第14話 気を引きたくて
今日から12月、もう年末だなんて早いな。マフラーをくるっと首に巻いて、冷んやりとした外に飛び出した。
「おう! おはよー」
「あっ、蒼おはよー!」
丁度通りかかった蒼に笑顔で返事をすると、朝の冷たい風が肌に刺さって痛いから、急いでマフラーに顔を埋めた。
「なんか機嫌いいじゃん、良いことでもあった?」
そう言うと、蒼はニヤリと笑って私を覗き込んだ。
「うん、まぁね、仲直りした感じ……かな」
「あぁ~先輩と? それは良かったね!」
蒼にだけは相手が誰だか言ってしまいたいけどやっぱり言えなくて、本当に秘密の恋なんだなって改めて思う。
「じゃあ、クリスマスとか一緒に過ごすの?」
何気なく蒼が言った言葉に、忘れていたイベントを思い出して一気に気分が舞い上がった。
「え?……それは、まだ聞いてないけど」
「えー、そうなの? 女子ってそーゆーイベントの事ばっかり考えてんのかと思った」
そう言って蒼は笑っているけど、私なんかが先生とクリスマスを過ごすなんて思いつきもしなかったよ。
でも、聞いてみたい。クリスマス、先生の家で一緒に過ごしてみたい。
10日後に期末テストが迫っているせいで、ここ最近は必ずと言っていいほど放課後は理科室へ押しかけている。ちゃんとに勉強しているから先生も何も言わなかった。
「せんせー、お待たせー」
「あはは、待ってないけど」
相変わらずいつもの返しでなんだか2人の合言葉みたいで嬉しい。いつの間にか用意してくれた赤いマグマカップがあって、それにお湯を入れて貰って持ってきたお気に入りの紅茶のティーバッグを入れる。
「先生も今日は紅茶にする?」
「うん、じゃあ貰おっかな」
「ふふっ、はーい」
肌寒い外と違って理科室はぽかぽかと陽だまりの中に居るみたいだった。何かから守られているみたいな場所、ここで先生とずっと一緒に居られたらいいのに。
紅茶をすすりながら、ふとクリスマスのことを思い出した。話を切り出すのもなんだが気が引けて先生を目の前にすると躊躇してしまう。先生はノートパソコンに真剣に打ち込んでいて集中しているみたいだった。
「先生ってさ、24日って予定あるの?」
先生の動きを見計らって、作業の合間に切り出した。あえてクリスマスという単語は避けて、予定があるかだけでも聞きたいと思ったから。
「え? 24日?」
先生は驚いた顔をして頭の中のカレンダーを思い出しているみたい、途中で何の日か分かったのか、あぁって言ってニヤリと笑った。
「テスト前にそんな事考えないっ!」
バッサリと私の質問への答えは保留になった。保留だったらまだいいけどクリスマスに関してはやっぱりダメなのかな。そんな返答なのはテスト前だからなのか、それとも元々予定があったりして……先生の立場になって言い訳を考えてみればきりがなかった。
どうせダメ元で聞いたんだからあんまり落ち込まないようにしよう。だって今先生と2人で過ごせているんだもん悲しい顔したら勿体無いよね。
「やっぱダメかー、分かった」
「うん、今はテストのことだけ考えて」
「はぁーい」
家に帰ってお風呂に入ると湯船に浸かりながらクリスマスのことを考えた。今年はお母さんと2人きりで過ごすのかな、それともお母さんが仕事だったら1人かな。どのみちその2択しかないような気がした。昔からクリスマスだけは特別に大好きなイベントだったから物凄く勿体ない気持ちになってしまった。
いつもよりも少し早めに学校へ着くと、すでに広瀬くんが席に着いていて勉強をしている姿が見えた。
「おはよ、顔色悪いね? 勉強のしすぎ?」
広瀬くんはクスッと笑って、可愛い前歯を覗かせた。
「おはよー、ううん、ぜんぜん勉強できてないかも」
「あのさ……」
突然、広瀬くんの言葉が詰まって、そして続けた。
「あの……さ、クリスマスイブとかって予定あったりする?」
「え? 特にないけど」
「じゃあさ、たまにはどっか行かない?」
そう来ると思っていなくて何も考えないで答えてしまったけど、それってデートってことなのかな。気付くとガヤガヤと騒がしくクラスメイトが入ってきて聞き返す隙がなく「じゃ、考えといて」そう短く言うと、また机に向かってしまった。
クリスマスにデートって……
まだそんな風に想ってくれていたんだ……私なんかの事を想ってくれる人が居るってだけで嬉しい事だった。でも、やっぱり一番好きな人にそう思って貰いたい。それは私には手が届かなくて贅沢なことなんだよね。
