第30話 異変

 最近彼女は物を良く落とし

眉間に皺を寄せていることが増えた。


大丈夫?と声をかけても

大丈夫、疲れているだけだと思うと答えるだけでその回数は日に日に増えていた


「一度病院で診てもらった方がいいんじゃない?今度の休みに一緒に行こうよ」


「んー、本当に疲れているだけだとは思うけど。分かった。ごめんね、折角の休日なのに」


「そんなこと気にしないで、とりあえず今日はそろそろ寝ようか。」


「うん、そうする。」


その日は、早めに寝ることにした。


次の休日に近くにある大きい病院へと検査の為に向かった


色々な検査を受け、1時間ほど経ち検査結果を聞くために部屋へと通される。


「検査結果が出ました。付き添いの方はご家族の方でしょうか?」


そう言う医師の顔や声。

何だこの胸騒ぎは。

自分の鼓動が早まるのが分かる。


「いえ、違いますが、婚約者です」


「そうでしたか、出来れば親御さんなどいましたらご一緒に説明させていただければと思います。」


映画やドラマでしか聞いたことがなかった言葉だ。

急ぎで彼女のご両親に電話をかけ状況を説明した。


今から向かうから待っていてとのことで

電話をしてからすぐに駆けつけてくれた。


「どういうこと、どうしたの」

彼女のお母さんは只事ではないということに気が動転している様子だった。


僕も頭が真っ白になり、何かあるわけない、大丈夫。

そう彼女に言い聞かせて、自身にも強くそう言い聞かせていた。


お父さんが僕の肩を強く叩く。


「しっかりしなさい。大丈夫。」

そういうお父さんの手が小さく震えているのが僕の肩に伝わってきた。


「ご家族の方も揃ったようなので検査結果の方をお伝えしたいと思います。

雫さんには結果の方を聞くかどうかご自身で判断していただければと思います。」


「聞きます。」

彼女は真っ直ぐに目を向けて答えた


「分かりました。

雫さんには今、脳に悪性の腫瘍がある状態です。

ステージは、、


最終ステージですが

治療方がないわけではありません。

細かな治療方などについてはまたお話しします。」


最終ステージ?治療方がないわけではない?

こんなにも身近に恐怖を感じたことはなかった。


だが、当然彼女が1番その言葉に恐怖を感じ不安になっている、両手をぎゅっと強く握り話を聞く彼女の手を僕とお母さんが握る。


それからは治療方法や今後のことを聞き、病院を後にした。


「私、治療受けたくない」

彼女は病院を出てすぐにそう口にした。


「どうして。治療方もあるし辛いことも沢山あるとは思うけれど支えるから受けて欲しい。」

彼女のお母さんが強く優しく言う。


「少し考えさせて。」


その日は僕と彼女は家に帰り、またすぐに家に寄らせていただきますと伝え、ご両親と別れた。


家に帰り沈黙が続く。


「とりあえずご飯食べようか」


「うん。」


家にある物で簡単に作り夕飯を済ませる。


「少し1人になってもいいかな。」

彼女は笑ってそう言っているが口元が震えている


「分かった。隣の部屋にいるから何かあればすぐ呼んで」


カタカタとパソコンをいじる音がきこえる。

それからしばらくすると彼女がすすり泣く声が聞こえ、僕はノックをし部屋に入る。


「私、死んじゃうのかな?」


「大丈夫、絶対に大丈夫だから。」

大丈夫、大丈夫と言うことしか出来ない僕の不甲斐なさに苛立ち、何とも言えない気持ちになる。


きっと分かっていたのだろうか。

一人で怖くて不安な中、痛みや違和感を我慢して耐えていたんだろうか。

気が付けなかった、もっと早く気がついていられたら。


「ごめん、ごめんね」

彼女は僕に謝る


「謝ることなんて何もないよ。

治療受けて欲しいと僕は思ってる。」


「だって確実に治るわけではないんだよ。再発もするかもしれない。

どうせ死んでしまうなら、順さんの記憶に綺麗なままでいさせてよ。」


ハッと彼女は驚いた顔を見せた。

そんなこと言いたかったんじゃない。そう言いたいという顔だった。


彼女を強く抱きしめる。


そのまま泣き疲れ、深く眠りにつく彼女を寝室に運び

部屋の明かりを消す。

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