第7話 文化祭
週末の文化祭は、天候にも恵まれて雲一つない秋晴れだった。曜日ごとの受け持ちは、土曜日は店舗準備が済めば自由に校内を回れる日で、日曜日が店番になっていた。
土曜日は、朝からテントを設営したり食材の準備をしたり、なかなか慌ただしい朝だったけど、準備を終えるとすぐに自由時間になった。
「広瀬くん、行こっか!」
「おっけー」
そう言うと、パンフレットを持ってきてくれた。
「どこから行きたい?」
「えっと、10時から体育館でファンションショー見て、お昼はラーメン食べて、午後は図書室行かなきゃだよね」
「なんか、思ったより忙しいな」
今日は基本的に自由時間なのに、午後に図書委員の手伝いもあるせいか、かなり時間的に限られていることに気づいた。だけど、私の行きたい場所を優先してくれたおかげで、ファッションショーは感動的で楽しめたし、ラーメンはちょっとぬるかったけど美味しくて、朝からずっと気分が良かった。
だけど、先生はどこにいるんだろうって、気づけば探してしまう自分がいた。今日はお休みなのかな? どこへ行っても先生の姿はなくて、先生を探すゲームでもしているかのように、それくらい逢えなかった。
それから、図書委員の係りの時間まで少し余裕があったから、お化け屋敷に誘われて行ってみると、その場所は理科室だった。
不気味に垂れ下がった笹が生い茂る入り口から入ると、予想以上に真っ暗で一気に恐怖心が湧く。高校の文化祭だと舐めていた気持ちが一瞬で吹っ飛んでしまった。入り口で手渡された小さなライトがついたり消えたりする演出もさらに怖さが増した。
迷路みたいになっている隙間から急に脅かされるから、ものすごく怖くて、気付いたら広瀬くんの腕に掴まっていた。広瀬くんは全く大丈夫みたいで、驚く表情を見れなくて残念だったけど、かなり頼もしい一面を見れた気がする。
「そこまで怖くないでしょ、ほんと怖がりすぎだって」
外へ出ると満足そうに笑って、案の定、私をからかった。
「はいはい、すいませんね」
後ろを歩いている広瀬くんの方を振り返ると、丁度、教員室から出てきた先生に出くわした。
「あっ、先生……」
先生はチラッと私たち2人を見てから、作り笑顔を浮かべたように見えた。
「そんなに怖かった? こっちまで声聞こえてたぞ」
先生がそう言うと、間をあけずに
「ほんと、コイツうるさくて鼓膜破れそうになりましたよ」
――え? コイツ?
広瀬くんがそんなこと言うなんて……私はビックリして何も言えなくて、広瀬くんの表情をジッと見ていたら、「そっか、広瀬、耳大丈夫か?」そう笑いながら、先生は行ってしまった。
先生、どう思ったかな? 男の子と2人でお化け屋敷なんて、やっぱりおかしいよね? そんなことに、今更気付いてしまった。できることなら追いかけて、ただの友達だと弁解したかった。勘違いだけはされたくなかったのに、こんなに大勢の前では呼び止めることすらできなかった。
午後は図書委員の古本市で店番だった。別のことを考えようと必死なのに、気づくとすぐに、頭の中は先生のことでいっぱいになってしまう。モヤモヤしたブルーな気持ちに全身を覆われているみたいに、どれだけ考えても気分は晴れない。
「どうしたの? ボーッとしてない?」
「ううん、何でもない、ちょっとお腹空いちゃっただけ」
そう誤魔化しても、まだ先生のことを考え続けた。
広瀬くんも、なんでコイツとか言ったんだろう……
何気なく広瀬くんの顔を見上げると、「どうした?」って言って、コテンと首を傾けながら無邪気に笑った。そんな顔を見ても、悪気がないことくらいしか分からなかった。
日曜日は、昨日と同じように朝からたこ焼き屋の準備をして、そのまま店番をした。たこ焼きは作ったこともなかったから、焼きあがったたこ焼きにソースとマヨネーズを掛ける役割に徹した。
昨日は気付かなかったけど、たこ焼きは結構人気があって、あっという間に10人以上のお客さんが並んでいた。流れ作業のように、焼きあがったたこ焼きに刷毛でソースを塗って、できるかぎり綺麗にマヨネーズをかけた。ただそれだけの作業なのに、慣れていなせいかとても集中していて、すごく忙しい中で、突然並んでいる人に声をかけられた。
