第29話 これからも
無言で車を走らせる
なんで今日に限ってこんなにも道が空いているんだろうと、自身のタイミングの悪さにため息が出る。
「緊張してるの?
そんなにかしこまらなくていいのに」
そう言って、君は来る前に寄ったパン屋のサンドイッチを袋からガサガサと漁りながら笑っている
「雫さんはいいけど、僕は緊張するよ」
「そっかー、まぁそういうものだよね」
なんだかそんな君をみていると少しずつ緊張が解けていく
スーツを着て
後部座席には菓子折りが置いてある
そう。
ようやく?と自分で自分に突っ込みたくなるが、今日は雫さんのご両親に同棲の報告と、結婚の挨拶をしに行くのだった。
中々お互いの仕事や引越しで予定が合わなかったが、ようやく予定が合い挨拶に行けることになった。
雫さんのお母さんは、雫さんに似ていてどこか不思議な雰囲気で優しい方だ。
お父さんは屈強なスポーツ選手かのような体格で物静かな方だが、話すと優しく人情に厚い方なのだ。
何度も会っているとはいっても、やはり緊張は今までの中で1番しているかもしれない。
1時間ばかり車を走らせ、彼女の実家に着いた
車を駐車場に停めて降りると君は車の移動で足が痺れたのか、ふらふらと足元がおぼつかない様子で
「久しぶりに帰ってこれた」
と大きく腕を伸ばし深呼吸をする。
緊張している僕をみて笑うのではなく、大丈夫だよと
君が優しく手を包む
そうだね、
そう言って覚悟を決め家の戸を開ける
戸を開けるとご両親がすぐに出迎えてくれた
「お久しぶりです、
良ければ召し上がってください。」
「順くん、久しぶりだね
そんなにかしこまらなくていいのに」
そう言って出迎えてくれたご両親はまぎれもなく君の親だと思い暖かい気持ちになる
居間に案内され、お茶とお茶菓子が用意される。
同棲を始めたことはご両親は知ってはいたが、直接報告できていたわけではないので引越しがどうだった、こんな部屋だった
どんな場所だ、仕事は今忙しいか?など
しばらく会えていなかった為、話したいことが止まらないといった様子だった
「今日は雫さんのお父さんとお母さんにお話があって」
空気が少し変わったのが伝わってくる
なんとなくは二人とも察してはいただろうが、いざそうなると身構えてしまうのだろう
「雫さんと交際させていただいて4年が経ちます、以前雫さんにプロポーズをしました。
僕が幸せにしていきたいと思っています
娘さんを僕にください」
そう言って深く頭を下げる
何を話すかなど考えてはいたが当日になりそんなものは忘れていた。
思ったことを、
伝えなければならないことを伝える。
「順さん、娘があなたのことを話す時はとっても楽しそうに、それこそ悲しそうな顔を見せたことは一度だってないんです。
貴方に出会えた娘はきっと幸せだと思いますよ、雫をよろしくお願いします」
「順くん、私からも娘のことをよろしく頼むよ。」
雫さんのご両親が目に涙を浮かべながら
深く、長く頭を下げる。
僕は二人の姿を見て、彼女がどれだけ愛されていて、僕はなんて素敵な方達に出会えたのだろうと考えると涙が止まらなくなってしまった。
「最近順さんは泣きすぎだよ」
そう言って僕の肩を叩く君は、顔を手で隠し誰よりも大粒な涙を流していた。
その日は、
ご飯をご馳走になり明日に帰ることにした。
夕飯を食べる前に
少しだけ散歩に二人で出かける。
家の近くを歩いていると二人の老夫婦が仲良く手を繋いで歩いている。
「なんかいいね」
そう言いながら二人の夫婦を見つめる君は夕日のオレンジを全身に浴び美しく微笑む
僕の手の皺がこれからたくさん増えますように。
君と、これから増えていく大切を守るために沢山働いてそれを誇らしいと思える手になれますように。
君の顔の皺がこれからたくさん増えますように。
皺なんて出来たら嫌だと君は言うだろうけど、君が沢山笑って、沢山の時間を僕と過ごしたと言うことになるんじゃないだろうか。
顔をくしゃりと寄せた笑顔をずっと僕に向けてくれますように。
貴方の感情が動く瞬間全てが
僕でありますように
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