第15話 冬の線香花火
カーテンを開けると
辺りには雪がうっすらと積もっていた。
どうりで寒いわけだ。
暖房を入れカーディガンを羽織る
「雫さんおはよう
雪少し積もってるよ」
「雪?寒い。」
猫のように布団の中で丸まっている雫さんは
恐らくあと1時間は目を覚まさないだろう。
珈琲を淹れニュースに目を通す。
今日から3日間は有給をお互いに取ったので
ゆっくりと過ごそうと決めていた。
久しぶりに見る雪に
どこか懐かしい気持ちを思い出していた。
少し出かけよう
そう思い雫さんに声をかける。
「雫さん、少し散歩でも行かない?」
「寒いから布団から出たくないの」
一緒に過ごすようになって分かったが
案外彼女は外出より家にいたい派だった。
インドアというわけでもないが
家でゆっくりと過ごしたり、気の向くままに行きたいところへ行くのが好きなようだ。
布団を無理やりはがして起こす。
「寒いよ」
僕の足に抱きつきながら
布団を返すように要求してくる。
「ほら、もう起きるよ。」
全く動く気配のない彼女を
両手で抱えてリビングに向かう。
「これなら起きてあげてもいいよ」
何故か得意げに笑う彼女は
たまにいたずらな子供のようになる。
「雫さんは珈琲いる?」
「飲む、ありがとう。
今日はミルク少し入れて欲しい」
いつもブラックで飲む彼女が
ミルクとは珍しい。
「今日はどこ行こうか」
「私は少し日用品の買い物に行きたいな」
「じゃぁ、準備したら買い物行って
あとは適当に、どこか行きたいところがあれば行こうか。」
「賛成!じゃぁ準備するね」
彼女は洗面台へ向かう
2本の歯ブラシが立てかけてある
この前まで持ち運びタイプのものだったが
もうお互いの帰る家がここだけになったので
持ち運ぶ必要が無くなったのだ。
近所の商店街に買い出しに行く
半同棲だった頃に比べ
必要になる日用品が増える
それが嬉しくなったりもする
大体の買い物を済ませ
夕飯の食材を買うためにスーパーへ寄る。
何にしようかなと考えながら歩いていると
突然彼女が
「あ、」
そう言って足を止める。
「どうしたの?
なんか欲しいものでもあった?」
「花火が安売りしてる」
「本当だ、時期的に安くなるのかな
ひとつ買って行く?」
「いいの?」
「冬の花火もいいんじゃない」
「うん!ありがとう」
買い物を済ませて家に帰る。
その間も彼女は大切そうに花火を持っていた
そんなに喜んでくれたのならよかった
そう思いながら隣を歩く。
夕飯はシチューを食べ
食後の時間をゆっくりと過ごす
「そろそろ花火しに行こうか」
近くの公園にバケツと水を持って出かける。
お互いにこれでもか
というくらいの厚着をして。
花火をするのなんて何年ぶりだろう
思っていたより本数が多くて
お互いに顔を見合わせて笑ってしまう。
持ってきたライターで
キャンドルに火をつける。
手持ちの花火を適当に広げて火に近づける。
赤、青、緑、黄色、紫、ピンク
鮮やかに色を変え、激しく火を吹く。
鼻に残る独特な硝煙の匂い。
「あとは線香花火だけだね」
彼女は少し寂しそうな顔をして言う。
「またいつでもできるよ」
「そうだね」
線香花火は好きだ。
花火の色鮮やかで激しく夏を彩る音と違い
儚げに燃えて落ちる様がとても綺麗だ。
線香花火は人の一生を表している
よくそう言われている。
かと言って悲観することはない
僕が、僕達が綺麗だ、好きだ
そう思うように
きっと自身の一生のストーリーを見て
そう思う人がいるのだから。
小さい蕾が
バチバチと音を立てる。
君の線香花火が先に落ちる。
僕の線香花火は君が落ちた後に落ちる。
君が寂しがらないよう
僕は君よりも長生きをする
けれど寂しいから
少し後に君に会いに行きたい
そんな寂しがり屋な
僕のような線香花火だった。
行こうか、とバケツを持ち公園を後にする。
硝煙の香りと雪の香り
混じり合い不快ではない
珈琲とミルクのように
柔らかく、優しく
溶け合ってゆく
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