第18話 新しい年
新しい年になっても、先生から連絡は来なかった。
年末年始はやっぱり忙しいのかな。逢えない時間がさらに想いを募らせて気づけば先生のことを考えてしまう。そんな調子で、年も明けたのに勉強は愚か、宿題にさえ手をつけられていなかった。
もう今年、受験なんだな。頭では分かっていても危機感や焦りはなくて、先生の事ばかりが頭の中を支配していた。親のたっての希望で大学にはちゃんとに合格しないといけないのに。
私って、こんなに恋愛体質だったんだな――
先生に出会うまでは分からなかった。やらなきゃいけない事を後回しにして先生からの連絡を待っているなんて……受験はどうにかなるって、そんな風に軽く考えていたのかもしれない。
そして、正月も過ぎた4日にやっと先生から連絡が来た。
『あけましておめでとう。明日だったら初詣行けそうなんだけど、ちょっと急かな?』
突然だったけど、待ちに待った連絡に心が飛び跳ねた。ずっと自分から連絡するのを我慢していたから先生から誘ってくれたことがまた嬉しかった。
『明けましておめでとうございます! 明日大丈夫です!』
光の速さで返信すると、次の日の朝いつもの場所で待ち合わせた。先生に逢うのはクリスマスイブ以来だな、またあの日のことがフラッシュバックする。逆光に見えた先生の眼差しが胸の深いところをキュンとさせた。
改札を出るとすぐに先生の車が見えて、先生は私を見つけると助手席の方を指差してこっちでいいよって合図してくれた。
「せんせっ、久しぶり!」
「おはよ、久しぶりだね」
久しぶりの先生はとても元気そうで安心した。今日は箱根まで行くから朝が早かったけど、また旅行みたいで一緒に過ごせる時間が長くて嬉しかった。やっぱり遠出しないと並んで歩けないもんね。本当に先生、優しいな。何気なく先生の方を見たら、スッと通った鼻筋とその横顔が綺麗すぎて、目を奪われた。
「なぁに?」
私の視線に気づいた先生がチラリとこちらに黒目だけを向けるとニヤリと笑ってまたすぐに前を見る。その一連の仕草も、笑顔も、好き以外の感情が見つからなかった。
それから、2時間とちょっとで芦ノ湖に到着した。さらに森の中へ車を走らせると神社に到着して、先生と並んで赤い鳥居をくぐった。大きな樹木が道なりにそびえ立ち、澄み切った空気の中に木漏れ日が降り注いでいる。こんな穏やかなお正月は初めてだな。平日だから心なしか空いていたけど、本殿までの階段が長くて、寒さをこらえながら歩いた。
「大丈夫?」
ふと、見上げると自然と差し伸べられた手。顔が緩むのを我慢してその手に掴まると、少し強くギュッと握り返してくれた。それから、ずっと手を繋いで歩いた。外の空気は澄んでいてキリッと冷たいのに私だけポカポカしている感じ。
「すごい寒いね」
そう言って自然に、繋がれた手を先生のポケットに入れてくれたから、手の甲まであったかいのが伝わってじんわりする。まだ願い事もしていないのに、こんなに幸せでいいのかな。今年は絶対に良い事がありそうな予感がした。
長い階段を上ると、鮮やかな朱色の境内が見えてテンションが上がった。2人でお参りをした後、先生が御守りを買ってくれた。もちろん、学業の御守りだけど……
ここの神社って、縁結びが有名なのにな。それだけは知っていたから買いたくて、先生がトイレに行っている間にこっそりと買った。
赤と白の御守りが結ばれている形になっていて、カップルの場合、赤を男性が、白を女性が持つ。片想いの場合は、恋が叶ったら赤い方を男性に渡す。そう説明に書いてあった。両想いなのか、片想いなのか、まだハッキリしていないけど、先生に渡したかった。何かお揃いで持っていたかったから。
「お待たせ」
たくさん人がいる場所で、普通に手を差し伸べてくれるからたまらなく嬉しくて
すぐにその手を取って、ピッタリとくっ付いて歩いた。誰も知り合いがいない場所で、こうやっていつまでも恋人みたいに触れ合っていたかった。
