第8話 寒空のパフェ

 文化祭が終わると、来月の10月には修学旅行があって、またバタバタとした日が続く。

 修学旅行にはどうせ先生は行かないし、逢えないんだから無くてもいいのに。そのうえ、何日も女子達と同じ部屋で過ごすのが、窮屈な気がして不安だった。


 放課後、廊下の窓から理科室を覗くと、先生の姿がチラッと見えて、足が勝手に理科室へ向かっていた。いつもは、理科室へ行く口実をちゃんと考えてから行くのに、今日は何も思いつかなかった。

「せーんせ」

「また来た、今日はどうした?」

「先生が見えたから、逢いたくなっちゃった」

「……なんだよそれ」

 そう言って、顕微鏡を覗きながらフッと鼻から抜けるように笑った。今まで何度も打ったジャブもそうやって簡単にかわされてきたから、もう慣れっこだよ。

「もうすぐ修学旅行だよ、お土産、何がいい?」

「何もいらないよ、北海道だっけ? 楽しんで来て、帰ったら話聞かせて」

 そう言うと、私の目を一瞬だけ見て、また顕微鏡に目線を落とした。


「あと、修学旅行が終わったらすぐ実力テストあるからね」

「うん、また絶対満点取るよ」

「他の教科も、頑張れよ」


 理科だけ頑張ってるの、バレてたんだ。本当にお見通しだな。

 この頃から、こうやって用もないのに逢えるようになっていった。


 あっという間に修学旅行当日になった。生まれて初めての土地に降り立つ。10月の北海道は、カラッと晴れていて真っ青な青空が余計に肌寒く感じさせたけど、澄んだ空気が清々しかった。今日から2泊3日、自由時間以外は基本班行動だったから、行く場所も全て人任せにしてしまった。


 1日目は、旭山動物園へ行って、2日目は小樽で散策してから、みんなで海鮮丼を食べた。そして2日目の夜、どうしても行きたいお店があって、一人で抜け出して行くかずっと迷っていた。

 夜だけ開店している、手作りのパフェのお店……採れたての生乳からアイスクリームを作っていて、写真を見ただけで美味しそうなのが分かる。口コミや評価もすごく良くて、1度でいいから食べてみたいってずっと思っていたお店だった。一応、場所を調べてみたら、宿泊している札幌のホテルから徒歩10分の場所にあったので、行くことにした。


 ホテルを出ると真冬のような空気が頬に刺さって、それくらい夕方の気温は張り詰めていた。しばらく歩いていると、横断歩道の手前で後ろから声が聞こえた。

「おーい、どこ行くのー?」

「あっ、広瀬くん」

「一人でどこ行くの? もう暗くなってきたし危ないよ」

 心配そうな顔で、追いかけて来てくれたみたいだった。

「どうしても行きたいお店があって、すぐそこだから大丈夫だよ。食べたらすぐ帰ってくるから」

 そう言ってから、横断歩道を渡ろうと足早に歩き出した。

「じゃ、一緒に行く、何食べるの?」

 広瀬くんはそう言って、付いて来てくれた。初めて行く場所だし一人で行くよりは心強くて嬉しかった。


 お店を見つけると、想像していた以上に古く廃れたスナックみたいな外観で、デートで来るような場所ではないなと感じた。広瀬くんも「ここ?」って不思議そうな顔をしていた。

 ドアを開けると、カランと昔ながらのベルの音がして、奥からお店の人の慌ただしい姿が見えた。店内はキャンドルの灯りほどの薄暗さで、目が慣れるまでちょっとだけ入るのを躊躇したくらい。空いている席に座ると、沢山のパフェの名前が書いてあるメニューを二人で見た。

