第4話 幼馴染は、変わり果てていた……

 『ライムちゃんによろしく』


 おふくろが残したあの一文がどうも胸に引っ掛かる。

 夕方の5時。

 二階建ての緑に塗られた壁の一軒家橘邸の前に立つ。

 この時間は来夢のお母さんは家にいる。

 専業主婦で華道が趣味のおばさんだが、華道教室はいつも昼間で夕方はテレビを見ているか、掃除をしたり洗濯をしたり家事をしている。


 ピン、ポ~ン。


 いてくれという望みを込めて、ためてチャイムを鳴らす……。


「出ねぇ……」


 足音は聞こえてこない。

 来夢の母親、橘菊子・44歳はどうやら留守らしい。


「帰るか」


 そう思った時だった。



「ウッッピョ~~~~~‼ オッホホホホ‼ ダッツライトォ‼」 



 橘邸の二階から奇声が聞こえてきた。


「あ?」 


 よく見たら、玄関の扉が開いていた。

 小さく、ほんの三センチほど。

 そこから、奇声が漏れ出ていた。

 久しぶりに聞いたが、この声は明らかに来夢らいむだ。


「あいつ……人の気も知らねぇで、ゲームでもやってやがるのか?」


 よくよく耳を澄ませば、バンバンといった銃声に近い音や、ピコンッと言った効果音。そして緊迫感のあるBGMが聞こえてくる。


『ライムちゃんによろしく』


「………ハァ」


 おふくろが珍しくあんなメモ書きを残していたんだ。

 気は重いが学校にも行かずに毎日ゲーム三昧のだらけ切った幼馴染に、久しぶりに説教でもしてやろうか。

 多分、おふくろもそういった役目を俺に期待していたのだろう。おふくろなりにライムの今後を心配し、同年代の俺からの説得なら、また学校に行ってくれるんじゃないかって。来夢らいむのお母さんがいないのもそういった理由からだろう。

 俺は昔から遊びに来た、勝手知ったる橘家に上がり込み、来夢の部屋の二階へずんずんと進んでいく。


「ウッヒ~! ホッホ~! イエスッ!」

「……ハァ」


 全くこっちが一年ぶりに幼馴染と対面しなければいけないと気を重くしているのに、対するあいつは気楽に奇声を家中に響かせている。

 嫌に奴の奇声がクリアに聞こえるが……多分、部屋のドアも開けっぱなしだ。


「ホッホッホッホ! ゲンキダ!」


 元気だ、って何?


 ———つーかさっきから、ホッホッホッホ言い過ぎじゃね?


 それに、何を言っているのか具体的には一切聞き取れない。

 テンションが上がりすぎて日本語を忘れたのか。

 二階の廊下に辿り着くと、案の定来夢の部屋の扉は全開でゲームの光と音が漏れている。


 全く……!


 コンコン、


 申し訳程度に開いている扉をノックし、


「おい、来夢らいむいい加減にしろ! 外まで声が漏れてんぞ!」


 一年ぶりに会う幼馴染を開口一番叱りつけた。


「————ッ⁉」


 部屋の中心でフードを被った少女が驚愕の表情で振り向いた。


「え—————」


 驚いたのは、こっちも同様だった。

 小柄で伸ばしっぱなしの髪の童顔の少女。

 大きな目に小さな鼻と整っているパーツを持っている彼女はその小ささもあって人形のようにも見える。以前は肩のあたりで切りそろえていた髪は人に会わなくなったせいかボサボサだ。

 驚いたのは久しぶりに見る来夢の容姿の変貌……ではない。

 不摂生で太りまくっていると言うようなことはなく、逆に少しだけだが痩せていた。相変らず顔だけは可愛らしい幼馴染のままだった。


「お前、その画面……」


 驚いたのは彼女の目の前に置いてあったパソコンだった。

 でっかいモニターが三つ。観音開きのような配置で置かれ、中央のモニターの下に平べったいカメラらしき機材が設置されていた。そして、来夢の手前にはマイクが。カラオケで使うようなものではない。芸人の舞台で置かれるような長方形の眼鏡ケースに形が近いマイク。流石にあれほどスタンドが長くはなく、二十センチほどのものが取り付けられて机の上にポンと置かれている。

 来夢の目の前にあるのは明らかに撮影機材。それも、いわゆるYoutuberと言われる職業の人が使っているものだ。


「ア……エ……」


 顔を真っ赤にした来夢は目をウルウルさせた状態で俺を茫然と見つめている。

 彼女の向こうにある画面。それが俺を驚かせたもう一つの要因だった。

 一つはゲーム画面。FPSをやっているのか、戦場っぽいフィールドで迷彩服の銃を持ったキャラクターが立っている。

 もう一つはコメント画面。ユーザー名の隣にコメントが流れている。「HEY」「WHAT?」といった英語が妙に多いコメント。

 そして最後の一つのモニターには、ゲームのキャラクターが映っていた。緑色の髪に銀色の瞳。耳にウサギのようなアタッチメントをつけた、サイバーで近未来のスーツを着たCGでできたキャラクター。

 そのキャラクターは、表情がフリーズしていたが、来夢の頭の動きに連動して動いていた。まるでモーションキャプチャーのように。



「Why……Why are you here……? What are you doing……?」



 そんな声が、来夢の口から漏れ出た。


「え? なんていった?」

「わッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼」


 その後、突然発狂した来夢に飛び掛かられ、部屋の物が宙を舞う大乱闘となった。

 暴れる来夢を押さえるうちにいつの間にかパソコンのコンセントを抜いてしまったようで、来夢が落ち着いた時には、パソコンの画面がブラックアウトしていた。

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