第22話 木漏れ日のような日々
ようやく模試も終わった次の日、少し気を抜いて学校の授業を受けていた。
4月も後半になると、昨日までは春の陽気だったのに、今日は日差しが強くて一気に夏になってしまいそうな熱気にボーっとしてしまう。
パタパタとノートで扇ぎながら窓を全開にすると爽快な風が通り抜けて気持ちが良かった。授業そっちのけで涼んでいると、理科室から丁度先生が出て来た所だった。
やっぱり――また、目が合う
先生、元気そうだな。ただそれだけの出来事なのに、今日は少し嬉しかった。手を振ることはしなかったけど、先生がちょっとだけ微笑んだ気がして、私も気付くと口角が上がっていて、なんだか不思議なやり取りだった。
何気なく拓海の方を見ると、前を向いて真剣に授業を受けていたからホッとした。なんでだろう、自分でも分からないけど見られたく無かったのかな。
昼休みは拓海と一緒に図書室へ行って昨日の模試の自己採点をした。
「今回難しかったな~」
「た…拓海でも難しかったんだー」
実は拓海って呼ぶのに、まだ慣れない。たまに、広瀬くんって呼んでしまう時もあって、その度にちょっと膨れたりする。
「大丈夫かな、映画行けるかなー」
「そんなこと言って、絶対自信あるんでしょ!」
自己採点が終わると拓海は自信あり気に澄ました顔で、自分の点数を見せた。それを見たら今回は負けてしまう気がした。
模試の答案が返却されると、やっぱり自己採点と変わらない点数で、勝負はひっくり返らなかった。
「じゃあ映画、来週の土曜日ね!」
次の週の土曜日はとても良い天気で、カラッと晴れた初夏の陽気だった。待ち合わせた駅に向かうと、すでに拓海が立っていて私を見つけて嬉しそうに左手を上げた。
「なんか、こんなに天気がいいと映画観るの勿体無いねー」
「え? じゃあ映画やめる?」
「……ううん、やめない」
「ふふっ、なにそれ」
今日は2人とも勉強道具は持ってこない約束で、久しぶりに思いっきり息抜きをすることにした。映画館に着くと、意外にも拓海はアニメーションの映画を選んだけど、気まずいシーンはなさそうだから安心して、すんなりそれに決めた。
一番後ろの真ん中の席に座った。空いていて、両隣には誰もいなくて集中して観れそうな雰囲気だった。シーンと静まり返ったような映画館特有の雰囲気の中で男の子と2人。座席の間隔が学校の席よりも近い距離のせいで、始まる前からなんだかソワソワしていた。
いざ始まると真っ暗になって少し不安になる。だけど映画が始まると面白くて、すぐにストーリーに引き込まれていった。想像していたよりも感動的なストーリーでハンカチ持って来ておいて本当に良かった。終盤に差し掛かると、感動的なシーンで涙が溢れる。アニメだからって、まさか泣くことにはならないだろうってタカをくくっていたから、正直自分でも驚いてしまうほど気付くと泣いてしまっていた。
いつぶりの涙だろう……隣に拓海がいるのに、もう今更堪えることはできなくて、自然の流れに任せた。鼻をすすっていたからかな、拓海が気づいて、そして優しく手を握ってくれた……あったかくて男らしい手……
ふと拓海の方を見ると、目から涙がキラリと光っていた。少し意外だったからジッと見つめてしまって、目が合うとクスッと笑った。
暗いから、ぼんやりとしていたけど、拓海の笑顔が近づいて
柔らかい感触が一瞬だけ……
――唇に触れた
拓海の唇がすぐに離れると相変わらずの笑顔がそこにあった。
――なんて優しいキスなんだろう。
こんなにボロボロに泣いていたのに、優しい体温が溶け込むと不思議とスッと涙が止まって、手は繋いだまま、この手をどう戻したら良いか分からないみたいに照れ笑いを浮かべながら、スクリーンを見つめた横顔がなんだか可愛くて、愛おしく感じた。
エンドロールが終わって明るくなると、繋いだ手がゆっくりと離れた。堂々としているのにちょっぴり気まずそうで可笑しくなってしまう。
「え? なに?」
