第16話 自惚れ
終業式まであと3日になった。そして、クリスマスまではあと5日……結局昨日は興奮して眠れなかった。まさかこんなに嬉しいご褒美が待っていたなんて、本当に頑張って良かったなって思えた。
そして何よりも、先生にも予定がなかったことが嬉しくて、その大切な日に私を選んでくれたことが最高に嬉しかった。ちょっとだけ自惚れそうになりながら、冬休みが始まるまでの残りの数日をワクワクして過ごした。
案の定、私の頭の中は先生と過ごすクリスマスのことでいっぱいになっていた。
だけど、誰にもそのことは悟られないように平常心を装って、みんなが下校してから理科室へ行くようになった。まるで悪いことをしているかのように、そんなスリルも合わさってまさにドラマのヒロインになったみたいだった。
「せんせー、お待たせ」
「ははっ、待ってないから」
いつもの反応。やっぱり、居心地が良いな。今日もまた理科室は暖かくて、コーヒーを淹れる先生の後ろ姿が愛おしくなる。
「はい、飲みなー」
いつもの赤いマグカップには、今日はココアが入っていた。良い香り、私のためにわざわざ用意してくれたのかな。そんなわけないのに、先生がしてくれる全てのことが自分の為だと思って自惚れ初めていた。
怖いな。幸せすぎてなんだか怖いよ。
終業式、担任から通知表を受け取ると、個々に通知表を見せ合ったり少し教室の中が騒がしくなった。そんな喧騒の中、席に着いて通知表を開くと物理と化学の所に「10」という、見慣れない二桁の数字が並んでいた!
10段階評価で10! 期待なんてしていなかったから、ここまで良い成績は今まで見たことがなくて、呼吸を忘れてしまいそうになるくらい驚いた。そして他の教科も殆どの評価が上がっていたので本当に本当に嬉しかった。
ただ理科室に行きたくて勉強していただけなのに――そう思うと、これから先の事が全て上手くいくんじゃないかって自信を持つことができた。
「なに? 成績そんな良かったの?」
声がする方を見ると、頬杖をつきながら広瀬くんがこちらを見ていた。
「まぁね、広瀬くんはどうだった?」
そう言うと、「はい」って広瀬くんが通知表を渡してくれたから交換して見せてあげた。
「あははー、すっげーーーー」
「ね? 結構頑張ったよねえ?」
「1学期こんな悪かったのー!」
そうだった、1学期の評価も書かれているんだった。あれを見られたなんて恥ずかしいな。
「でもさー、2学期で10は上げすぎじゃない?」
広瀬くんは疑うような目で物理と科学の成績を指摘してきた。
「だって……相当頑張ったもん」
そう言って、サッと通知表を取り返すとすぐに鞄にしまった。
今日の広瀬くん、意地悪だな。
だけどモヤモヤした気分なんて、今の私にはすぐにかき消すことができた。早く先生に逢いたい。他の教科の成績も見せたらきっと褒めて貰えるだろうな。冬休みの伝達事項も上の空でホームルームが早く終わらないかとうずうずした。
しばらくして、チャイムが鳴るとみんな一斉に帰って行った。
学校の外のコンビニでお昼を買ってから、下駄箱に戻って靴を履き替えていると、丁度階段の上から降りてきた広瀬くんに出くわした。
「あれ? 忘れ物?」
一瞬ハッとして驚いた顔をしてしまったけど、すぐに冷静な顔をつくろって「うん」って短い返事をした。
「じゃあ、広瀬くんまた来年ね!」
「うん、じゃあね」
広瀬くんはそう言いながら、私の手に持っているコンビニの袋を見ていた気がした。今日は教室へ戻るフリをして理科室へ行ったからちょっと遠回りしちゃったけど、無事に理科室へたどり着いた。
「せーんせっ」
「ふっ、ご機嫌だなぁ」
今日も、ゆるい雰囲気で先生が待っていてくれてそれだけで嬉しかった。
「ねぇ、成績さ、なんで赤点から急に10になったかって嫌味言われちゃったよ」
「え? そうなの? でも贔屓なんてしてないよ。満点も取ってるし、その次もそのくらいの点数取ってるからねー、ぜんぜんおかしくないよ」
理由を聞いてみて良かった。自分が頑張った結果だと思いたかったからそれを肯定してくれたみたいで嬉しかった。
それから、お昼ご飯を一緒に食べながらクリスマスの計画を立てた。計画って言っても、この前とほぼ同じだけどそれでも良かった。先生と過ごせるってだけで私には特別な日になるから。『恋をすると景色が違って見える』ってどこかで聞いたことがあったけど、やっとその意味が分かった気がした。本当に景色が、世界が煌めいて儚い輝きに包まれているみたいに映るのだから。
