第26話 打ち上げ花火
月末に行われた模試も終わり、午後は少しだけゆったりとランチをすることができた。いつものファミレスだけど、夏休みだから子供たちが楽しそうにはしゃいでいる声が聞こえる。
「ねえねえ、模試終わったんだけど、どこ行くか考えてくれた?」
「あー、その話ね」
拓海はそう言うと、ストローでメロンソーダを一気に飲み干した。その話題を振られるの、待っていたくせに。本当に可愛いんだから。
「じゃあ……あれは? 花火大会」
「あー! 三浦海岸の! 来週じゃん!」
「それなら数時間だし、いいかな」
「うんうん、賛成!」
予備校が夕方に終わって、それから走れば何とか間に合いそうな時間だった。浴衣も着たかったけど、今年は諦めなきゃな。行けるだけで十分だもん。
予備校の終礼のチャイムが鳴ると教室を飛び出した。暑い夏の日、まだ空は明るくて夕涼みなんて言っていられない暑さだけど、手を繋いで駅まで走った。オレンジと水色が交じったような幻想的な空を背に、これが青春なんだろうなと、解放感を感じながら。
ラッシュの時のような満員電車に乗り込むと、押されて2人でくっついてしまってピッタリとした距離感に急に恥ずかしくなる。窓の一部分しか見えないのに、必死にお互い反対側の景色を見ていた。ドキドキしているのがバレないように、平気なふりをして必死に窓の外を見ていた。
花火大会の最寄駅に着くと、海までの道のりが人で埋め尽くされていて少しげんなりする。それでも、歩いている途中で花火の音が聞こえ始めると、ワクワクして現実から開放されたみたいな気持ちが広がっていった。ギュッと離れないように手を繋いで、広くて真っ暗な砂浜を進む。空いている砂浜にシートを敷いて腰を下ろすと、音の鳴る方を見上げた。
――バァーーーン
夏の夜空に打ち上げられる花火は、息をのむほどに煌びやかで夢みたいで、本当に綺麗だった。こんなに近くで見たの、何年ぶりだろう。
「綺麗だねー」
それだけしか言葉が出なかったけど、2人してしばらく上だけを見ていた。
それから、屋台で買ったたこ焼きを食べた。お昼から何も食べていなかったから空腹がピークで、途中から花火よりもたこ焼きに夢中になってしまった。それを見た拓海が「花より団子だね」って言って笑った。
食べ終わると、拓海が寝転んで空を見上げる。
「ねえ、この方が見やすいよ!」
私も寝転ぶと、背中に感じる砂浜に日中の熱がほんのりと残っていた。何も言わず振り向くと、拓海のキラキラした瞳には花火しか映っていなくて、ふいに手を握ってみると、暖かい手がそっと握り返した。
花火の音なのか、自分の鼓動なのか。もう分からないや。
あっという間に花火は終わって、帰らなきゃいけない時間になったけど、まだ一緒にいたかった。
それなのに「じゃあ、帰ろっか?」って、拓海はペースを崩さなくて、笑ってしまう。
手を繋いで駅に向かって歩きだすと、見覚えのある大人たちが向こうから歩いてきた。よく見ると、学校の先生達で、その中に白石先生の顔もあった。
見回り、、なんてしていたんだ。
拓海が元気に挨拶すると、先生がチラリと目線を落としたから、慌てて手をほどこうとしたら拓海がギュッとそれを阻止した。
「まっすぐ、帰れよ」
去り際に、先生が小さくそう言ったのが聞こえた。
電車に乗っても、無言のまま拓海が少し怒っているみたいで、話しかけられなかった。理由は分かってる。先生の前で手を繋ぐのって変だよって、そう言いたかったけどやめた。
先に私の家の最寄り駅に着いた。
「じゃあね、おやすみ」
「家まで送って行くよ」
電車を降りようとすると拓海がやっと口を開いた。
「ううん、いい、お母さんに見られたら怒られるし」
だけど、そう言って断ってしまった。
少し気まずいムード、花火を見ている時は楽しかったのにな……でも、これから勉強に集中するから丁度いいのかな。そんな風に考えていた。
逢いたいときはいつでも逢えるからなのか、花火が終わってから少しだけドキドキが薄くなっていくのを感じた。
それから、また予備校の日々が始まって朝から晩まで夏期講習があって、なかなか慌ただしい中で必死に踏ん張っていた。拓海とはあれからずっと気まずいような曖昧な関係だったけど、たまにお昼ご飯は一緒に過ごしたりして、距離感は保っている感じだった。
今は恋人じゃなくて同士だ。それで全然いいと思う。
うんざりするような暑さの中、繰り返し繰り返し、過去問題を解いていた。満点が取れるまで嫌になるくらい夢中で繰り返した。そして、この暑さのせいなのか、 予備校以外では自分の家で勉強することが多くなっていった。あの日から自然とスイッチが入ってしまって、私の中で恋愛モードではなくなっていた。
息を切らしながら学校までの坂道を登りきると、蝉の鳴き声が騒がしくてまだまだ夏は続きそうなのに、校門が見えてくるともう夏休みは終わったのだと実感する……
教室に入ると、久しぶりに拓海の顔が見えて嬉しくなった。
「おはよ、元気だった?」
「おはよ、唯も元気そうだね」
あれだけ毎日逢っていたのにしばらく逢わないと、髪の毛が伸びたせいなのか、拓海が落ち着いた雰囲気で少しだけ大人になった気がしてドキリとした。
受験は刻々と近づくのに、学校はいつも通り賑やかで癒される。ホームルームでは、9月の終わりにある体育祭の出場種目を決めたりして1日目は終わった。
リレーに出るか、借り物競走に出るかで、遊び感覚でできそうな借り物競走を選んだ。帰り道、中庭を横切ると色んな音がしてきて、ワクワクしてきた。応援団や自由演技など、カラーごとの出し物に気合を感じられて、参加したかったなって心底思う。
だけど、家と予備校の往復ばかりだったのが、学校に来て少しだけ羽を伸ばした気分になれたのは嬉しかった。
毎日一緒だった拓海とも、少しずつ距離が開いていて、それをお互いに分かってはいるんだけど、今はそれを埋める事よりもやらなきゃいけない事が山積みで、「大丈夫」って言い聞かせるように、なんとか距離を保っていた。
今は集中したいから、たまに逢えればいいかな。きっとお互いそんな風に思っているのだろう……
学校の終礼のチャイムが鳴ると、真っ直ぐ予備校へ向かう。受験組の生徒はみんな同じように過ごしていた。
あと少し、あと少し。終わるその日を心待ちにしていた……
「―—唯!」
学校の門を出たあたりで私を呼ぶ声が聞こえて、振り返ると、拓海が走ってきた。
「なに? どうしたの?」
「今日は同じ授業あるから一緒に行こうと思ってたのに、さっさと帰っちゃうんだもん」
「そうなの? ごめん」
何の連絡もくれなかったし、こっちからもしていなくて。それなのに、珍しいな……
「ねえ、時間あるから何か食べていかない?」
「うん、いいよ、何食べようか」
そう言い終わると、自然にスッと手を繋がれて歩き出した。
拓海とは、メラメラとした燃えるような恋ではないけど別れる理由はなくて、でも逢えなくても平気で……、それなのに、逢えたら嬉しくて。
うまく言えないけど、不思議な関係だった。
勉強モードのせいで、少し冷静になっているのかな……受験が終わったら、何か変わるのかな……自分の胸に聞いても分からなくて、少しずつ、変わっていくのを感じ始めていた。
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