第7話 「俺に英語を教えてくれ!」

 来夢の作業が終わるのを一階のリビングで待つ。


「あいつにあんな特技があったなんてな」


 テーブルの上に置いた柿のバスケットを見つめる。


 不揃いで傷が入っているものばかりで、綺麗なものは少ない。傷がないものでも小さかったり、形が悪かったり、何かしらの欠点があるものばかりだ。おふくろの実家の庭には柿畑がある。と言っても畑というほど広くて立派なものではなく、五、六本の柿の木の集まりを家族で呼んでいるだけの場所だ。そこからとれたものを送ってきているので、スーパーで並ぶものと比べると全然見かけも味も悪い。だが、その一つ一つには柿畑を一生懸命育てている祖父の愛情がこもっている。俺たち家族はそこに価値を見出し、この柿をスーパーの物よりも断然いいものだと価値をつけ、その情熱のままに他人に勧める。


橘来夢たちばならいむ、か」


 あいつも、そうだったんだな。

 何にもできない奴だと思っていたが、ちゃんと愛情を注いで価値をつけてくれるファンがいる。それもたくさん。

 将来の夢も持たず、目標もなくただ漠然と日々を過ごしている俺なんかより、ずっとでっかい人間になっていたようだ。


「なぁ~に気持ち悪こと言ってんのよ」

「お?」


 いつの間にか来夢らいむが降りてきてた。

 どこか、晴れやかな顔をしながら、俺の対面に座り、バスケットの柿をむんずと掴みそのまま齧る。


「にが」

「まぁ、市販のじゃないからな。でも充分うまいだろ?」

「まぁ、ね」


 顔をしかめながらも、来夢は二口めを口に付ける。


「何考えてたのよ。橘来夢たちばならいむ、か……って気持ち悪く黄昏てたみたいだけど」


 さっきの俺のマネをし始めたので若干イラっとする。


「別に。一年近く会わなかったし、引きこもってたから何も変わってないだろうと思ってた幼馴染が、驚くほど変わってて思うところがあっただけだよ。すげえよな……もう自分ができる仕事見つけて」

「っていっても一生食っていけるわけじゃないだろうし。そんなたいそうなもんじゃないわよ」

「そうなのか?」

「Vtuberに限らず、Youtubeの動画コンテンツ全体に言えることだけど、今はYoutube自体が流行っているから皆見てるし、ビジネスにもなるってだけで。Youtubeが飽きられたら一気に商売が成り立たなくなる。だから、今はお金を稼げているけど、私たちは案外一寸先は闇の業界で生きているのよ。だから、『ふかめたる』がダメになった先のこともちゃんと考えていたんだけど……まぁ、その考えをまだ実行しなくてよかったわよ」


 心底安心したように「ハァ~~~~……」と息を吐く。


「大丈夫だったのか?」


 来夢らいむの様子を見る限り、炎上騒動は落ち着いたように見えるが。


「うん」


 来夢らいむは思い出し笑いをするようにニヤけた。


「案外、人間って捨てたもんじゃないね。He is my little brotherって言ったら、みんな信じてくれた。『安心した』『ホッとした』『これからも応援するよ』って言ってくれた」

「そうか、ブラザーって兄弟って意味だよな。彼は兄貴ですって言ってくれたんだな?」

「そんくらい、いちいち確認しないでよ」

「……ちょっと待て、さっきブラザーの前にリトルって言ってなかったか?」

「…………」


 来夢の目が泳いだ。


「リトルブラザーって、小さい兄弟ってどういう意味だ……?」

「……弟」

「あぁ⁉ 誰が弟だって⁉ どう見てもお前が妹だろうが! ガタイだって俺の方がでかいし、顔も体もロリで小学生みたいな見かけしてるくせに!」

「何だとコノヤロー! 柿ぶつけんぞ!」

「せっかく持ってきたじいちゃんの柿を粗末にすんな!」

「誰が粗末にさせていると思っているのよ!」


 立ち上がって両手に柿を持ち、今にも投げつけそうな来夢だったが、せっかくの俺のおじいちゃんの行為を無駄にするわけにはいかない。そういう理性は残っていたようで、何もせずにスッと席に座った。


 シャク……。


 そして不貞腐れたように柿をかじる。


「クッハハッハハハハハ……!」


 何だか、昔に戻ったみたいだ。


「何笑ってんのよ! 本当に柿投げるわよ……もうっ。フ、アハハハハ」


 来夢も同じ気持ちになったようで、笑い出した。

 やっぱり気持ちが繋がると、嬉しいという気持ちになるもんなんだろう、な。


「…………」


 やっぱり、ちょっと考えてしまう。

 今日の、ずっと寂しそうにしていた金髪の彼女のことを。


「どうしたの? いきなり意味深な表情して目を伏せて。なんか変なこと考えている?」

「いや、別、に……」


 顔を上げて来夢の顔を見る。


「? なによ」


 ボケっとした顔で、柿をひたすら齧っている、いつの間にか英語ができるようになっていた幼馴染。


「なんつーか、おあつらえ向きだな……」



 ———いろんな偶然が重なる。運命とはそういうものかもしれない。



「来夢!」


 来夢なら、彼女を救ってくれるかもしれない———!

 俺は身を乗り出して、来夢の手を取った。


「何っ、何っ⁉ いきなり何ッ⁉」


 顔を真っ赤にして動揺する来夢。


「俺に英語を教えてくれ!」


 来夢なら、エリザ・ナイトを救える!


「はぁ⁉」

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