第3話 お館様の気配

シークはマッサージが終わると洗髪してくれました。


シークの優しい眼差しを受けながら、私も瞬きもせず見返します

「頭皮も大事なんでしょ」

〝カノン〟が独り言のように呟き

「そんな風に考えながらは、してないよ」

シークが手を止め残念そうに言いました。


「おまえが好きだから、しているだけだ」

両手で頭全体を包むと一瞬、力を込めて掴んで離しました。


私は昔の有名な映画を思い出しました。


『風と共に去りぬ』

レット・バトラーが激情に流されてスカーレット・オハラの頭を胡桃のように割ることだって出来る、と嫉妬を表現したシーンです。


私は湯船から出てミストシャワーでボディのケアをされながら身体の熱を冷まし、もう一度湯船に浸かってシークにジュースをねだるとシークはいつのまに用意していたのか、シトラスの爽やかな香りのジュースを手渡してくれました。


オレンジやグレープフルーツとは違う、初めて見る不思議な空色の液体です。


「じゃ、外で待つよ」

シークは浴槽に私を残して浴室から出ようとしています

その姿を目で追いながら、ここには鏡がないことに気付きました。


〝カノン〟が思い出したように声をかけました

「ねぇ、本を持ってきて」

「わかった。おまえのお気に入りの人か?」

「うん。ここで読んで、それから…お腹が空くまでここで寝るわ」

「…なるほど、それで半日コースってわけか」

シークが歯を見せて笑ったのを初めて見ました。


すぐにビニールカバーの浴槽用の本を持ってきてくれましたが、それは『本』というより見た目は薄い大学ノートで豪華な皮のハードカバーで装丁されていました。


表紙には『リナ』と刻印されてます。


手渡しながら「お館様がおまえに新しい服を自ら届けてくださったよ」と言うと

「え、お館様がここにいらしたの?」

私は慌てて飛び起き、身体を拭かずにドアを開けて出てしまいました。


後からゆっくりシークがきて「バカだな、いつまでもここにいるわけないだろ」

笑って頭からタオルで包み込みました。


「あの方は私のことなんて何でもお見通しよ。自殺未遂の浅知恵さえも」


シークはさっきとは違い黙って優しく肌の雫を一粒ずつ溶かし消すように、タオル越しの掌で身体を包んでくれます。


シークがカノンを慈しんでいるのはここで目覚めた最初からわかっていました。


でも、それは男女の域を越えたもののように感じました。


そしてカノンもシークを異性として意識してないのは昨夜から体験しているこの身体の反応で理解しています。


トキメキのない、穏やかな好意です。


私は改めて自分がカノンに転生したことをここでの2回目の目覚めで確信しました。


夢でも幻でもない現象として受け入れるしかないようです。


『お館様』という存在にカノンの反応がとても強いので私は記憶がないとはいえ自殺した身分を忘れて好奇心が芽生え、とても気になり始めました。




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