第27話 私のせい
9月の終わりに近づくと、あっという間に体育祭当日になった。クラスごとに3つのカラーに分かれて競い合う体育祭は、1年生の時に楽しかった思い出があったからなんとなく、夏休みから楽しみにしていた。
教室から自分の椅子を運んでグランドの応援席に置くと、そこからの景色が解放感でいっぱいだった。
特に係は受け持っていないし、クラス対抗の種目と借り物競走にさえ出ればいいだけだから、思ったよりも気楽に参加できた。
2年生の棒倒しの後、いよいよ借り物競走になった。
長いネットをくぐってから平均台を渡って、そして白いボックスから1枚紙を引いて、それに書いてあるものを借りてゴールする……という流れ。
予行演習では、『長靴』が出てしまって、見つけるのにかなり苦労して最下位になってしまったから、本番では恥ずかしい思いはしたくないという思いで一段と気合が入っていた。こればっかりは、紙に書いてあるもの次第なんだけど。
――パァーンッ
勢いよくピストルの音がして走り出す。長いネットをくぐり抜けると、その時はなんとか前の方にいた。
けれど、それから平均台に登ると、日頃の運動不足のせいかよろよろとバランスを崩して落ちそうになってしまい、必死にこらえたけど大分失速してしまった。
気づくと後ろには誰もいなくて、かなり焦る……
どうしよう……みんな見てるし。焦りと緊張で身がすくんだ。
ボックスまで辿り着くと必死になって手を入れて、白い紙を1枚引いた。
お願い!!!!!
祈るように書かれた文字を見ると。
―—メガネをかけた人
辺りを見回しても、何故か見つからなくて、焦るばっかりで……
なんでだろう、必死に……先生を探していた。
そして、音響などが設置されているテントの中に色白の先生の顔を見つけた。
「せんせーーーー!!!」
大きく手を振ると、咄嗟に分かったのかすぐにテントから出てきてくれた。
「せんせー大変! こっち来て!!」
案外近くに居てくれて助かった。気づくとゴールまでの短い距離を手を繋いで走っていた。
1位でゴールすると、自然に両手を取り合って喜んだ。
「何? お題は、何だったの?」
先生が息を切らしながら聞いてきて
「ほら、これこれ」
紙を見せると、ちょっと嬉しそうに笑っていた。もっと他にもたくさんいるのに。そう言いたいみたいに。人差し指でツンツンと鼻を弾いて、照れ隠ししているみたいだった。
「先生、すぐ来てくれてありがと」
「うん、1位、良かったね」
そう言うと、ゆっくりテントへ戻って行った。走った後だからなのか、手を繋いだからなのか私の鼓動はまだ大きく響いていて、それはしばらくずっと消えなかった。
思い出すと、表情が緩んでしまいそうだから思い出さないようにしないと。そんなことを考えている最中も心臓がドクドク鳴りっぱなしだった。
借り物競走が全て終わってから席に戻ると、後ろから拓海が呼んで、手招きをしていた。
「拓海! 1位になったよー!!」
1位になったことが嬉しくて何も考えず報告すると
「ねぇ、紙になんて書いてあったの?」
喜んではくれない様子で、質問だけを投げ掛けてきた。
そうだよね。一部始終見ていたに決まってるよね……
「なんて書いてあったのか教えて?」
2度目は強めに言った。
「理科の先生……って、書いてあったの」
気迫が凄かったから、咄嗟にそんな嘘をついてしまった。
「へー、そんなのあるんだ」
少しだけ明るい声が返ってきたけど、それでもやっぱり嫌だったんだよね。私も必死だったから、手を繋ごうと思って繋いだ訳じゃないんだよ。そんな言い訳も、これ以上変な空気にしたくなくて言わなかった。
午前の部が終わって、お昼休憩になった。
「唯、屋上行かない?」
「うん、オッケー」
まだ拓海の機嫌は直っていなくて、仕方ないことだけど静かにお昼ご飯を食べた。
「今日、予備校は何限目から?」
「今日は2限目からだから、少し後夜祭見てから行こうかな」
「あー、蒼くん出るんだっけ」
そう被せるように素早く返ってくる。またちょっと、険悪なムード。
「ほら、見ないとうるさいからさー、ちょっと見たらすぐ行くよ。拓海も一緒に行かない?」
「僕はいいよ、1限目からあるし」
気持ちがすれ違っているのかな……これは誰のせい? 私のせい?
午後は応援団の応援合戦から始まった。賑やかで、盛り上がっていて、みんなが青春を謳歌しているように見えた。
それなのに、私の気持ちは晴れなくて、拓海を知らないうちに傷つけてしまっている。その事に、今日改めて考えさせられている。
いつもだったら、勉強にかまけて逃げていたのかな、今までも真っ直ぐに向き合えていなかったのかな……
拓海の寂しい目を思い出すと、ギュッと胸が苦しくなった。
最後のクラス対抗リレーが始まる。拓海が走っている姿を応援しながらぼんやりと見ていた。
受験が終わったら、何か変わるのかな……
最後の閉会式で総合得点が発表されると自分のクラスが含まれている青組が優勝だった。
ワァーーーーっとすごい歓声が上がって、泣いてる子もいたりして、いつになく盛り上がっていた。私は準備とかあまり参加できていなかったから、そこまでの感動は無かったけど、ちょっとだけ気持ちを便乗させてもらった。
閉会式が終わると、すぐにグランドの片付けが始まる。みんなでやると一気に終わるんだよね。今年最後の学校行事が終わろうとしていて、やっぱり少し寂しくなった。
――ここで、落し物のお知らせです
グランドから椅子を持って歩き出すと、ふいに放送が鳴った。
――車……なのかな? 鍵の落し物です
拓海、どこ行っちゃったんだろ、見当たらないな……
もう教室へ行っちゃったのかな……
――鍵の他に、赤いお守りが付いていて……
――えんむすび……なのかな……
ボソボソと、年配の国語教師の声が聞き取りにくかったけど、『赤い縁結びのお守り』そう聞こえた気がした。
もしかしたら……
でも、別の縁結びのお守りかもしれないし、……そんなわけないよね。
何かを期待する自分を諭すかのように、瞬間的に思い浮かんだ空想を自分で打ち消した。
そして、そのままグランドから立ち去ろうとした。
だけどやっぱり、知りたくて。体育館の陰に隠れて、持っていた椅子に腰掛けながら、落し物が置いてあるテントを静かに見張っている自分がいた……
何も考えないようにしてジッとして……微妙な緊張感の中、目の前を通り過ぎる後ろ姿が目に入った。
やっぱり……
先生だった……
先生は赤いお守りがついた鍵を受け取ると、すぐにポケットにしまった。やっぱり先生だったんだ。
車の鍵だし、誰かの親だったら縁結びは変だし。
先生が戻ろうとした時、また私の前を横切った。
5メートルくらいの距離、次は、私に気が付いてスローモーションで目が合った。
先生は目をまん丸くして相当驚いているみたいだった。視線がぶつかり合った1秒がまるで1分くらいの長さに感じられて、私の頬はどんどん熱くなった……
だって、単純に嬉しかったから……
先生は、ハッとして足を止めて、「そこで何してるの?」って、きっと全て分かっているはずなのに聞いてきた。
こんな分かりきった質問に、なんて答えればいいのだろう。
「……別に、何でもないよ」
緩んでしまった表情を元に戻せなくて、言葉とは裏腹な表情をしている。
先生はこの気持ち、どうしてくれるの?
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