「こんなに種類あるんだ! どうしようか、迷うね」

 そして失敗しないように、一番定番のバナナのパフェといちごのパフェを注文してみた。

「いつも凄い並ぶらしいよ、すぐ座れてラッキーだったね」

「それなのに一人で行こうとしてたんだ」

 目を細めて笑う可愛い笑顔がいつもよりも近く感じた。

「いや、ずっと行ってみたかったお店だったからさー、なんか付き合わせちゃってごめんね」

「そんなに食べたかったなら、来れて良かったね」


 広瀬くんって、甘いもの食べるのかな? 今更だけど甘党なのか分からなかったから、無理して合わせてくれていないかちょっと心配になった。

「どう? 女子部屋は、上手くやれてる?」

「うーん、まぁね、ガールズトークはやっぱり苦手だから、先に寝ちゃった」 

 そう言うと、また屈託無い笑顔で笑って、「頑張ってるね」って褒めてくれた。


 たわいない会話の途中、ふとスマホに目を落とすと、もう1時間近くも経っていることに気づいた。パフェ……まだかな。口コミに書かれていた通り、パフェが出てくるまでにすごく時間がかかっていた。


「そう言えばさ、唯に言いたい事があったんだった」

 ふいに突然呼び捨てにされて、ちょっとだけ心がドキリとした。

「え? なに?」

 正面に座っている広瀬くんが、真っ直ぐに私の目を見て、そしてゆっくりと言った。


「好きです。僕と付き合ってください」


 それは、予想もしない突然の告白だった。想定外すぎて、咄嗟に言葉が出てこなくて、平静を装うこともできなかった。完全にフリーズしてしまった。


「はい、お待たせしましたー!!!」


 無言で見つめ合ったままの私たちの前に、こんなタイミングでパフェが現れたせいで、首を長くして待っていたはずのパフェへの感動はなかった。


「急にごめん、驚かせちゃったね。返事は急がないから」

 そう言うと、「溶けちゃうから食べよっか」と付け足して長いスプーンを渡してくれた。

 向かい合わせに座っているテーブルが小さくて、今更ながら近くてドキドキする。

 この緊張したような鼓動が広瀬くんにまで聞こえてしまいそうだった。

「うん、ありがとう」

 そう言うと、スプーンでアイスクリームをすくった。


 もしも、先生が同じ学生だったら、すぐに断っていたのかもしれない。

 だけど……広瀬くんの気持ちが、素直に嬉しかった。

 正直、嫌いじゃない人に告白されて嬉しくないわけないもん。


 私が食べたのはバナナだったのか、いちごだったのかそれさえも曖昧だったけど、ただ、ひんやりと舌を刺激する冷たさが、強く印象に残った。


 ホテルに戻ると、ちょっとした騒ぎになっていた。

「あっ! いたぞ!」

 先生たちが集まっていて、私たちを見つけると声を上げた。

「お前たち、何処に行ってたんだ! 心配したんだぞ」


 担任の小林先生には別室でかなり怒られて、部屋に戻る頃には就寝時間はとっくに過ぎていた。

 あーあ、何やってるんだろう、広瀬くんまで巻き添えにして……ほんと、最悪だ。


 次の日は、朝起きるなり、同じ部屋の子たちから質問責めにあった。

「広瀬くんと付き合ってるの?」

「二人で抜け出して何処に行ってたの?」

 あんまり厳しい学校ではなかったけど、さすがに夜の20時を過ぎるのはまずかったみたい……本当に反省した。


 今日は魚市場を散策して、空港に行ってお土産を買って帰るだけだから、あと少し、頑張らなくちゃ……、親にも連絡がいって怒られたりしないよね? それも凄く心配で憂鬱になった。

「おはよ、良く眠れた?」

「ううん、ぜんぜん寝れなかったよ。昨日は巻き込んちゃって本当にごめんね」

 そう言うと、「いいよ、気にしないで」と言って優しく笑ってくれた。


 眠れなかったのは、怒られたからじゃないんだけどな……。

 クラスで集合すると、周りの視線がキツい気がした。でも、悪いことなんてしていないし、開き直るしかなかった。


 空港で、先生にお土産を買って、集合時間までベンチで時間を潰す。楽しかったけど、少し疲れちゃったな。

 広瀬くんからの告白。どうしたら良いんだろう。ふとした時に、何度も広瀬くんの真っ直ぐな眼差しが思い返された。

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