「静かだけどどうした? お腹すいたの?」
先生は全く動じないけど、その大人の余裕がなんだか頼もしくも見えた。
「うん、お腹空いちゃった」
それから、近くのイタリアンレストランでランチをして帰りに渋滞に合わないように、早めに出発した。
もう、約束の日が終わっちゃう……いつも先生と一緒に居ると、あっという間に帰る時間になっちゃうな。寂しさとは裏腹に、車はスイスイと進んでしまう。時間が止まればいいのにな……その願いも空しくあっという間に駅に着くと、先生が後部座席からバッグを取ってくれる時、急に距離が近くなってドキドキした。
「はい、気を付けて帰ってね」
「先生、これなんだけど、、」
さっき買った縁結びのお守り、赤い方を差し出した。
「へぇー、こんなの買ってたんだーくれるの?」
「うん、先生が持ってて」
これは、遠回しに告白だな……そんな事に渡してから気が付いて、めちゃくちゃ恥ずかしくて、顔が熱くなった。
「わかった、ありがと」
思いの外、先生はすんなりと受け取ってくれて、私も恥ずかしいからすぐに車を降りることができて助かった。改札に向かう階段を下る前に振り返ると、車の中から先生が手を振ってくれていた。
家に着くと、貰ったお守りを机に置いて明日から勉強頑張ろうって少しだけ気合が入った。縁結びのお守りは通学カバンの内側の誰にも見られない位置に付けて、いつでも繋がっている気がして嬉しかった。
それから、冬休みが明けて新学期が始まると、進学校だからなのか周りが一気に受験モードに突入した。
「受ける大学決まった?」
勉強のできる人はいいな、気軽に聞けて……そんな風に捻くれて、まだ何も決めていない自分に焦りを覚えた。
それよりも、早く先生に逢いたいな。
流れるような雲を眺めながら、完全に今やるべきことをシャットアウトしていた。
チャイムが鳴ってホームルームが終わると、人目も気にせずに理科室へと足が向かう。もう、ぜんぜん自覚がなくなっていたのかなブレーキが壊れちゃったみたい。
「せんせー」
理科室に入ると、いつもと変わらない先生が居て
「来るの早すぎだから」
いつも通りにツッコミを入れてくれた。
「宿題ちゃんとに終わったの?」
「うん、ギリギリ昨日終わった感じだったかなー」
「そっか、もう受験だから気を引き締めないとね」
先生まで、受験の話するなんてつまんないな
「浪人なんてしたら大変だよ」
ゆったりと優しい笑顔で言うけど、けしかけられているような気になってしまった。周りの空気が一変して、もう走り出しているのに気持ちがまだ追いつかなくて、
1人だけ取り残されたような気持ちになってしまった。
先生は、背中を押してくれているんだろうけど、心なしか冷たい気がしてしまって、私ともっと一緒に居たいとは思わないのかな。久しぶりに逢えたのに少し落ち込んでしまった。
帰り道、冬の北風に吹かれてながら足早に駅へと向かう。思い返せば私だけが浮かれていたみたいで、温度差のようなものを感じて余計に切なくなってしまった。
手を繋いだり、キスをしたり、並んで歩いたり、ポケットに手を入れたり……したのにな。あれは夢だったのかな……
今の私には先生が全てなのに、先生はそれ以外の世界を持っているみたいで、私のことは小さな出来事のひとつなのかな……
ネガティブな感情が次々と湧き出てきて不安になるよ。私はもっともっと一緒に居たいのにそうは思ってくれないみたい。
―—受験、やめちゃいたいな。もっと先生と一緒にいたい。
そんな気持ちがフツフツと膨らんで、どうしようもなかった。ここまで恋に溺れてしまうなんて思ってもみなかったよ。先生も自分と同じくらいの気持ちでいてくれないのが寂しくて、行き先を失ってぼんやりと立ち止まってしまう。
テストが終わったら、きちんと伝えようかな。
もう、気持ちが止められない。ハッキリさせたい。
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