第25話 2人でいる意味

 普段、ドライな拓海が楽しそうに笑っていることが増えて本当に嬉しかった。

 きっと先生が気付くのも時間の問題かもしれないけど、もうそれ以上余計なことを考えないようにした。


「唯、お昼屋上行こうよ」


 勉強の合間の少しの時間、拓海は2人きりになりたがった。2人でのんびりして、たわいもない話をして、ちょっとだけ触れ合って……そんな時間を過ごすうちに私の中の好きがどんどん増えていった。


「受験終わったらさー、何処か行こうか」

「なにー? 何処連れてってくれるの?」

 旅行かな? ……泊まるのかな? 想像したら、めちゃくちゃドキドキしてきた。

「なに考えてんの? 顔赤いよ」

 そして、自分から言ったくせに意地悪な事を言うのは相変わらず。

「もー」

「うそだよ、ごめん」


 この恋愛は、拓海のペースで進んでいくのかな。ゆっくりでいい、ゆっくり進んでいけるのがいい。

 付き合うって、いつも一緒にいるだけじゃなくてちゃんと支え合ったり、2人でいる意味がないとダメだから、ゆっくりと育んで行きたいと思った。



 7月に入ると、夏のムードにつられてちょっとだけ気が緩む。体育の授業を選択している子達が、楽しそうにプールへ向かうのを羨ましく見ていた。


「あーあ、私も体育の授業選択しとけばよかったー、プールに入りたい」

「受験が終わったらいくらでも行けるからさ」

「またそれー、1日くらい良いじゃん」

 拓海はこの暑さにも気を緩めることなく、プールの話には乗ってこなかった。拓海が真面目だから私が脱線するのを阻止してくれているのかな。こんな時期に付き合うなんて、本当に拓海じゃないと無理だと思った。


 喉が渇いたから、自販機まで行って来ようかな。

「拓海も何かいる?」

「うーん、いいや、ありがと」

 拓海は黒板に書かれた文字を真剣にノートに写している最中で、邪魔しないように1人で行った。


 体育館前の自販機で飲み物を選んでいると、たまたま前から蒼がやってきた。


「おーっす、唯」

「浮かれてる人はいいなー」

「受験組は大変だね~」

 そう言ってニッと歯を覗かせて笑う。

「たまには息抜きでもしないと……そうだ、この曲ちょっと聴いてよ、体育祭の後の後夜祭でやろうと思っててさー」

 そう言われて、買ったジュースを飲みながら体育館の外の階段に座った。


 蒼がイヤホンを片側だけ差し出すと、昔からよくあることだったから何もためらわず、耳に入れた。


「ふーん、こーゆーカッコいい曲もやるんだー」

「だろー? いいよな!」

 次のチャイムが鳴るまでの間、ちょっとだけ別の世界に触れて、ほんの少しだけど息抜きすることができた。

 後夜祭か……行けるのかな。楽しいイベント1つくらい参加できたらいいのに……曲を聴きながらちょっとだけ切なくなってしまった。


 チャイムが鳴ってから、走って教室へ戻ると拓海がチラっとこちらを見た。


「遅いよ、何してたの?」

「ごめん、友達と外でジュース飲んでた」

 

