第8話 『ふかめたる』の「ふか」は鮫の「ふか」

 来夢らいむの部屋に戻り、詳しい事情を話す。


 先日、イギリスから転校生がやって来たこと。彼女が英語しか喋れないこと。誰とも話すことができずに、いつも本ばかり読んで寂しそうにしていること。


 俺が、そんな寂しそうにしている彼女を救ってやりたいことを———。


「放っておけばいいんじゃない? その転校生だって覚悟はしていたでしょ」

「お前……! 何でそんな冷たいこと言うの……」


 最初は若干頬を赤らめてそわそわしていた来夢らいむだったが、エリザ・ナイトの話を詳しく掘り下げていくうちにどんどん不機嫌になっていった。なぜか。


「てっきり私は赤点とりそうとか、将来アメリカに行ってしたいことができたとか、そういったあんた自身のために英語を習いたいのだと思っていたら……まさか、女のため」

「いや、自分自身のためより他人のために尽くす方がよくないか?」

「あのねぇ、結局それって自分自身のためでしょ。何よ。寂しそうな彼女を救ってやりたいってとってつけた大義名分。結局あんたが金髪美少女の彼女が欲しいだけじゃない!」


 ギクッ、


 胸の奥底でそんな音が聞こえた……図星を付かれると本当に音って鳴るんだ……。


「別にそうじゃ……! いや、別に否定はしないけど、確かにエリザ・ナイトと仲良くなりたいとは思ってるよ。だけど、それ以上にエリザに楽しい思いをして欲しいと思ってはいるんだよ。だから、一人の女の子を救うためだって思ってさ」

「…………私が英語を身に着けるのに、どれだけ時間がかかったか知ってる?」


 呆れたように顔に手を当てる来夢らいむ


「去年引きこもったから……一年?」

「五年」

「は? いや、お前それじゃあ中学校の初めのころからずっと勉強してたことになるじゃねえか。引きこもってからアメコミにハマって勉強したんだろ?」

「引きこもり始めた時には大体基礎の下地はできてたの。アメコミにハマったのは小学校卒業間近。そのころからずっとアメコミとか映画が好きでずっと勉強してたの」

「そんなこと一言も……」


 そういえば、大体そこら辺からこの部屋に来なくなっていた。

 来夢は恥ずかしがり屋だ。

 だから、部屋の中に言い訳不能のオタクの証拠であるフィギュアは基本置かない。だが、ペン立てやマウスパッドなどの小物はところどころ赤い蜘蛛男のイラストが描かれていたり、星条旗を背負った盾を持ったマッチョマンのイラストが描かれていたりしていた。


「そうだったのか。あれもアメコミなのか?」


 来夢のベッドには鮫の大きなぬいぐるみが鎮座している。彼女の身長ほどはある大きさで、細長く、抱き枕のようだった。


「こ、これは……!」


 恥ずかしそうに来夢は鮫のぬいぐるみを抱きしめる。


「鮫は、元々好きだから……」

「そういえば、そうだったな」


 大切そうにぎゅっと抱きしめる彼女の姿が、子供のころとダブって見えた。


 水族館に行っても、小さくて可愛いクマノミのような魚には目もくれず、大きく怖い鮫のほうにばかり来夢は行き、目を輝かせてみていた。

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