第36話 星空の夜景
何処に向かっているのか分からないけど、車はスムーズに進んで、先生の中で行き先は決まっているみたいだった。
夕暮れ時の外の景色がだんだんと暗くなっていく。行き先の予想なんて全くつかなくて、ただ先生の横顔を見ていた。
「先生、、何処行くの?」
「なんか、景色の良いとことか行ってみよっか」
真っ直ぐに前を見たまま、先生が言った。これは、どういうつもりなんだろう……ポツリと浮かんだ想いを打ち消して、今はただ、何も考えないようにして流れに身を任せよう。
しばらくして高速道路に入ると、さらにスピードを上げた。勢いよく通り過ぎる景色をぼんやりと眺めていたら、夕焼けで色づいた幻想的な空が目の前に広がっていた。
先生は、一体何を話したいのだろう……無言の車内で緊張だけが増して、いつも思いつくようなくだらない話でさえ今日は何も思い浮かばなかった。
先生も、同じなのかな。
高速を降りて、屋外の広い駐車場に車を停めると海の方角へ向かって歩き出す。
海までの道もムードのある雰囲気で、きっと大人のデートスポットなんだろうなと感じた。そしてまた、少しずつ緊張感が増していった。
「寒いね」
先生が何気なく言ったその言葉と、振り返った顔が初詣に行った日を思い出させる。すごく昔の事の様に感じるけど、まだ1年も経っていないんだな。
そんなことを考えながらゆっくりと歩く先生の後ろを付いていくと、急に船の様な形の建物が現れた。
そのまま真っ直ぐ階段を上がると、屋上にたどり着いた。屋上は一面が広いウッドデッキになっていて、ものすごく開放的な景色が目の前に広がっていた。
「うわぁーー、すごい!」
眩いほどの煌びやかな景色を目の当たりにして、それ以上の言葉が出なかった。
「よかった、、初めてだった」
私の顔を見た先生が、嬉しそうにそう呟く。
冬の気候で空気が澄んでいるせいか夜景がさらにキラキラして見えて、それが反射した海面は、まるで星空が広がっているかのような光景だった。寒さも忘れてしまうくらい。圧倒されて息をのんだ。
こんな景色、今まで見たことなかったな。
「唯……」
突然名前を呼ばれて振り向くと、先生が凄く優しい表情をしていた。見つめ合ったまま、時間が止まっているみたい。
薄暗い中に、先生の目が潤んでキラキラしているのが見えた。
「やっぱり……無理だ」
聞き逃してしまいそうなくらい小さな声で呟いて、私に1歩近づいたかと思うと、また夜景の方を向いてしまった。無作為に柵に手をかけると氷のように冷たくて、手を温めながら先生の次の言葉を待った。
「初めは、ただの一人の生徒としか……思ってなくて、」
「……うん」
話し始めるとまた、ゆっくり体ごとこちらに向けて、見たこともないくらい真剣な顔をしていた。
「いつからか、可愛く思えてきて……でも、それは生徒だからじゃなくて」
ゆっくりと、振り絞った言葉をひとつひとつ並べて、こんな子供の私にちゃんとした言葉をくれた。
「……ただ、特別だっただけ。そう思おうとして、無理やり振り切ろうとして……さ」
言葉の端々に、優しくなだめる様な口調が入る。
「受験だから、身を引いたとか、、そんな綺麗な話なんかじゃなくて、ただ、周りに、嫉妬していたのかもしれない」
強いような、弱いようなその視線をそらすことはできなくて
「いつか、いなくなっちゃうならこのままがいいかなって、自分勝手な選択をしたんだ……」
そんな、中途半端な気持ちで私だってずっと好きだった訳じゃないのに……そう言いかけたけど、先生はまだ話し続けた。
「本当は、自分に自信がなかったのかもしれない。同年代の男の子といる唯が楽しそうで見てられなかった。」
私の目から、自然と涙が流れた……
私が子供だから、相手にされなかった訳じゃなかったんだ。
こんなにも真剣に向き合ってくれて、ちゃんとに先生の気持ちを伝えてくれるなんて夢みたい。
「……大丈夫だよ、先生のこと、一生大切にするから」
それなのに、私の口から咄嗟に出た言葉は、なんだかプロポーズの言葉みたいで、2人で顔を合わせてクスッと笑った。
「うん……唯を忘れるなんて、無理だって分かったよ。もう、、俺から、離れようとしないで」
「うん、分かった。ずっとずっと、先生だけを見てるね」
言い終わると同時に、先生の両腕が私を包み込んだ。
ギューッて抱きしめられたら、やっぱり薬品と石鹸が混じったような先生の匂いがして、懐かしくて、心地よくて、胸にキュンと鈍い痛みを感じた。
制服でいる事も忘れて、私達は長い間抱きしめ合っていた。
ようやく、くっ付いていた肩が離れて顔を見合わせると、先生の唇しか見えなくなって……、そっと近づく……
そして、お互いの唇が触れる、寸前に――
グゥーーってものすごい音がした。
一瞬だけ目が合うと、先生が豪快に笑っていた。
「唯、ごめん、、お腹空いちゃったかー」
そう言って、頭をガシガシ撫でるけど、こんな最高のムードの中で、恥ずかしくて。恥ずかし過ぎて、顔を上げられなくなってしまった。
「……ごめんね」
「いいよ、ほんっと面白いな、じゃあ行こ」
先生がケタケタと笑いながら、私の手を取って、歩き出した。
今日はお祝いだから、私が食べたいものをご馳走してくれるみたい。
「合格のお祝い? ……それとも、付き合ったお祝いかな?」
何て答えるのか反応が見たくて、ついそんな言い方をしてしまう。
「……どっちも、だろ」
鼻を擦りながら、照れているのが分かるような予想通りのリアクションだった。そして、色気も何もないけど、中華街でお腹がはち切れそうなほどたくさん食べて帰った。
もう、楽しくて、幸せすぎて、、苦しい
帰りは、いつもの横浜駅西口で車を停めてくれたけど私はまだ帰りたくなくて、会話を途切れないように思いつく限りの話題を広げた。
行きの車の中とは正反対で、心が満たされている実感があった。
「ほら、そろそろ遅いから、また……」
先生らしく、突然に話を切り上げる。やっぱり、大人だな。
「えー、もう帰らないとダメなの?」
今までこんな事言えなかったな。それなのに、先生はいつも通りで動じなくて
「はいっ、鞄。気をつけて帰れよ」
そうやって淡々と私の世話を焼いて、鞄を渡した。それじゃあ付き合う前と同じじゃんって、つい言いそうになった時
「あと、これ……」
そう言うと、パッと肩を引き寄せて不意に唇が触れた……
「さっき、できなかったもんね」
そう耳元で囁いてから、ニコッと余裕な笑みを浮かべた。先生はやっぱり確信犯だ。背中がゾクッとなると同時に鼓動がどんどん速くなるのが分かった。
「先生……好きだよ、ずっとずっと、大好きだったよ」
そして、私の好きが言葉になって溢れていた……
こうやって自然に伝えることができる今が嬉しくて、他にはもう何もいらないと思った。
「俺も、、だから……大事にする」
そう言い終えると、また唇が重なって、やっぱり2回目の方がもっともっと柔らかく感じた。
――大事にする
その言葉で、この先の不安も何も心配しなくて良いんだと思えた。
まだ肌寒い3月の半ばに、私にもようやく
春が訪れた――
放課後、会いに行くね 逢澤ナナ @igaccho01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます