第5話 色褪せぬ

 寒空で息が白くなる日中、僕は悩んでいた。

眉間にしわを寄せ、仕事の休憩中ひとりで近くの川沿いのベンチに腰を掛ける。


先日雫さんから貸して貰ったハンカチのお礼に何を渡すべきか

女性に何かを渡したりした経験がない僕にとってこれは重大な問題だ。


結局何も思いつかないまま休憩の時間が終わってしまった。


帰りにどうしたものかと考えながらアイビーへと足を進めると途中の和服店に並んでいるくしが目に止まった。


綺麗な花の細工が施されている半月櫛だった。

一目見てこれにしようと決め、僕はホッとしてアイビーへと向かう。


何にしようかと悩みながら向かったからか、いつもより少し遅くなってしまった、入るともう彼女が来ていて隣の席へと座る。


「雫さんこの間はハンカチありがとうございます」


「いえいえ、風邪ひいてないようで安心しました」


「良かったらこれ使ってください」

僕は半月櫛を勇気を出して渡す。


「こんなに綺麗な櫛いいんですか?」


「雫さんに似合うと思ったので」


「素敵な櫛。ありがとうございます」


雫さんが櫛を見つめる表情を見て安心する。


これが綺麗だ


これは喜ぶだろうか


どう見られているのだろう


時間を共有したい


人が恋だと気がつくきっかけは色々あるだろう。


いつかこの気持ちを伝えよう

貴方の好きを好きになろう

この時間を心に閉じ込め

変わりゆく季節をも貴方といつか過ごせたら


そう考えながら

湯気がたつ珈琲を口へと運ぶ。


今はこの時間が色褪せぬよう

願いながら___

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