「忙しそうだね」
見上げると先生だった。わざわざ並んでくれている事に全く気付かなくて、本当に申し訳なく思ったけど、それ以上に嬉しさがこみ上げる。
「先生、来てくれてありがとう」
「いいえ、たこ焼き楽しみにしてたよ。てっきり唯が焼いてくれるのかと思ってたけど」
そう言って笑った。それだけ、ほんの少ししか話せなかったけど、昨日のことも心配していたから、逢いに来てくれたことが嬉しかった。
それからも客足は途絶えなくて、次々焼いて、足りなくなって、たこを冷蔵庫から出して切って……と、午後になる頃にはバタバタと色んな作業も対応するようになっていた。
気付けばとっくにお昼の時間は過ぎていて、みんなで慌てて交代で休憩に出た。
「じゃあ、こっちも行こうか」
広瀬くんが誘ってくれなかったら、危うく休憩に出れないとこだったな。コンビニへ行って、急いでおにぎりとパンを買ってから休憩室で食べた。
先生、たこ焼き食べてるかな? 一緒に食べたかったな。
また先生の事を考えたら少しニヤけてしまった。
「そう言えばさ、白石先生と仲良いよね?」
おもむろに、広瀬くんが口を開いた。
「あー、それ私も思った」
そして後ろから、突然、同じ班のユカが同調した。
「いや、ほら私、夏休み補習あったじゃん、それでだよ」
そう言うと、ユカはふーんって横目で何か言いたげに笑みを浮かべていた。ユカには年上の彼氏がいるらしく、いかにも恋愛経験豊富な女の子だから、私の気持ちが見破られていないか、その時急に心配になってしまった。
「じゃ、僕先に行ってるね、ゆっくり食べて来てね」
広瀬くん、こんなに忙しい時でも優しいんだな。今日もテキパキお店を回してたし、昨日のお化け屋敷の姿にも男気を感じていたから好感度はぐんぐん上がっていた。ただ、恋愛対象ではない感じなんだけど……そんなことを考えていると
「ねえ、広瀬と付き合ってんの?」
唐突に、ユカから質問が飛んだ。
「え? そんなわけないじゃん!」
ビックリして椅子から落ちそうになると、さらにヒヤッとした。
「もー、そんな驚かなくても~、ほんっとウブなんだから~」
「だって、急に変なこと言うからっ」
「でもさ、気付いてはいるんでしょ? 広瀬のこと」
「えっ?」
ユカが何を言いたいのか、この会話の意図が分からなくて、必死に頭を働かせて色々な記憶をたどっていると
「広瀬って、唯のこと好きだよね?」
そのユカの一言で、私の中に衝撃が走った。広瀬くんにそんな素振りは見当たらないよね?
嘘みたいな事を言われてしまった後、お店に戻ると、広瀬くんがたこ焼きを焼いている後ろ姿が見えた。なんだろう、少しドキドキして、変に意識してしまう自分がいた。本当かどうかも分からないのに、ユカのせいで勝手に意識してしまう……
「ちゃんと食べれた? そうだ、たこ追加してもらっていい?」
そう言われて、「うん」って返事はしたけど、広瀬くんの顔は見れなかった。
夕方になると、だんだんと客足が遠のいて17時のチャイムが鳴った。その合図を待っていたかのように、校内では一斉に片付けが始まった。みんなで手分けして、洗い物をしている時だった。
「おーい! 唯、後夜祭出るから見に来てよ」
蒼はそれだけ言って、足早に行ってしまった。片付けが全て終わってから、同じ班の女の子達と後夜祭が行われている体育館へ行くと、丁度、蒼のバンドが出てきたところだった。
蒼がベースを弾いている姿が眩しくて、女の子達の声援に包まれている姿を見るのは嫌いじゃなかった。本当、上手くなったな……
別のバンドに代わる頃、ふと、先生は来ているのかなと気になって周りを探してしまった。やっぱりバンドとか見ないかな……そう思った瞬間、体育館の端に先生を見つけた。
みんなが舞台の方を向いているのに、私だけ反対を向いているから先生はすぐに気付いてくれて、小さく手を振ると、先生も振り返してくれた。
こんなに大勢の人が居る中で、2人だけが通じ合っている気がして、物凄い音量のバンド演奏も聞こえないくらい、高鳴る自分の鼓動だけが耳の中まで響いていた。
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