 拓海の機嫌が悪いのはすぐに分かった。理由を聞こうとしたら国語の先生が入ってきてすぐに授業が始まったから聞けずじまいになってしまったけど。


 帰り道も、口数が少なくて具合でも悪いのかな? ってちょっと心配になる。

「ねぇ、具合でも悪いの? 熱は?」

 拓海のおでこに手を当てようとしたら、パッと手を掴まれた。

「違う、そんなんじゃない」

 ギュッと掴んだ手を繋ぎなおして、引くように歩きだした。

「ねえ、今日変だよ、黙ってたら分からないよ」

 それでも、拓海は黙っていて私は顔色を伺うばかり。きっと家に着くまで何も話してくれないだろうな。そんな頑固な性格もだんだんと分かってきた。


 家に着くと、向かい合って座ることに躊躇してソファに座る。距離を開けて拓海も座った。それから、ふぅっとため息をつくと、ようやく話始めた。


「さっき、やっぱり喉乾いて追いかけて行ったんだけどさ、もう、あんなの見たくないんだけど」


 そう言われて、そこでようやく気がついた。蒼とのやり取りを見ていたんだ。


「あー、ごめん。蒼とは昔からそんな感じだから全然気にしてなくて……本当にごめんなさい」


 そう言うと、拓海の手がふわりと私の首筋を通って髪に触れた。


「―—もうこれ以上妬かせないで」


 心臓がドキッと音を立てる。そんな風に言う拓海が、ちょっとキザに見えた。

 キスするのかと思って咄嗟に目をつぶったら、ギュッと抱きしめられてクスリと笑った。思ったよりも胸板が厚くて、やっぱり男の子なんだなって改めて感じる。


「ふふっ、思ったよりも細いんだね」

 耳元で言う。

「もー、それどーゆー意味ー?」

 ふざけ合っているだけなのにドキドキして、少しずつ、拓海のものになっていくみたいだった。それは初めてで不思議な感覚だった。


 

 空は青さを増して日に日に気温も上昇した。7月の期末テストが終わってから、あと数日で夏休みに入る。

「あーあ、夏期講習か、憂鬱ー」

「まーたそんな事言ってんの?」


 周りを見回すと受験をしない生徒たちは、9月の体育祭に向けてバタバタと忙しそうに準備に取り掛かっていた。

 忙しそうで、楽しそうで、心底羨ましかった。


 期末テストの点数も良かったから、尚更気が抜けていたのかな。夏はあまり好きじゃなかったけど、周りの浮かれムードに、1日だけどこかへ出かけたい気持ちがウズウズしていた。


 放課後、図書室へ入るとすぐに拓海は勉強を始めた。


「たまにはさ……どっか行かない?」

「またそれー、ダメじゃない?」


 やっぱりつれない返事……まぁ今は、仕方ないよね。


 だけど、せっかくの夏に彼氏だっているのに、このまま終わってしまうのがすごくすごくもったいなくて、どうにか拓海の気が引けないか考えてしまった。


「じゃあさー、また模試あるじゃん、それ終わったらどっか行かない? そしたら、受験終わるまでもう何も言わないから!」


 必死に食い下がる私を見て、拓海もまんざらでもなさそうな雰囲気が顔を見てすぐに分かった。


「わかったよ、じゃあー……考えとくわ」

「うんっ! ありがと!」


 何処へ行こうかな、何着て行こうかなって、夏の熱気と共に一気にワクワクした気持ちでいっぱいになった。



 明日から夏休みが始まる。朝から体育館に集まって1学期の終業式が行われた。


 もう夏休みに入るのか……そう思うと、嬉しいような寂しいような、いよいよな感じがして複雑な気持ちになった。


 去年の今頃は、理科の補習が始まるって浮かれていたっけ。

 チラッと右端の教員側を見ると、並んでいる中に先生の姿を見つけた。こんなに暑いのに、なんだか1人だけ涼しそう。そう思うと顔がほころんでしまった。


 やっぱり、いつ見ても綺麗な横顔―—


 懐かしいな。ふと我に返って目線を前に戻すと、拓海の後ろ姿が見えた。


 終業式が終わってから真っ直ぐ図書室へ向かって、それから予備校の時間まで勉強した。通知表の数字は気にしていなかったけど、いくつもの教科の評価が上がっていた。


「すごいじゃん、その調子! 来週の模試も大丈夫そうだね」

「嬉しそうだね、拓海もデートしたかったみたい」

「いや、違うからっ」

 ついついからかってしまうと、被せるように反応して笑った顔を瞬時に戻した。

 なんとなく分かる、本当は拓海も息抜きしたかったんだよね。この辛い受験の日々を私たちは支え合って進んでいる。大丈夫だから、一緒に進もうって拓海が支えてくれている。


 いつも一緒だけど、勉強ばっかりだけど、あと少し乗り切れば終わるから、もっと楽しいところへ行こう。

 その希望だけで、今は走っている。

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