「なに? ってー、キスしたくせに」
そう言うと、真っ赤になった拓海がうつむいてしまって可笑しくて、勉強では敵わないから、ついからかってしまった。それから、拓海は照れくさそうに黙ったまま少し離れて歩いた。
「お昼どうしよっか?」
いつも通りのトーンで話しかけると、ちょっとホッとした顔をして近づいてくる
「えー? 何でもいいけど、どーしよっかー」
平静を装っている拓海を可愛いと思った。恋愛経験がないのは私も同じだけど、拓海よりかは経験しているのかな。
でも、あんなに優しくて自然なキスは普通できないよ。
「ってかさー、泣きすぎだよね」
「うるさいなぁ、感受性が豊かって言ってくれない?」
「はいはい、感受性ね」
やっぱり明るいと気まずくて、お互いにいつもみたいなやり取りに戻っていく。映画館を出てからは、手を繋ぐことはなかった。
それでも、ふわっと触れただけのキスを思い出して、帰りの電車でニヤけてしまった。
模試が終わったと思えば、すぐに学校の中間テストが始まろうとしていた。受験に重点を置いているからそこまで気にしなくても良いテストだけど、もう毎日勉強するのが当たり前みたいになっていたからコツコツと頑張った。
「今日はどーする? うち誰もいないけど」
「どこでもいいよー」
「じゃあ来なよ」
そんな風に、自然と拓海の家に行くことも多くなっていった。
あのキスした日からも、全く変わらない関係で、むしろ気まずくならないのが不思議なくらい。この時期だから、そんな関係が有り難かった。
放課後、学校が終わるとまっすぐに拓海のマンションへと向かう。
「お邪魔しまーす」
誰もいないリビングに向かって一応言うけど、やっぱり人の気配はなかった。1時間くらい経って勉強がひと段落した頃、お菓子をつまみながら休憩した。
「ねえ、お母さんいつも遅いの? 寂しくなったりしない?」
「別に、昔からそうだしぜんぜん平気かな」
お菓子を頬張りながら、余裕の表情で言う。
「そっか……」
本当に寂しくないのかな? 無理してたりしないのかな?
自分にも分かるから、本音が気になって拓海の表情を探ってしまう。
「ふふっ」
すると、拓海が突然笑った気がした。
「ん? どうしたの?」
「寂しかったら、側にいてくれるの?」
「え? うーん、今も結構一緒にいると思うけど……」
「ちがうよ、付き合ってくれるの? って聞いてるんだけど」
拓海はため息をつきながら「鈍いなぁー」って呆れたような顔をして、一瞬聞き逃しそうになってしまったけど、今、2度目の告白を受けたんだ。
そのことに気付くと、突然音がシャットアウトされて、時計の秒針だけが部屋に響いた。
目の前の拓海は頭の上に両手を置いて、私の顔色を伺っているみたい。
「ごめん…… すぐ気付けなくて……」
「っなんだよー、ごめんから言うなよビックリしたーーー」
急に身体を起こして、前のめりになりながら言った。
「ありがとう、すごい嬉しい。だけど、ちょっと考えてもいい? こんな時期だし……」
すると、少しホッとした顔で拓海が笑った。
「うん、じゃあ待つ。唯の負担になりたくなかったのに、こんな時にごめん」
「ううん、いいの」
「2人で頑張れると思ったからさ」
小さな記憶を拾い集めて振り返ると、ずっと大切に思われてきたことを感じた。私の成績を上げようとしていたこととか、同じ大学を受けさせようとしていたこととか、いつも歩幅を揃えて背中を押してくれていたよね。
拓海が私なんかを何でそこまで好きでいてくれるのかは分からないけど、単純に嬉しかった。だから、ちゃんとに考えて、答えを出したいと思った。
付き合うにしても、こんな時期だし理性的にならないとダメだなって。また、自分を見失って何もかも上手くいかなくなるのは絶対に嫌だったから……
「ありがとう」
ただ、今は、今言える精一杯の言葉を返した。
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