第9話 ラブコメの幕は遅れて開く。
やがて、
「そんなことはどうでもよくて! つまり、五年ぐらい時間がかかるってこと、一つの言語を身に着けるのに! 赤ちゃんが完璧に日本語喋れるまでに大体そんくらいかかるでしょ? 自分の幼稚園の頃を思い出してよ。三歳ぐらいの頃から話せるようにはなってたけど、いろいろと物事を考えて相手に伝えられるようになっていったのって五歳とか六歳頃でしょ?」
「そう、だったかな……」
遠い昔過ぎて全然覚えていない。
「英語もそう。全く下地ができてない言葉を一から覚えるんだから。赤ちゃんが言葉を覚えるのと同じ苦労や段階が必要になるの。ただ、ひたすら聞いて、不格好でもいいから聞いた音をマネして発声する。それを繰り返して英語は身に付くの。で、それをやり続けて五年経ったその時、もうそのエリザ・ナイトさんって人もあんたも卒業して二度と会うことができなくなってる。だから、そんなよこしまな気持ちを持っているあんたに英語を教えても無駄ってわけ」
諦めろと両手を広げる
確かに、来夢が今言った理屈は納得できる理屈ではある、が———。
「留学して一年で身に着ける人だっているじゃん」
「ん~~~~……」
一瞬で論破してしまった。
来夢は両腕を組んで体を大きく傾けた。
「なん、って言ったらいいのか……そういう人だっているにはいるけど……まぁ、才能とか環境とかが嚙み合わないと」
「俺に才能があるかどうかはわかんないだろ?」
「だけど、環境はない」
「その環境ってそもそもなんだよ?」
「そりゃ色々あるけど。例えば、赤ちゃんが何で日本語を身に着けられると思う?」
「は? どういう意味だ? 親に教えられるからだろ?」
「そうだけど。英語圏にいる人はいつまでたっても日本語なんか覚えられないじゃない?」
「そんな当たり前のことを言われても……」
「そう、当たり前で気づきにくいんだけど、英語を身に着ける赤ちゃん。日本語を身に着ける赤ちゃん。その二人はそれぞれの言語を身に着けるのに最適な環境にいるのよ。英語圏にいる赤ちゃんは親から英語を教えられるのは勿論だけど、周囲にあるのは英語ばかりでしょ? 日本語も同様で。英語と日本語が混在している環境なんてないでしょ?」
「あ~……」
段々と言わんとしていることがわかってきた。
「つまり、英語漬けにならないと英語は身につかないってことか?」
「そういうこと」
ビンゴ、と言いたげに人差し指をこちらに向けた。
だが、
「でもよぉ」
「まだ何かあるのぉ~?」
しつこく食い下がる俺に露骨に嫌な顔を向ける
「こういう話もあるぜ」
「どういう話よ」
「英語を身に着けるのに一番の近道がある……」
テレビか、ラジオか覚えていないが、聞いたことがある。
「外人の彼女を作ることだってな」
「は? ……え、ん? それって……!」
疑問顔だった来夢の顔がドンドン赤くなっていく。なぜか。
「それって、それって……!」
赤い顔を押さえて顔をぶんぶん振る。なぜか。
来夢の顔が赤い理由はわからないが、反応を見る限り悪くはない。
協力は、してくれそうだ。
「いやぁ~、外人でも彼女でもないけど、持つべきものは英語が話せる幼馴染だよな。つまり仲のいい英語が話せる奴がいればいいってことだろ?」
「は?」
「友達として、教えてくれよな。来夢」
来夢に笑いかけて、握手を求めて手を伸ばす。
その手を、来夢はすぐに握ろうとせずに、俯いてプルプルと震え始めた。
「この……! しぃねぇ~~~~~~~‼」
そのままドロップキックをかましてきた。なぜか。
体重がべらぼうに軽かったので全く痛くはなかったが。
そして、この日から———橘来夢ことVtuber『ふかめたる』先生の英語教室が始まった。
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