第33話 告白

 先生が、2人きりになるのを拒んでいるかのように、窓を開けて閉じこめられていた空気を解放した。キリッと冷たい風が勢いよくカーテンを揺らして、私の心も少し冷静になった。


 私がここへ来たこと、迷惑だったのかな。一瞬ひるんだけど、やっぱりちゃんとに伝えたいと思った。結果なんてどうでもいいから、先生に今伝えないと、もう二度とチャンスはないと思った。


「先生、今話してもいい?」

「うん、いいよ」

 そう言うと、静かに前に座る。手を膝の上に置いていて、私の緊張が先生にも移ったみたい。


「先生と一緒にいたくて、勉強頑張ったよ。それなのに、突然いなくなっちゃって

本当に悲しかった……」

「ごめん。それは、ほんと、、ごめん」

 目線を上げると、先生の瞳が申し訳なさそうに見つめていた。

 

「推薦の話も聞いたよ、先生の言うこと、ちゃんとに聞いておけばよかったよ」

 先生はクスッと笑って、うんうんって頷く。自分の感情が溢れそうで、鼓動が速くなって、涙が出ないようにゆっくり話した。できるだけ慎重に、言葉を選んで。

「応援してくれてたことも、ありがとう。感謝してる」

 付箋のことも、気にかけてくれていたことも、全部全部思い出した。


「……先生は、私の気持ち、知ってたでしょ? それなのにどうして、会わないまま居なくなろうとしたの?」


 目の奥を見つめると、先生の視線は揺れることなくまっすぐに私を見つめ返す。


「会わないままいなくなろうとなんてしてないよ。ちゃんと卒業までには、話そうと思ってた」


「そっか…」


 何て話そうと思っていたのだろう。私は気持ちをただ伝えたいだけでここまで走ってきたんだよ。


「私も、卒業式で、先生に告白するつもりだったんだ――」


 先生は口を結んだまま、ただ、うんって言って、笑顔でもなく、迷惑そうでもなく、ただ無表情で私を見ていた。


「……そんな顔しないで」


 多分、嬉しいのとは、違うんだろうな。


「先生が、ずっと好きだったよ。卒業したら、先生と付き合いたい」


 言ってしまった。こんなにサラッと。

 ただカーテンだけが揺れていて、先生は時間が止まっているみたいだった。



「……ありがとう」



トクン……トクン……



「受験も良く頑張ったし、俺もすごく応援してたから、結果はまだだけど頑張ってる姿が見れて、嬉しかったよ」



 うんって、頷きながら固唾を飲んで、次の言葉を待った。



トクン……トクン……



「……だけど、やっぱり付き合うことは、できないんだ」




 やっぱり……

 

 そうだよね、分かってた。だけど、面と向かって先生の口から聞くと、やっぱり悲しくて涙が溢れてきて我慢できるって思っていたのに、次々と流れる涙を止めることはできなかった。


「いいの、分かってたの。ちゃんと、断ってくれてありがとう」


 先生が瞬間的に手を伸ばしてきたけど、その手が頭に触れるのを遮って、テーブルに顔を伏せた。今触れられるのは本当に切ないから。


 もうすぐ卒業するのに、それでもダメで、先生が先生じゃなくなった今でもダメなんだね。一縷の望みだったその部分も、儚く消えた。


「大学行ったらさ、もっと大切な人に出会えると思うよ。唯だったら、すぐに見つけられると思う……」


 ドラマでありがちなセリフみたいな言葉を、ぼんやりと聞いていた。綺麗に終わらせようとしている先生の言葉に、だんだんと怒りがこみ上げてきそうになるのを必死で堪えた。


 だけど……


「そんなの、分かんないよ、先生より好きになれる人なんて本当にいるの?」


 私は綺麗な思い出にするよりも、自分の感情を止めることができなかった。もう終わってしまったんだし、何を言っても覆らないから。


「大丈夫だよ、若いんだし。これからいくらでも出会えるよ」


 そんなんじゃないよ……そんなもんじゃないんだよ……


 言葉で言っても伝わらなくて、どうしたらいいんだろう。タイムリミットはもうすぐそこなのに、冷めきったミルクティーが、視界に入って、もう終わりなんだなって悟った。


 もう、いいや――


「じゃあさ、何で御守り、付けてくれてたの?」

「なんで、手を繋いだり、キスとか、、してきたの?」


 先生は、俯いたまま何も言わなかった。そんな姿を見ていたら、私をただからかっていただけなのかなって気がしてきて、こみ上げた怒りと共に涙が流れた……


「ねぇ、なんで何も言ってくれないの?」


 泣きすぎて、言葉にならない言葉を聞き取ってくれたかは分からない。でも、何も言わないよりずっとマシでしょ。


「……決まってるだろ」


 小さく呟いた言葉を一瞬聞き逃してしまった。泣きながら先生を見上げると、もう一度繰り返した。


「―—好きだからに、決まってるだろ」


 先生が言った言葉が、スパッと胸に刺さった。


「…でも、ダメなんだよ。好きなだけじゃ、一緒にいられないんだ」


 今……また好きって言った。


「だから……もうこの恋は、終わりにしよう」

「なんで? なんでお互い好きなのに、終わりにしないといけないの?」


「教師と生徒だし、、こんなに歳も離れてるし。やっぱり、唯は同年代の子と付き合った方が楽しいと思う」


 なんで? 腑に落ちない言い訳。ぜんぜん納得できなくて、先生は結局、覚悟ができないんだって分かった。

 その程度の好きなら、言わないでよ。


「私だって、すぐに大人になるよ。大学で彼氏ができたら、ふつうに抱き合ったり、、そう言う事もすると思うよ?……先生は、それでもいいの?」


 大人ぶって、常識人ぶってるけど。ただ、覚悟がないだけじゃん。


「うん…いいよ」


 その言葉を聞いて、もうダメだと思った。これで終わりだ……。

 目の前にあるミルクティーを一気に飲み干して席を立った。


「もう、逢いに来ないから、安心して」


 先生の顔を見れなくて、どんな顔をしていたのかは分からない。知りたくもなかった。


 先生に逢いたくて仕方がなくてやっと逢えたのに、卒業式の前に告白して


 終わった――

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