第19話 先生の答え
次の日も、その次の日も私はしつこく理科室へ通った。
ただ先生に逢いに行くだけ、2人きりで話したいというそれだけの理由で。
「最近、ちゃんと勉強してるの?」
だけど先生は何かと私の成績を気にしているみたいで、それがちょっと親みたいで嫌だった。
「してるよー、してるけど頭に入らないだけー」
「それ、理解しようとちゃんとやってないよね? 補習受ける前の唯に戻っちゃってるじゃん」
今日はちょっとお説教で、なんでだろ、なんでそんなに気にしてるんだろう。新学期になった途端別世界に来てしまったような、そんな気分になってしまった。
「勉強する気がないなら、もう放課後来ちゃダメ」
すると突然、先生にしては強い口調で突然突き放されてしまった。さっきまでうんざりしていたのに、言われた途端涙が出そうになった。
「ただ、先生に逢いたかっただけなのに……」
「今は、やらなきゃいけないこと、あるでしょ」
頭をポンポンって触って、なだめているつもりなのかな。そんな事をするからいけないのに……
気持ちが浮ついて、ぜんぜん着地できないでいるのに現実はやらなきゃいけない事に追われていて、息苦しくて仕方がない。それでも、テストの日は刻々と近づいていて、何も入らない頭に教科書の内容を叩き込むしかなかった。
思い返してみれば、昔から一つのことしか出来ないタイプだったのかもしれない。そんな事に今更気づいても、もう遅いけど。
湯船に浸かりながら先生に言われたことを思い出して悔しくて泣いた。なんでこんなに不安定なのだろう。色々な事のバランスが上手く取れていないって、自分でもよく分かっているよ。
もう来ちゃダメ――
まさか、先生の本心じゃないよね?
自分の気持ちを伝える前に門前払いされてしまったみたいに、胸がギュッと苦しくなった。
それから数日、先生のところへは行けなかった。せめて結果を残してから行こう、そう決めて、放課後は図書室に行くのが日課になっていった。
2月も中旬を過ぎた頃、あっという間にテストの日を迎え、そして何事もなく淡々と終わった。あまり手応えはないけれど、終わった後の開放感だけは感じることができた。
やっと先生に逢える……どんな顔で逢えばいいか分からなかったけど、それでもいいからやっぱり逢いたかった。
いつになく軽やかな足取りで理科室へ向かうと、先生は居なかった――
理科室で2時間近く待ってみても先生は現れなくて、職員室まで行ってみると職員会議の真っ最中だった。なんだ、こんな時に会議か、今日は諦めて帰るかな……
すんなりと逢えなくて、ちょっとだけ嫌な予感がした。
先生に逢ったら何を話そう。そんな軽い緊張感が1日引き延ばされて、翌日やっと先生に逢うことができた。授業では顔を合わせていたけど、2人きりになるのは久しぶりだった。
「せんせー、久しぶりっ」
「久しぶりだね、来ると思ってた」
先生、自惚れてるなぁ。悔しいから、昨日も来たことは言わなかった。久しぶりに2人きりで話すと、やっぱり先生に惹かれるこの想いは消えそうになかった。
トクントクンと鼓動が早くなって、どんどんどんどん早くなって、好きが溢れそう……
椅子に座ることも忘れて、ドアの前に立ったまま先生が振り返るのを待った。
「―—先生、好きだよ」
私の振り絞った一言は、何も飾れずにストレートにその言葉だけを投げた。
「うん、ありがとう」
そうゆっくりと言った後、フワッとした柔らかい笑顔を向けられた。
先生の心が読めなくて、必死に表情を見ていると次の瞬間、少しだけ表情が曇って、そして言った……
「―—でも、ここまでにしておこう。今は大事な時期だから、他のことに目を向けて…」
そんな言葉は想像もしていなかった。
もうそれ以上聞きたくなくて先生の言葉を遮るかのように耳の奥でキーンとした音が鳴り響いている。
「うそ、そんなの嫌だよ……」
先生が言い終わる前に言葉が漏れてしまって
「受験するかも、まだ決めてないもん。しないかもしれないじゃん」
必死に食い下がるように、言葉も選べずに思ったことを口にしていた。本当に子供の言い訳みたいに。
「ごめん、俺が悪かった……。はじめから2人で逢うべきじゃなかったね、一番大事な時期に……」
先生はあっさり謝った。謝るばかりで私を受け入れるという考えはさらさら感じられなかった。
なんで? きっと抱きしめてもらえると思っていたのに。
勢いよく理科室を飛び出して必死で階段を駆け下りた。あんな風に突き放されてしまったら泣いても惨めなだけ。「ごめん」って言葉も、もうこれ以上言われたくなかった。
言い返す言葉が見つからなくて、何を言ってもどうにもならないことはその場の空気で感じて、超えられない壁みたいなものに愕然とした。
駅までの坂道を足早に下って1人になると、どんどん涙が溢れ出した。そして、溢れてから吹き出すように、止まらなくなっていく……ふと、タオルを取り出そうとした時、カバンの中で揺れる御守りが見えた。それさえも憎らしくなって涙が溢れる。
どんなに拭っても意味がないくらい涙は止められなくて、駅に着く頃には頬が涙でしみてジンジンと痛かった。
やめておけば良かった――
告白なんて、するんじゃなかった――
客観的に考えてみれば先生と生徒。受け入れて貰えるはずなんてないのにね。浮かれていてそれすら見えなくなっていた。だけど、あの日のキス、あの日の温もり、期待を持たせたのは先生の方なのに……
熱い湯船に浸かったらまた悲しくて涙が出てきた。壊れた蛇口のように涙を出し切って部屋に戻ると、疲れ果てて眠ってしまった。
先生はズルいよ。逃げないでよ。本当は心の中でそう叫んでいた。
もう、二度と逢いたくない――
翌朝、目を開くと瞬時に昨日の嫌な記憶が蘇る。それから、瞼が重く開きずらいことに気づいた。相当腫れているみたい。本気で学校に行きたくなかった。
どうせ先生は、何事もなかったかのようにいつも通りなんだろうな……休もうかと考えたけど、テストの答案が返る日で、もし休んだら先生のところに取りに行かなきゃいけなくなるから……瞬時に休んだ時のデメリットを計算をして、やっぱり学校へ行くことにした。鏡を見ると、泣き腫らした顔が痛々しくて、さらに気分が沈んだ……
こんな顔、見られたくないな。全部は隠せないけど、マスクをして家を出た。こんな顔だけど、たくさん泣いてたくさん寝たからか気持ちはいくらかマシになっていた。
このまま、忘れよう。そう心に決めた。
4時限目の授業で、教室に先生が入ってくると瞬間的に目が合った。今までこんな事って無かったのにやっぱり先生も気にしているのが分かった。
止まっていた心臓が再び動き出したみたいに、私の鼓動は加速しながら響いていた。とっても嫌な気持ち、逃げ出したいくらい……まだ、好きだから。
「大丈夫?」
そう声がして振り向くと、心配そうな顔をした広瀬くんが声を掛けてくれていて、視線が合うと、 この目の奥を見つめられている気がした。
トクン……トクン……
動揺は隠せなくて、ただ、広瀬くんの目を見つめていた。
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