待ちに待った約束の日、12月24日は快晴でポカポカとした日差しが暖かかった。先生と逢う日はいつも天気が良い。
待ち合わせ場所の横浜駅西口に着くと、この前と全く同じ所に車が停まっていて、先生もすぐに私に気付いてくれた。後ろのドアを開けようとしたら、静かに助手席のドアが開いて「すぐ高速乗るから前でいいよ」そう言って、荷物を後部座席に置いてくれた。
本当にデートみたいだな、今日は一層とそう感じた。何日も前から続いているこのドキドキが、どうか今日だけは途切れませんように……シートベルトを締めながら、目を瞑って心の中で祈った。
高速を降りると見たことがある景色に変わって、この前のスーパーに入った。一緒にカートを押すと、ふと手が触れ合って、この前先生に手を繋がれた事を思い出した。また繋ぎたいな……でも、人前では振り払われちゃうかなって考えるとやっぱり勇気が出なくて行動には移せなかった。
「ステーキとチキンどっちが好き?」
不意に振り向く優しい笑顔にハッとしてしまう。
「うーん……ステーキ、かな?」
「おれも」
気のせいかもしれないけど、今日はいつも以上に通じ合っている気がしてしまう。
「じゃあポテサラくらいは作ろうかな」
「ほんとにー? 大丈夫か?」
急に接近した先生の笑顔は、いつもみたいにメガネをしていないからさらに恥ずかしくなってしまって直視できない。俯いてこの鼓動に耐えるしかなかった。
お昼を過ぎた頃、その町のローカルっぽいパスタ屋さんに入ってランチをした。こうやって堂々とお店に入れるなんで思ってもいなかったから、かなり嬉しい。それと同時に、やっぱりスリルもあった。
「ねぇ、誰かに見つかったらどうする? ユカとかに見つかったらどうなっちゃうんだろー」
「それは確実にダメだね」
そう言って笑っていた。ぜんぜん笑い事じゃないのに。先生を見るとちょっとだけ眠そうで、それなのに私のくだらない話を聞いてくれて、本当に優しいなと思った。
先生の家に着くと、持ってきたエプロンを付ける。同棲してるカップルみたいになって、テンションを上げようと思っていたのに、何故か先生は笑いを堪えるような顔をしている。
「なぁに? 変?」
「う、ううん、変じゃない…ふふっ」
「あっ! もしかして、調理実習みたいとか思ったんでしょ!」
「クックック…違う違う、大丈夫、可愛いよ」
取ってつけたように可愛いとか言うなんて……もう本当ムードぶち壊し!
「もう、昼寝でもしてていいよ」
ちょっとふてくされながら、じゃがいもを洗ったりキュウリを輪切りにしたり、淡々とポテトサラダを作り始めた。
気付くと、先生はソファに横になってこの前みたいに気持ち良さそうに眠っていた。
私は、出来上がったポテトサラダにラップをして、テーブルで紅茶を飲みながら一息ついた。先生に近付いたらまた触れたくなっちゃうから少し遠目から、その無防備な寝顔を覗き込む。下がった眉毛と少し開いた口元が可愛くて年上だってことも、先生だってことも忘れそうになった。
夕日が徐々に落ちて、ふと時計を見ると16時を指していた。
そろそろ、起きないかな……寝返りも打たずに熟睡しているから、相当疲れていたのかなって思ったけど、安心して寝ているみたいでちょっと嬉しかった。
そろそろ起こそうかな……
先生の側まで来ると、前回の事が思い出されて自分の鼓動が早くなるのが分かった。ただ起こすだけなのに勝手に緊張感が高まって……
「せんせ……」
トクン……トクン……
やっぱり起きなくて、更に近づく
「先生、そろそろ起きないと……」
肩を少し揺すってみたけど、起きそうになくて、ソファの下に立膝で座ると、顔が近くてドキドキが加速した……
ぜんぜん起きそうにないや……
思わず、サラサラなストレートの髪に触れてみる。いつも学校で見るのと違う感じだから不思議で、普通にしてたらこんなにストレートなんだなって再び髪に触れようとした次の瞬間—―
――パッと腕を掴まれた。
そして
ぼんやりと薄目を開けた先生と目が合うと、何も言わず、ぐいっと引き寄せられて
――――唇が触れた
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