第4話 カノンの宿命

お館様が届けてくれたのは夜のとばりが夕暮れに別れを教える時のような深いけど澄んだ青色のワンピースです。


スカートの裾がふくらむと光沢でグラデーションになります。


「この布地を見た瞬間におまえの顔が浮かんだそうだよ」


裸に直接着てみても何も着てないようなフィット感で陽だまりを纏う柔らかな布地に包まれた瞬間、〝カノン〟は母親を思い出しているようです。


でも色合いのせいか、たちまち夜の中にポツリと身を置いた、不安に包まれたあの時の『母との別れ』や『お館様との出会い』のシーンが心に浮かんでいます。


〝カノン〟が心の中で呟きました、お館様が私を買った時の母との別れを思い出させているのね…と。


シークはふと何かに気がついたようにカノンの瞳を覗き込みました。私はなぜか隠れているのが見つかってしまったような感覚になって少し焦りました。


「瞳の色が深くなった?」

「瞳が、どうかした?」

「薄紺色が濃い青色になっているが?」

「表現が違うだけで同じ色に思えるわ」


シークの少しの動揺を気にする様子もなく〝カノン〟はお館様からのプレゼントに感銘を受けています。


私は、このままなのか、パンツ履いてくれないのか?なんてハラハラしています。


「姿見を持ってこようか?」

「いいの、やめて。鏡を見たくない」


「もう何度も言っているが、鏡に細工などないから大丈夫なんだよ」

「私も何度も言うけど、そういうことではなくて鏡は一生見たくないの、自分が可哀想になってしまいそうだから。そしてお館様に見られたくないの、自分が鏡を見ている姿を」


シークが諦めの笑顔でため息をつきました。

「相変わらず、よくわからないな、おまえは綺麗なのに」


「もう興味ないの、瞳の色も忘れた」

「澄んだ明るい月夜のようだよ」


「これはもうお館様のもの、この綺麗な手はシークのおかげ、家事も何もしないでシークが全部してくれるから汚れることのない綺麗な指。お館様の思い通りの結果でしょう」


「もういい、カノン、もう言うな」


「大丈夫よ、もう自殺しないから、あれは本当は息を止めたらどうなるのかって試していただけなの」


「この会話も何度目なんだろうな」

シークが大きく一度だけ首を振ると、〝カノン〟は急に悲しくて苦しい気持ちになりましたが、私には何のことかと、わからないことだらけです。


「私はお館様に自らを売り込んだ時から覚悟は出来ているの」


シークはゆっくりと目を逸らしてしまいました。 


「お館様のおかげで私は自分の宿命を選んで変えることが出来たと思う」


「それは、おまえだけじゃない。俺はそれさえ持たないけどな」


カノンもシークもなんて悲しそうな声で話すのでしょう、私はよくわからないのにも関わらず、泣きそうになりました。


2人のそんな雰囲気に触れて、すっかり肝心なことを忘れてしまいました。


浴槽で読む予定だった本、あれはどんな本だったのでしょう? 


疑問が生まれると、知りたいことがたくさんありますが、これは長い夢って思えることもあるから、だとしたら目覚めが怖いので私はなるべく考えないようにして、ここで小さくなってずっと潜んでいたくなります。


奏音ではなくカノンという、美少女の中で。


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