第34話 卒業式
家に着くと、まっすぐ自分の部屋に入ってベッドにうつ伏せた。
このまま先生の事を嫌いになれたらどんなに良いだろう。もうこのまま一生会わなかったら、だんだんと忘れていくのかな。
胸がキューッと締め付けられるような痛みも、苦しくて息ができない感覚も大人になれば忘れちゃうのかな。
先生も、同じだよね。私のことなんて、すぐに忘れちゃうんだろうな。
何もかも、全力でぶつかれたことだけは本当に良かった。だけど、全力すぎて、ちょっと疲れちゃった。少し休もう、休んだらまた、歩き出せる気がするから……
泣き疲れてウトウトとしながら、想い出が走馬灯のように流れる。思い描いていた未来が訪れることはなくて、2人で別々の道を歩きはじめていた。
さようなら、高校時代の大切な思い出。
それから、卒業式当日まで学校を休んでしまった。
「ほら、もう起きてー! 最後くらい、ピシッとして行きなさい」
部屋に入り込んできた母の声で目が醒める。
そして、ハッとした!
「やだ! お母さん! 今日合格発表!」
バタバタとリビングへ降りると、ノートパソコンを開いて電源を入れた。本当は大学まで行って掲示板で確認したかったけど、神奈川県にある家から都内の大学までは少し遠いし、今日は卒業式だったからネットで確認することにしていた。
「……どう? まだ?」
電源を入れてから、インターネットのウェブページが開くまでに時間がかかる。大学のホームページを開くとアクセスが集中しているのか、ぜんぜん進まなくて。
「あー、まだかなー……」
その間に、受験票を取り出して受験番号を手元に置いた。
……
……
ようやく大学のホームページの入力画面に進むと、すぐに受験番号を打ち込んだ。
画面が切り替わると、大きな文字がパッと目に飛び込んできた。―—合格。それは予想外の二文字だった。認識した瞬間、言葉にならない声で母と手を取り合っていた。ワァーーーって泣いて、何か一つでも報われたことに安堵して、朝から思い切り嬉し涙を流した。
「……頑張ったね、ほんと、、よくやったね」
母も涙ぐんでいて、心から喜んでくれているみたい。本当に嬉しかった。私の念願だった、第一志望の大学に合格した。
実際は受かる自信なんて全然なくて、第二志望の大学に行くことになるのだろうと思っていたから、本当に本当に嬉しくて、すぐに支度を終えると家を飛び出した。得に待ち合わせなんてしていないけど、学校の最寄り駅で待ち伏せした。
「拓海! おはよー!」
案の定、いつも通りの時間に改札から出て来た。
「おめでとう、受かったんでしょ」
拓海は私を見るなりクスリと笑って嬉しそうにそう言ってくれた。
「やっぱり、バレちゃったか~」
「すごいよ、第一志望に受かるって、よく頑張ったじゃん」
「拓海は? どうだった?」
「第一志望はダメだったけど、第二のとこは合格したから」
「そっか……レベル高いとこ受けたもんね」
「うん、まぁ、受けてみたかっただけだし第二受かってとにかく一安心だよ」
そう言って、吹っ切れたみたいに曇りのない笑顔で笑った。
お互いに違う大学に進むけど、寂しくなんてなくて、拓海ならきっと何処でだって大丈夫だと思った。
「そう言えば、早退した日からずっと休んでたけど大丈夫だったの? どっか具合悪かった?」
「ううん、もう治ったから大丈夫だよ! 心配してくれてありがとう」
詳しくは、言わなかった。もう終わった、私と先生だけの話だから。
「あー、もう今日で最後かーー」
「そうだね、もう卒業するんだね」
やっぱり、高校最後の日は寂しくて全力で色々なことに取り組んできた分、思い入れが強くて、今更遅いけど、1分1秒を大切にしたくて1歩1歩踏みしめて進んだ。
「拓海、ありがとうね。受験頑張れたのって、拓海がいてくれたおかげだよ」
不思議と照れくささはなくて、自然に感謝の気持ちを伝えることができた。
「僕だって、唯が居てくれたからいろんな事に興味持てたし、すっごい楽しかったよ」
拓海は、本当に大切な人。お爺ちゃんとお婆ちゃんになっても、ずっとずっと友達でいたいと思えるほどに。今までの事、心から感謝している。
チャイムが鳴ると、廊下に並んで体育館まで歩いた。みんなと並んで歩くのも最後なんだな。前を向いていると、隣のクラスの列から蒼が手を振ってくれた。
もう高校生活も最後か、楽しかったな。そう思うと、やっぱりものすごく寂しくて、泣いている子を見るとつられて泣きそうになってしまった。
体育館へ入ると、シーンとした静けさがあって、いつもより広く感じる。それくらい今まで過ごした中で一番の緊張感を放っていた。
名前を呼ばれると出来るだけ大きな声で返事をして、卒業証書を受け取る。たくさんの視線を感じながら席に戻るまでの一連は、いくら練習しても手が震えるし、やっぱり本番はいつも以上に緊張してしまった。
仰げば尊し。涙声で聞こえる。中学校の卒業式とは全く違っていて、高校生活は自分で考えて行動している分、重みが違うのかな。
最後のホームルームで先生から挨拶があると、また泣きそうになってしまった。
「唯、あのさ、、アルバムに一言でいいから、何か書いてくれないかな」
ユカとは、あの日から必要以上に話すようなことはなくなっていたけど、最後に和解できるなら、願いを聞くことは簡単だった。
「うん、いいよ」
他の子みたいにたくさんは書けなくて、一文だけど、ユカが前向きになれそうな言葉を選んで書いた。
「ありがとう、唯、色々ごめんね」
「ううん、いいの、ユカも頑張ってね」
「うん、ありがとう。唯も頑張ってね」
これで、気持ちよく、幕を閉じることができた。
ありがとう、一緒に過ごしてくれたみんな。思い返せば、楽しいことばかりの高校生活だったな。涙を浮かべながら少しの間、思い出に浸った。
学校を後にして、待っていてくれた母と合流した。今日は久しぶりに母と2人でランチをした。
「ほんとに、友達と行かなくてよかったの?」
「うん、別に誰にも誘われてないし」
そう言うと、母はクスッと笑ったけど嬉しそうだった。
だって、今日はお祝いだもんね。少し高いお店でランチをした。家から大学に通うのは遠くて、今月中には一人暮らしが始まるから、こうして2人で外食する事も少なくなっちゃうのかな。
「住むところ、探さないとね」
「私に一人暮らしなんてできるのかね?」
「初めは大変だよー、でも慣れてくるから大丈夫」
卒業すると、急に大人にさせられる気がした。でも、頑張らなくちゃ。
店を出ると、そのまま仕事場に向かう母と別れた。
私は、まだ真っ直ぐ帰る気にはなれなくて、駅ビルのカフェに入った。これから都内で一人暮らし、、そう改めて考えたら、急に心細くなってしまった。
何も分からない場所、まだ向こうに知り合いもいないし、やっぱり怖いな。コーヒーを飲みながら、考えていた。
ふと、入り口の窓ガラスに反射して自分が映る。カフェで1人でコーヒーを飲んでいる姿が、ちょっと大人みたいだなって感じた。
いつから飲めるようになったんだっけ……思い出したら、理科室でコーヒーを淹れる、先生の後ろ姿がフラッシュバックした。
なんでだろ、さっきまでは思い出さないでいられたのにな。
せっかく思い出さない練習、してたのにな。
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