第4話 雨を好きになる理由が貴方なら

  会社を出るといきなりの豪雨に襲われ、今日の天気予報は晴れだったのにとカバンで雨を避けながらアイビーへと走る。


やはり雨のせいなのか人が誰も来ていない。

災難だったなと憂鬱な気分になる、雨なんて濡れるし嫌だななど考えながら腰を掛ける。


すると彼女がいつもより早く来た。

珍しいなと思いながら


「こんばんは、雨凄いですけど大丈夫ですか?」


「雨が好きなのでいつもより少しでも早く来てしまいました」


「雨が好きな方珍しいですね」


「私も濡れたりするのは勿論は嫌ですよ」


「じゃぁ、なんで好きなんですか?」


理解が出来ずなんで?という疑問ではなく

彼女がどんな景色を、世界を、見ているんだろう

そんなワクワクとした気持ちで彼女に問いかける


「雨が降るといつもより周りの音が消えて綺麗な音楽になる気がして、あと!それから雨の香りが好きです。子供の時の雨の日に新しく買ってもらった傘や長靴を早く履きたい!って気持ちを思い出すんです」


そう言って話す彼女の顔はいつにも増して綺麗だと感じた。


「佐藤さん、スーツが濡れてしまってますよ。使ってください」

彼女がハンカチを渡してくれた


綺麗な花の刺繍が入ったハンカチだ。


「こんな綺麗なハンカチ使えないですよ」

と僕は断ろうとしたが


「風邪なんて引いたらどうするんですか」


彼女はそう言って少し頬を膨らませる。


「ありがとうございます、洗って後日お返しします。」


「お気になさらずに」と彼女は納得した様子でこちらを見る。


珈琲が手元に届き、試しに目を閉じる。

珈琲の香り

彼女の金木犀キンモクセイの香り

雨が木から滴る音

アスファルトで跳ね返る音

屋根にあたり窓にあたり

心が休まる、そんな音を感じる。


幼少期に男の子なんて何度も傘を壊して怒られる、そんな経験を大体の方が経験してるんじゃないだろうか。

怒られながら毎年黄色の傘を買ってもらい

長靴も新しいものを買ってもらい

早く水溜りに入りたい

早く傘を差したい

そんな気持ちになっていたんじゃないだろうか?


いつから雨が嫌いになったのだろう。

成長するにつれ

走り回ることが減った

外で遊ぶことが減った

何かを見て純粋に綺麗だと思うことが減った

写真を撮るために景色を切り取る。

そんな風になっていたんじゃないだろうか。


「雨の音、いいですね」

ぽつりと呟く僕に

佐藤さんなら雨も好きになってくれるんじゃないかなと思ったんです。と屈託のない笑顔を僕に向ける。


「良かったら苗字でなく名前で呼んでもいいですか?」


外の雨のBGMが僕の気持ちを少しだけ後押ししてくれた。


「ええ、良ければ呼んでください。」


よかった。と口に出てしまいそうになった。


「では、私はそろそろ明日の仕事の準備をするので失礼しますね。

風邪をひかないようにお気をつけて

順さんまた明日」


そう言い残し彼女は店を出る。


最後なんて言っていた?

名前で呼んでくれたのか?

僕はなんとも言葉にはできない気持ちで溢れそうになった。

ただ名前で呼ばれただけなのに、なんと表現したらいいのだろう。


窓から見える彼女の後ろ姿を見ながら

雫さん。と心の中で名前を呼ぶ。


帰りに百貨店に寄り

大きめの茶色の傘を購入し家へと向かう。


いつもならば憂鬱だと思い

避けて通る水溜り

試しにそっと革靴で入る。


彼女は水溜りを見て


景色を見て


音を聞いて


香りをかいで


どう感じるのだろう

どんな世界が見えているのだろう


そう思いながら帰宅する。


彼女から借りたハンカチを洗濯しなくてはと思いながら今日の出来事を思い返す。


部屋に響く雨の音が不思議と不快ではない


心地が良い


この雨が好きになる理由が

貴方ならば、と







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る