ちょっぴり罪悪感を覚えながら今日もまた理科室へ足が向かっていた。
「先生、お疲れ様ー」
先生は昨日と同じ場所でノートパソコンと格闘しているみたいだった。
「おつかれー」
チラッとこちらを見てからまた忙しそうにタイピングを続けていた。昨日話していたクリスマスの件は聞かなかったことになっているみたいに、先生は先生の仕事でいっぱいだった。
それなのに、気を引きたくて魔がさしてしまったのかな。
「ねぇ先生、私男の子にクリスマス、デートに誘われちゃった」
ただ、反応を見たいだけで口走った言葉に先生はパッと顔を上げた。
「へぇ、良かったじゃん予定埋まって」
間も開けずにそんな言葉を返されて、呆気なく会話を閉じられた。どんな言葉を期待していたのか自分でも分からないけど、もうちょっと別の言葉が良かったな。本当にあんな事言わなければ良かった。後悔しても遅いのに、想像していたよりも深く傷ついてしまった。
「今日はそろそろ帰らなくちゃ」
何も予定なんてないのに、この空気に耐えられなくて急いで教科書をカバンに詰め込んだ。
「気をつけて帰れよ」
ドアを開けると先生らしい言葉が向けられて、私が居なくなって清々しているような気にさえなった。
駅までの下り坂を早歩きで下りながら、どんどん涙が溢れてきた。
___良かったじゃん予定埋まって
ひどいよ。先生は私が他の人とデートしても何とも思わないんだな。ほんと、言わなければ良かった。先生の気持ちを知らないままもう少しだけ恋愛気分を味わっていたかった。
テスト勉強をしていても全く頭に入らないまま時間ばかりが過ぎていた。
翌日の放課後は、図書室で勉強をした。何人か他の生徒もいたけど黙々と机に向かっているから静かで勉強するには最適だった。適度に人の気配があって、意外と良い場所だなと思った。
テスト期間中は午前中でテストが終わると、みんな真っ直ぐに家へと帰る。だけど私は家に帰りたくなくてそのまま図書室へ向かった。
「あれ? まだいたの?」
図書室に入ると2~3人の生徒が居て、その中に広瀬くんが居た。
「うん、一通りやってから帰ろうかなって」
「そっか、じゃ一緒だ」
そう言いながら向かいの席に置いてあった教科書を隅に寄せてくれたから広瀬くんの前に座った。教科書を開いてから視線を感じて
、ふと顔を上げると広瀬くんがこちらを見ていた。
「え? なに?」
「なんか、修学旅行以来だなと思って、こーやって座るの」
「そうだね」
他の人に会話が丸聞こえで恥ずかしくて素っ気ない返事をしてしまった。
時計が17時を過ぎた頃、外は真っ暗になっていて、綺麗に星が見えるくらい空気が澄んでいるのが分かった。
「ヤバ、そろそろ帰らなきゃ」
「あ、じゃあ僕も帰ろうかな」
2人で駅まで一緒に帰ることにした。帰り道真っ暗で不安だったから広瀬くんがちょっと頼もしかった。
「そう言えばさ、24日は予定あった?」
「あ、ごめん、返事してなかったよね」
どうしようかな……まだどうするか考えていなくてすぐに言葉が出なかった。
「じゃあさ……」
「ん?」
「じゃあ、テストで僕の方が点数が良かったら、24日付き合ってよ」
まさかの提案だった。
「え? 全部のトータル? 勝てるわけ無いじゃん!」
本当にそれだけは挑戦するのも無謀なくらい、広瀬くんはどの教科も成績が良かった。
「じゃあ、1教科だけ、自信あるやつでいいよ」
それなら……まだ勝てる望みはあるかな。
「分かった、いいよ」
勝負する科目は、物理にした。多分広瀬くんも得意だろうけど、私が一番頑張ってて自信があるのって、やっぱり先生の授業だから……
「よし、物理は明後日か、分かった頑張るよ!」
本当はクリスマスの予定なんてないから、一緒に過ごしてみるのも良いんだけど、せっかくだから私も真剣に勝負してみようと思った。
「うん、私も頑張る!」
勝ったら家で過ごすことになって負けたら広瀬くんと過ごす事になる。なんか、よく考えると変だけど、頑張ろう。
部屋で1人、明日の支度をしながらぼんやりと考えてしまう。初めから広瀬くんを好きだったら今頃幸せなんだろうな……って何考えてるんだろう。そんな淡い気持ちをぐっと胸に押し込んでベッドに潜り込んだ。
今日は十分頑張ったからもうこのまま寝よう。
目を閉じるとすぐに先生の顔が浮かんできて逢いたくなる……だけど、そんな時に限って夢には出てきてくれないんだよね。
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