりはない。
こいつとの関係に、貸し借りは入れたくない。
「ふむ・・・なら、一つ頼まれてくれないか?」
そんな声が聞こえてきたから、顔を上げると、黒いのはニヤリと笑っていた。
・・・怖えよ。
「・・・内容によるが・・・基本的には俺に出来ることならなんでもやる。」
「うんうん。流石は『紅いの』だ!なら、今度家に来てほしい。」
「わか・・・はぁ!?」
何言ってんだこいつ!?
「何を不思議そうに・・・陰キャと見せかけたヤリチンの癖に。綺麗所三人
「ば、馬鹿野郎!そんな訳ないだろう!!俺は童貞だ!!って何言わせてんだてめぇは!!」
「くっくっく・・・『紅いの』が勝手に言ったんだろう?それに・・・そうか、まだ童貞だったのか。それは失敬!言い間違えたな。ヘタレくん。」
「おま・・・喧嘩売ってんのかてめぇ!!」
「何言ってんだい。ワタシは君から、今後目立たず無難に生きたいから、『クレナイ』として培った全てを置いて行き、目立たず生きる、とか言われて、唐突に切られたんだぞ?にも関わらず、あんな綺麗な子達にちやほやされて、めちゃくちゃ目立ってるじゃないか。これくらいの軽口は甘んじて受けて欲しいもんだね。」
「・・・ぐうの音も出ねぇ。」
そう。
俺は今でも思い出せる。
こいつとの最後の別れを。
あの喪失感を。
「うん。殊勝なのは良いことだね。君に頼みたい事とはね?彼氏のフリをして欲しいのさ。勿論、学校では無くて、家族・・・道場でだけだけどね。」
「何・・・?」
俺は唖然とした。
こいつがそんな事を言い出すとは・・・
だが、それよりも・・・
「理由は?」
そこが気になる。
「・・・ワタシの家が道場をやっている事は知っている・・・と、思うが、そこの方針として、門下生で一番強い者と子孫を残す、というのがあるのさ。強い次世代の後継者を作る為にね。で、ワタシは、今一番強い門下生のそいつが気にいらないのさ。」
忌々しそうに言う『黒いの』。
「・・・お前なら、そんな奴、ボコボコに出来るんじゃないのか?」
「勿論。だが、慣例となっているからね。両親が納得しないのさ。だから、彼氏として連れて行った者と戦わせ、そいつをボコボコにしたら、その決め方が間違っていると言えるだろう?」
「・・・なるほどな。」
そういう事か・・・
「一つ聞きたい。」
「なんだい?」
「道場関係者にだけ彼氏のフリをする、で良いんだな?」
「ああ、そうだとも。」
「・・・じゃあいい。恩返しさせて貰おう。」
そう俺が言うと、黒いのは、肩透かしを食らったみたいな顔をした。
「・・・もっと渋ると思ったんだけどね。」
「・・・まぁ、助けられてるからな。それに・・・いや、なんでもねぇ。」
「・・・そうか。」
気に入らねぇ。
こいつは、強くて綺麗で格好いい女だ。
そんな奴が、自分の好きなように相手を決められないのは我慢ならねぇ。
「なら、これからはワタシの事は黒絵と呼んでくれたまえ。いつまでも『黒いの』、じゃあね?」
「・・・わかった。俺の事はなんて呼ぶ?総司か?」
「ふむ・・・君にご執心の三人はなんて呼んでいるんだい?」
「・・・なんでそんな事が気になる?」
「
「そういうもんか・・・」
まぁ・・・こいつは、よくわからねぇこだわりがあるからなぁ。
「総司、そーちゃん、総司先輩って感じだ。」
「ふむ・・・なら、ワタシはソウと呼ばせて貰おう。親しげで良いじゃないか。」
「・・・好きにしろ。」
「そうさせて貰おうかな。さて、用件は以上だ。ご飯を食べようじゃないか、共にね。」
「・・・おう。」
なんかとんでもねぇ事になっちまったな・・・
まぁ、でも力になってやれるなら良いか。
こいつといると、あの頃を思い出す。
それに・・・こいつが、嫌な思いをしてるのはなんだかムカつくしな。
何せ・・・俺が昔、初めて恋を自覚したのは・・・こいつだったからな。
まぁ・・・そのおかげで、柚葉との件で、俺が柚葉を当時好きだったかもしれないと気がついたんだが・・・
なんの因果か、今頃、偽の恋人を演じる事になるとは・・・やれやれだ。
ま、しっかりと仕事はするがね。
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