第34話 手紙

 僕はあれから仕事を辞め、

貯金を崩しながら日々を過ごしている。


部屋に脱ぎ捨てられたままの

黒い背広とネクタイ


いい加減動かないといけないなと思い部屋を片付けることにした。


散乱したコンビニ弁当のゴミと缶を片付け終わると、インターホンが鳴る


誰か家に来る人なんていたか、と不思議に思ったが彼女の母親が立っていた。


「お久しぶりです、その後ご挨拶にもいけず申し訳ありません。」


「順さん痩せたんじゃない?

今日はあの子から預かっていたものを貴方に渡しにきたの、見られる時にでも見てあげてちょうだいね」


「遠くまでありがとうございます

またご挨拶に行かせてもらいます」


正直誰かと顔を合わせることは疎か

会話をすることすらうまくできる気がしなかった。




順さんへ


少し歪んだ文字でゆっくりと丁寧に書いたであろうその文字を見て中身を見るのが怖くなった。


部屋に戻りゆっくり封を開ける



今この手紙を貴方が読んでいる時、私は順さんの隣に座っていますか?

多分悲しいけれどいないのかもしれない


順さんと出会って初めての日。

私は今でも覚えています

珈琲を頼みブラックで飲んで、無理して飲んだのかとても苦そうな顔をしていましたね。

面白い人だなと最初は思っていました。


今日はあの人はいるかな?そう思いながら毎日アイビーに向かっていたなんてこと恥ずかしくて言えなかったけど、実は楽しみにしていました。


勇気を出して、隣に座っていいか聞いたら順さん素っ気なくどうぞ。なんて言うからどうしようって内心焦っていました。


それからお互いのことや仕事のこと

少しずつ話して時間が過ぎましたね


雨が降った日、順さんは傘もささずに喫茶店に来た時びっくりしました。

本当に心配したんですよ、今でも時々傘を持たない時があるから心配です、ちゃんと体を大切にして下さい。


順さんに気持ちを伝えてもらったあの日。今にも泣いてしまうほどに嬉しかったのを覚えています。

貴方に出会えてよかった。


順さんが花束をくれた日。

綺麗な花でも貴方が渡してくれることに私は意味を感じます。

いつも素敵なプレゼントをありがとう。


沢山話して

沢山出かけて

笑って、泣いて、怒って。貴方には感情を揺さぶられてばかり。全てが私にとって大切でかけがえのない物です。


順さんがくれた指輪。

あんなにも幸せだと思える瞬間をこれからも私は貴方と過ごしていければいいのにとそう思いました。



正直、自分の体の違和感にはずっと気がついていました。騙し騙しで誤魔化していました。心配をかけたくなかったから


謝らないといけないことがあるんです。

実は、婚姻届は出していません。

ごめんなさい。

貴方を私で縛るのは嫌だった。

貴方にはこれから幸せな道を歩んで欲しい、きっとそれには私という存在が消えないことになると思ったから。


欲張りだけど、貴方の記憶から一瞬も離れたくない。

そんなことも考えてしまったけれど許してください。


私には順さんと過ごした幸せな思い出もカタチも沢山あるから。

それ以上望むのはわがままだよね。


もっと愛してると、

大切だと伝えていればよかった。

順さんのこれからも雫さんといたいという言葉も行動も全て嬉しく、同時に切なかった

もう無理なんだろうなと私の体が言っているような、そんな気がしたから


でも、横に私が居なければ順さんは無理だって、君しか居ないと言ってくれると、そんなことは分かってるけれど最後のわがままを聞いて欲しい。


順さんは自分の人生を歩んでください。

幸せをありがとう

愛してくれてありがとう



君がいない日々にどうやって意味を見つければいいんだ、まだ何もあげられていないのに


テーブルランプの明かりだけが部屋を照らす


最後に何度も書いて消した跡がある


きっとそれは君の優しさで

君の全てだ


貴方とこれからも人生を過ごしていきたかった。


その言葉で僕を縛ってしまう

そう君は思ったんだろう


君との日々は色褪せない


けれど今の僕は空っぽで

色褪せたセピア色の世界をぼんやりと

ぼやけた視界で眺めていた

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